第19話『わかってたけど、すごい子どもで、すごいバカだ。』

 私たちを遺跡まで案内するために、ケイガとカザキはもう一晩街に泊まる事になった。悪いので宿代をこちらが支払う事を伝えるとカザキは、

「よかった、馬をやられて新しいのを買ったから、ちょっと財布が寂しかったんだ」

と素直に受け入れてくれた。ま、砂漠のヴィスのお陰で結構余裕はあるしね。


 ティアルはすっかりカザキになついたようだった。それを見てケイガは、

「あいつはいつも、年下に好かれるんだ」

と笑って言った。守人ってそういう性質なのかな……確かに守る人だから、子どもには安心感を与えるところがあるのかもしれない。


 明日の計画を立てるためにケイガとカザキを含め、私の部屋で話し合おうという事になり、私の部屋にティアルを除いた四人が集まった。

「で、やっぱりティアルは置いていくのか?」

「ええ、もしシャングライの遺跡が彼らの言う通り、何の変哲もないただの遺跡だとしたら、わざわざ半日の行程を同行させて危険にさらすのはどうかと思いますし、目的の祭壇だとしても、きっとそう簡単にクリアできる物ではないと思います。ですからまず、様子をうかがってからの方がいいと思います」


 フェザナの話には一理あると思う。やっぱりシャングライはハズレって気がしないでもないから、ティアルを無理に同行させるのは酷かもしれない。それでなくても、今までの旅で一生分のヴィスに会ったようなもんなんだし。


「でも、この街に置いていってそれで安全なのか?」

 ケイガがそう言った。確かに一人で放っておくのは可哀想かも。

「じゃ、俺がついてるよ。別に案内だけだったらケイガ一人でじゅうぶんだし」

「お前のがラクそうだなー」

「じゃ、お前が残れよ。俺、別にどっちでもいいからさ」

「うっそ。俺が丸一日も相手してられる訳ねぇもん」

 拗ねたカザキにケイガは明るく言った。ホント、仲いいなぁ……

「それじゃ、ティアルはカザキに任せてこの街に置いていくとして、それで……」

 そこまで話した所でドアがばたんと開いた。一斉に振り向くとそこにはティアルが立っていた。


「やだ!」


 そう叫んでティアルはまっしぐらにベッドに座っている私の所に駆けてきた。そのまま私に抱きつくと顔を埋める。

「ティアル、どうしたんだ? 怖い夢でも見たのか?」

 そう言ってティアルの頭を撫でてやると、ティアルは押しつけていた顔を上げて私を見た。

「やだ、ティアルも一緒に行く!」

 もしかして……さっきの話聞いてたんだ。


「でも大したところじゃないかもしれねぇから、確認に行って来るだけだよ。すぐ帰ってくるから、ティアルもまた砂漠を行くんじゃ疲れるだろ?」

 そう言って必死そうな顔のティアルの頭を撫でてやる。でもティアルは頭をぶんぶん振って聞こうとしない。どうしちゃったんだろ。顔を上げてフェザナたちを見回したが、三人とも呆気にとられてるって感じ。


「別にこの街に置いてっちゃう訳じゃねぇって。ちょっと行って来るから、待っててほしいだけだよ」

「ヴィアスはどこへ行くの?」

 ティアルは顔を上げるとそう言った。何を今更、と思ったけど、シャングライの遺跡に行く事は承知してるはず。そういう意味じゃないの?


「この、旅の事か?」

「ずっと連れてってくれるよね?」

 ティアルはその小さな手で私の服を掴むと、すがるようにして尋ねた。

「ああ、ずっと連れてくよ」

 ティアルの頭を撫でながら答える。この旅が終わるのは向こうの世界に戻る時だ。その時はティアルに入ってる未畝の魂も一緒に帰る。それはずっと連れて行くって事だよね?

「だったら、ずっと一緒にいる!」

 そう言ってティアルはまた私に抱きついた。何で? どうしちゃったの?


 ……もしかしてティアルは、置いて行かれる辛い思い出があるのかな。

 出会う前の事をあまり語りたがらない少女。まだきっとティアルの傷は癒えてないんだ。


 私は体を丸めるようにしてティアルの頭に顔を触れさせる。

「……わーかった。でもまたヴィスが出てきたりして大変かもしれないぞ。それでも大丈夫なんだな?」

 実際今までヴィスに襲われた時にティアルが迷惑かけたりした事なんてないんだけど。


 ティアルはちょっとだけ体を離し、顔だけ私の方に向けて、

「うん。ヴィアスが守ってくれるもん」

と言った。

「そうだな。それじゃもう寝ないと。明日は大変だからな」

 言いながらティアルの頭を撫で、彼女が強く頷くのを見てからおもむろに抱き上げた。ティアルは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに私にしがみついた。

