第20話『その後は、その時考えよう。』
次の日も、やはり暑いのは全く変わらなかった。
そりゃね、日本だって夏は毎日暑いのは変わらないけどさ。でも夜が意外と冷えるので、次の日の暑さに対する準備ができないのだ。起きて陽が昇っていると、異常に暑い。
「過酷なピクニックだな……」
ひとりごちて太陽を見上げると、グティの隣に新しい馬を繋ぎながらケイガが「んあー?」ととぼけた声で聞いてきた。
「何でもねぇよ」
そのとぼけっぷりのいい声に笑いながら馬車に近づく。
ケイガとカザキはそれぞれに馬を買っていたが、馬車を引くのにグティ一頭では辛いし、どうせ同行するなら二頭立てにして日よけのある馬車に交替で乗り込む方がいいと、昨日購入した馬の内、カザキの馬の方を馬車に繋ぐ事にしたのだ。
グティの方は、新しく隣に繋がれた馬を少し観察するような感じだったけど、どうやらカザキの馬の方が自ら従うそぶりを見せて、それで決着がついたみたいだった。
やっぱり、ちょっと偉い馬だったりするのかな? まぁ気づいたら一緒にいたって点では、この世界での初めての同行者だった訳だし、それを考えると、グティも運命の馬って感じがする。
半日で行ける行程とは言え何もなかった場合に、この街へ帰ってくるのか、それとも何か手がかりが見つかって直接他の地へ出発するのかわからないから、結局そのまま砂漠を旅立てる用意をした。
おかげで馬車の中は結構な荷物で埋まっていた。
でもしょうがないよね。砂漠で何日も費やしちゃったおかげで一日やそこらは大した事ないような気がしちゃうけど、それでもこの冒険の旅にタイムリミットがあるのは事実なんだ。それが、はっきりとわからないだけで。
もしかしたらフェザナは知ってるのかもしれないけど、それが知る必要な時が来るまで教えなくていいって言ったのは私なんだから、今は我慢。きっと、まだ知らなくていいんだろうし。
……って事は、まだ時間的余裕はあるって事かな?
いやいや、フェザナは旅立つ時に時間がないって言ってるんだから、少しでも旅の行程を短縮できるのは、いいに違いない。
荷物を全部積み込んで、ようやく支度が整った。
「さて、出発するか」
ティアルを抱きかかえて馬車に乗せ、フェザナが乗り込んだのを見てからおもむろに御者台に乗り込む。その反対側からカザキが御者台に乗ってきた。気がつくと、御者台の左側はいつも私の席になっていた。左ハンドル。さしずめこの馬車はベンツってトコね。
「先行くぜー」
ケイガが買ったばかりの自分の馬を、何の苦もなく乗りこなして先にたった。
私もそれを見て馬に鞭打ち、馬車を走らせた。
街を出ると、南に向かっているとはいえ、西から来た時と全く変わらない風景が広がっていた。ただ風は前よりおさまってる感じ。そして風がない分余計に暑い。
「何か、西より暑くねぇ?」
馬車の速さを見ながら慎重に先導するケイガの姿を見ながらカザキにそう問うと、カザキは人の良さそうな笑い声をあげた。
「そうそう。あの街を境に何故かこっちのが暑いんだよ。だから基本的に俺たちも、街の北側ばっかで商売してんの」
なるほど。環境に左右されない妙な森があったりするんだから、そんな事があってもおかしくないか。
「でもその代わり、南側のがヴィスが少ないんだ。一番多いのが西側」
そんな事もあるんだ。そりゃこの辺一帯を生活圏にしてるんだったら、そういう事ちゃんとわかってないと危険だもんね。
「お前たちはどうやって身を守るんだ?」
「うーん、基本的には体力戦。俺の守人の力って、まぁ一般的な程度だから、特殊な結界は張れないんだ。そりゃ気の流れをコントロールして大物にぶち当たるような事は回避してるけど。これはもう持って生まれたものだからね」
そう言って少し寂しげに笑った。ケイガに身売りまでして貰って勉強しても、才能が根本的に左右しちゃうなんて、何だか理不尽な気がする。
――― 全然上達しないよね。こんなに頑張ってんのに。
――― やるだけムダだよ、そんな才能ないんだから。
――― やっぱ人間、あきらめが肝心じゃん?