 そんなティアルを見て満足し、フェザナたちを見回して立ち上がる。

「ちょっと寝かしつけてくる。最近はフェザナの役になっちゃってたからな」


 ティアルの部屋は、私の泊まっている部屋と広さはあまり変わらず、フェザナの分のベッドが置いてある分狭く感じた。抱いていたティアルをそっとベッドに下ろして、ベッド脇に座ると靴を脱がしてやる。

「ティアル、おまえいくつだ?」

 靴を脱がしながらさりげなくそう聞くと、ティアルは小さな声で「四つ」と言った。四歳だったんだ……


「一緒に旅してて大変じゃないか?」

 ベッドに腰掛けたティアルの目線のままそう聞くと、ティアルは首を強く振った。そんなはずはないのに、我慢してるのかな。

「ヴィアスはいつも守ってくれるもん」

 そう言って嬉しそうに笑った。うん、できる限り、って言うか、絶対守ってあげたいって思ってる。そんなティアルの頭を撫で、布団に入るよう促す。


「俺と会う前はどうしてたんだ? 砂漠に独りで守ってくれる人いなかっただろ」

 さりげなく、布団を掛けながらそう聞いた。

「……うん。みんないなくなっちゃったから。だから出てきたの」

 いなくなっちゃった? 出てきた? 一体誰がいなくなっちゃって、どこから出てきたんだろう……布団に入ったティアルの額を撫でる。


「怖くなかったか?」

 ティアルはちょっとだけ視線を動かして、それから私を見た。

「……怖くなかったけど、寂しかった」

「じゃ、今は俺たちがいるから大丈夫だな」

「うん。明日、絶対連れてってね、寝てる間に行っちゃやだよ」

 細い腕を出して起きあがろうとするので、そっとその手を布団に戻す。

「ああ、絶対置いていかない。約束する」

 ティアルは安心したように布団に入って嬉しそうに笑うと、小さな声で、

「おやすみなさい」

と言った。私はそんなティアルが微笑ましくて、額に軽くキスして「おやすみ」と言って部屋を出た。



 部屋に戻ると、カザキとケイガはもう自室に戻ったという事だった。

 フェザナだけが私を待っていたのだ。待っていたと言うより、ティアルを寝かしつけているのを邪魔しないようにしてくれていたのだろう。

「ティアルは、落ち着きましたか?」

 フェザナはそう言って、椅子から立ち上がった。

「ああ、もう布団に入ってるから、すぐ寝付くだろ」

 私はフェザナの脇をすり抜けると、脱力するようにベッドに寝ころんで仰向けになった。ティアルの言葉を、やっぱりフェザナにも教えるべきだよね。


「ティアル、俺と出会う前にどこかにいて、そこの人間がいなくなっちゃったから出てきたって言うんだ」

 仰向けに寝ころんで天井を見上げたままそう言い、フェザナの顔を伺うと、フェザナは口元に手を添えて何か考えている風だった。

「それは、単純に家からという訳ではなさそうですね」

 家から出てきたというならお母さんとかお父さんとか、とにかく家族を示す言葉が出てくるはず。それなのにティアルはそう言わなかった。

 つまり、家族とは離れた場所で暮らしていたという事になる。


「あの年の子どもが全く親について言わないってのは、やっぱ何かあるよなぁ」

 フェザナはそっとさっきの椅子に座ると、やっぱり何か考えてるようで、何か邪魔できない雰囲気があった。


 ……その考え、私にも教えてほしいんだけど。


 でもきっと、私に通じないドノスフィアの常識の事なのかもしれないし、それを説明するのにまた時間を取らなきゃ私が理解できない事なのかも知れない。それでもやっぱり、話してほしいんだよね。


「何、考えてんだ?」

 フェザナを見ずにそう言うと、フェザナははっと顔を上げた。

「いえ、ただ何か引っかかるんですけど、それが何だったのか、ちょっと思い出せなくて……」

 もどかしそうに眉間にしわを寄せて見せた。

 私は息だけでふぅんと言うと、また無言で天井を眺めた。


 沈黙。

 ああ、そう言えば私、昨日はこの部屋でフェザナにひどい事しちゃったんだ……それなのに一言も謝ってないや。関係は何となく修復できた気がするけど、それでもやっぱりちゃんと謝るべきかな。今更何て言っていいかわかんないけど。


 昨日は悪かった、とか? まぁ、ヴィアスにしてはその程度だよね……私の苦しみを、どう説明していいかまだよくわかんないし、それに心の底でフェザナは何も失ってないっていう卑屈な考え方はきれいさっぱり流せたわけじゃないし。


「あの……昨日は、すみませんでした……」

 謝る言葉を探していた私に、フェザナの方が先に口を開いた。

 何で?! 何でフェザナが謝るの?!