才能って、持って生まれたものだから、最後にはどこかで諦めなきゃならないものなの?
自分が持ってる可能性って、そんなに簡単に自分で判断しちゃっていいのかな。「頑張ればいつか」って言葉が、おまじない以下の効力しか持たなくなったのは、いつからだろう。
そんな事信じてる自分を、誰かに見られたら恥ずかしいと思うようになったのは、いつからだっただろう。
本当は、ものすごく真剣になりたかったのに。
本当は、がむしゃらに頑張ってみたかったのに。
何かに熱くなる所を見られないようにして、そうして何に対しても熱くなれなくなって、それがものすごく歯がゆく感じてたのに、そこから抜け出せないでいた。
「……それでも、何かあるんだろ。だから守人になれたんだ。自分の事、過小評価してんじゃねぇよ、まだ結果が出る前なだけだろ」
カザキの顔を見ないでそう言った。カザキはきょとんとした顔で私を見、それから少し微笑んでまた前を向いた。
カザキは多分、身売りしてまで塔へ行かせてくれたケイガの為にも、猛勉強したに違いない。だとしたら、きっと何かの形で結果が出る。いや、出なきゃいけない。努力は報われるもんなんだから。
私は無意識に手綱を握りしめていた。
今までの高校生活では、どこかで誰かに「バカみたい」って言われちゃいそうな頑張りっぷりを見せる事ができなかったけど、努力は報われなきゃって思える今なら、恥ずかしいまでの奮闘ぶりを披露しちゃってもいいんじゃない?
きっと、何かの形で結果が出るって本気で思えるから。何が何でも絶対にこの運命をまっとうして、元の世界に帰ろう。全てこなしてみせるのだ。
それがどんなに不様でも。
「……ありがとう」
不意にカザキがそう言った。目線は前を向いたまま。
その声を聞いて、私は決意を新たにした。
半日の行程の間、実にヴィスに遭った回数は三回だった。
ホントに安全なんだな……しかも砂漠でそこそこのレベルアップをしていた私には物足りない位のヴィス。西の砂漠よりも少ない上にレベルも落ちる感じ。
うーん、ゲームでうっかりストーリー展開とは関係なく懐かしい場所をうろついたら、びっくりするような弱い敵が出てきたって感じ? 敵は確実にレベルアップして現れると思っていたから、突然肩すかしを食らったみたいで拍子抜け。
「この辺だったら、意外と安全に暮らせそうだな」
西の砂漠でのオルと比べると、三十パーセント減って感じのオルを拾い上げると馬車に近づく。
「まぁな。でもそれだって、そこそこのヴィスなんだぜ? ヴィアスが強いんだよ」
呆れたように馬上からケイガが言った。
そりゃ頑張っちゃうって決意した後だから、どんなヴィスに対しても全力よ。
でもそんな何となくのどかな雰囲気に(日差しは野蛮なんだけど)やっぱり遺跡はハズレなんじゃないかと思い始めていた。
西の砂漠を越えて来た訳じゃなきゃ、ここの遺跡にたどり着くのはそんなに難しい話じゃなさそうだし。だとしたら、いたずらに時空の剣を何とかする事だって簡単という事になる。
フェザナが言ってた通り、必要な物が揃って初めて発動するのだとしたら、必要な物さえあれば誰にでも何とかする事ができるのだ。その守護者ってのがどういう働きをしているのかは、まだわからないけど。
それに、誰が何のためにやったのかもわからないけど。
御者台に上がってフェザナにオルを手渡す。
「今日はあんまり稼げないな」
「安全なのはいい事です。今日は同行者も多いのですから」
今日は、ね。
結局カザキとケイガに、この旅に同行するかどうかいまだに聞けないでいた。彼らは今の生活に満足しているみたいだし、目的地もはっきりしない、命の保証もない、しかも達成しても彼らには何の見返りもない冒険の旅に、ついてきてくれとはどうしても言えなかった。
でも彼らを見ていて、ふとした瞬間に、秀俊くんと田草川くんが見えるのは確かなのだ。それは未畝にも言える。どうしても離れて旅を終わらせていいような気がしなかった。
とにかく、遺跡に着いてからだ。そこまでは彼らも同行してくれる。その後は、その時考えよう。
馬車を走らせ、陽炎が揺らぐ地平線を眺めて数時間、
「あそこだよ」
カザキが指さした先には、良く言えば朽ち果てた神殿のようなもの、悪く言えば瓦礫の山が見えた。
「これは……」
近づくにつれて、言葉を失った。
誰も見向きもしなくなった遺跡ってのは、こんなに痛ましいものなのか……いくら朽ち果てたとは言っても、それでも遺跡と呼ばれるからには、それなりの形をとどめているのかと思っていたのに。
それははっきり言って、瓦礫の山だった。
遺跡の敷地自体、砂に飲まれてはっきりしない。外側に柱の足と思われる切り株のような石が並んでいるので、あの辺までは何かあったのかなと思える程度。ひときわ高く(と言っても二メートル位の高さなのだが)残っている二本の柱が、とても悲しげに見えた。
「何にもなさそうだな……」
「だから何もないって言っただろ。ちなみにあれが俺たちの井戸だよ」
そう言ってケイガが指さしたのは、遺跡の正面左側にあるやはり朽ち果てた感じの井戸だった。
遺跡の一部にしか見えないその井戸は、元々低い縁が一様に崩れ落ちて砂にもぐり、近づいたら危険そうな、それでいてどうせ井戸の底には砂が貯まっていて水なんかないのだろうと思わせるほど、古くてみすぼらしいものだった。
「どう見ても、水が湧いてそうには見えないなー」
「だろ? そこが盲点よ。ここの井戸から水が湧き出してるってバレないように、井戸を見つけた時のまんまにしてるんだ。誰もここまで来て覗かないからなー」
ケイガは嬉しそうにそう言って私より先に井戸へたどり着いた。
遺跡の近くには貧弱ながら少しばかりの木が立っていた。ケイガの説明ではあの木の樹液がシャングになるそうだ。元々この辺りに生えていた野生の樹木で、シャングライの木から取れるのでシャングと名前がついたらしい。
朽ち果てて低い井戸に手をついてそっと底を覗くと、確かに深く暗い穴の先に水のある微かな香りがした。水面が動いているのか、外の明るい太陽とは逆に影になっていてはっきりしない穴の奥が、何だか生きているようにも見える。
「な、ちゃんとあるだろ?」
ケイガはやはり嬉しそうに言った。
「ああ、」
私はため息と一緒にそう言った。
ケイガの話は正しかった。遺跡に見込みがなさそうって所も含めて。
「さて、どうするかな……」
井戸の縁から、いまだ遺跡の正面にいるフェザナたちを見やる。
遺跡がハズレだったら、カザキとケイガとはここでお別れなんだ。もうこれ以上、旅につきあってもらう理由がない。
私は頭をかきながらフェザナたちのいる場所へ戻った。いい案なんて浮かびそうになかった。不様承知で頭下げてお願いするって手もあるけど、彼らの生活自体を邪魔するのは正しくない気もするし。
フェザナはぼんやりと遺跡を見ていた。思ったより遺跡が瓦礫なんでびっくりしてるのかもしれない。フェザナはうつろな目をこちらにむけて少し首を傾げた。
「とりあえず遺跡見学でもするか?」
フェザナは足元の砂を靴でこすった。
「そう、ですね。中に入ってみましょう」
フェザナが砂をどかすと、その下から石畳が現れた。どうやら石畳が敷かれているのだが、砂に埋まってしまっているらしい。
「ティアルは?」
振り向くと、彼女は少し離れた所でぼんやりとこっちを見ていた。何で近づいてこないんだろ?
「どうした? 来ないのか?」
その場で声をかけるとティアルはただ首を振った。ここまで朽ち果ててしまった遺跡が怖いとも思えないけど、まぁ無理に入らせなくてもいいか。
「馬車に戻ってろよ。ちょっと中見てくるから」
そう声をかけると、ティアルはじっとこちらを見ていたが、やがてこくんと頷くと馬車へ戻っていった。
「さて、と」
私は振り向いて、先に行くケイガを見た。慣れた足取りで瓦礫を避けてゆく。フェザナも私を見上げていたが、私が頷いてみせると遺跡の内部へ足を踏み入れた。
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