「貴方に私の知っている事を、全てお話していない私が悪いのです。貴方の運命は、過酷なものです。それを思いやるつもりが、貴方の気持ちをないがしろにしてしまっていたなんて、思い至らなかった私が悪いのです。本当に、」

 私は思わず飛び起きた。そこまで言ったフェザナの言葉を遮るように叫んだ。


「何でだよ! 何でお前が謝るんだよ!!」


 フェザナは突然声を荒げた私に驚いて目を見開いた。

 どうしてよ! 何で、一方的に私が悪かったのに、何で先に謝るの!

 私、どうしようもなくひどい人じゃん! せっかく謝ろうって思ってたのに、先に謝られちゃったら、私はどうすればいいのよ!


―――!!


 私は自分のイヤな所を見せつけられたようで、思わずベッドの上で強く顔を覆った。


 だってフェザナは何も悪くない。

 私の事を思いやってくれたんだから、本当なら感謝すべきなんだ。最初から全部教えられてたら、恐怖のあまり何もできなくなっていたかもしれないのだし。彼は知らなくても私はただの高校生で、そんな運命に耐えられるかなんて言われたらソッコーで逃げ出してしまったかもしれない。

 しかもそれがわかった時点で彼が危惧した通り、混乱してしまったじゃないか。なのに彼は、それすら彼の非だと言う。


 それでも、それでも私はただの高校生で、子どもだから、フェザナの大人な態度が許せなかった。


 いつもだったら、どうしてた?

 些細な事で友達と気まずくなって、自分の非は認めるけど、それでも相手の事が全部は許せない時。

 多分、何日か気まずい雰囲気の中で暮らし、それから傷が癒えた頃にさりげなく話しかけるのだ。そう、何事もなかったように。それで以前のような関係に戻る。それは、厳密には以前の関係ではないのだけど。


 それじゃ、何はともあれ謝ろうと思った時は?

 その時はやっぱり自分から言わないと。自分からきちんとした態度を見せるんだ。それで向こうも「私の方こそ、ごめんね」って言って貰って、それで収まる。

 先に謝れないといけないのだ。

 謝ろうと思った時は、相手より早く謝れないと、何だか自分がすごく矮小な人間に感じる。謝れるくらいの懐の深い人間に対して、自分は謝る事ができなかった懐の浅い人間のような気がする。


 でも本当は、謝るに先も後もない。自分の非を認め、謝る事が大事なのに。

 私はそんなつまんない人間なんだ。それを見せつけられた。だからただ負けたみたいで悔しいんだ。


 しかも彼が全ての非を自分のものだとしてしまったら、私は謝る必要性さえ奪われてしまう。謝らなくても、謝れなくてもいいって事になっちゃう。


 私、すごいバカだ。

 わかってたけど、すごい子どもで、すごいバカだ。


 フェザナがそっと私の側に来るのが気配でわかった。

「ヴィアス、」

 フェザナが何か言おうとしてる。多分、かける言葉を探してるんだろう。彼はきっと本当に自分の方が悪いと思ってるんだ。そんな事ないのに。


 悪いのは私。

 彼の気持ちも考えずに自分勝手に彼を責めた。しかも暴力をもって。それにフェザナの方が先に謝ったからって、負けたと思って逆恨むのは全く論点が違う。


「お前、勝手に謝るなよ。俺の方が悪いのは目に見えてるだろ……今度から、俺も悪い、お前も悪いって時は、どっちの方がすげー悪いか考えて、それが俺だと思ったら、俺のことちゃんと叱れよ……」


 顔を覆ったまま言ってから、手をどけてフェザナを見る。彼は困ったような顔をしていた。

「お前が全部悪いって持ってっちゃったら、俺はどうやってお前に謝ればいいんだよ。俺が悪い時、叱れるのはお前しかいないだろうが」

 フェザナはまぶしそうに私を見た。そんな彼の頬に手のひらを当てる。

「俺が悪かった。すまん」

 消えそうな勇気を振り絞って、何とか言葉にして伝えた。

 彼はそんな私を見て少し辛そうに目を伏せると、私の手を両手で取ってそっと下ろした。

「でも……まだ打ち明けてない事があります」

 フェザナはやはり辛そうに言った。


 私はその言葉を聞いてちょっと笑うと、頷いた。

 多分、まだあるとは思ってた。でもそれはフェザナが隠していたんじゃなくて、伝えるべき時を待っているんだと、今なら思える。

 その時を間違う事はあったとしても、フェザナだって完璧な人間じゃないんだから、彼一人を責められない。受け止める私がきちんとしてないからかもしれない。だから、もう大丈夫。


「いいよ、その時になったら教えてくれ」

 そう言って、フェザナに包まれている手を少し握った。

 フェザナは、辛そうな表情を少し残したまま、笑って見せた。

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