第18話『いくらイライラしてたとは言え、押し倒すか? 普通?!』

 次の日もやはり砂漠は暑かった。


 昨日の夜、宿の自分の部屋に帰ってみたらもうフェザナはいなくて、空っぽの部屋で何だか自分も空っぽになったような気がして、そのままベッドに横になって寝てしまった。

 目が覚めてから意外にも自分の体が冷えている事に気づき、共同の風呂に入るために部屋を出た。こんな時間に風呂に入る人間はいないらしく、貸し切り状態だった。髪を洗って体を洗って、砂漠の砂と埃にまみれた体をきれいにした。


 誰も入っていない風呂に浸かってのんびりとしながら、昨日ケイガと話した事を考えた。きっとケイガの事だから、私の話をカザキに伝えてると思う。カザキはどんな反応をするんだろう。

 そういえば、二人が向こうの世界の人間でもあるって事は言ったけど、だから一緒に旅をしようとは言わなかったな……きっと一緒に行った方がいいんだろうな。でも、ここでの生活がある彼らを、どうやって誘おう? 危険の伴う冒険の旅に。

 考えた所でいい案は浮かびそうになかった。

 私は風呂から勢いよく上がった。今のところ貸し切りとは言え、そのうち他の男性が入って来ちゃったら、やっぱ困る。目のやり場に。


 服を着替えて、髪を拭きながら遅い朝食を取ろうと階下の酒場へ向かう。そう言えば朝からフェザナに会ってないな。いつもだったら朝起こしに来るのも、食事に連れていくのもフェザナなのに。


 やっぱり昨日の事、気にしてるんだろうな……

 私、押し倒しちゃったんだもんねぇ……


 そう思ったら、今更顔が熱くなってきた。うっわ、私、あの人をベッドに押し倒したんだ!

 うひゃーーーー!! いくらイライラしてたとは言え、押し倒すか? 普通?!

 ああ、もう、どうやって取り繕おう……何て言って顔会わせればいいんだか、わかんないよ……でもどう考えても食事する時には顔合わせるよねぇ……万が一会わなかったとしても、同じ旅の仲間なんだから絶対に会うんだし……


 いきなり足取りが重くなった。髪を拭いていた布を肩に掛けて、どうにもならない気持ちを吹っ切るように荒っぽく頭をかいて、顔を上げる。

 行くしかないじゃん。お腹空いてるし、いないかもしれないし。

 そう考えて、酒場に下りた。

 フェザナたちは壁際のテーブルについていた。ケイガとカザキも一緒だ。


――― 会いたくないって思ってたのに、何で一番最初に探しちゃうかな。


 フェザナが私に気づいたようだった。少し顔を上げたが、どうしようか悩んでるような表情でいる。そんな彼の顔を見て、何だか吹っ切れた。

 真っ直ぐフェザナたちのいるテーブルに向かう。

 広めのベンチシートは、ティアルが小さい分詰めれば自分も余裕で座れる感じ。

「ぉはよ」

 頭上から4人にそれだけ言って、ティアルの隣に座り込む。ティアルもフェザナも、それを見て少しずつ席を詰めた。フェザナはさりげなく私と視線を合わせないようにしてる。

「何だ、おっそいなぁ」

 ケイガがあきれたように言う。

「ヴィアスはお寝坊さんなんだよ」

 ティアルが嬉しそうにそう言った。ああ、確かに目覚めのいい事は今までの旅の中でなかったけどね。

「風呂入ってたんだよ」

 お風呂に入ってさっぱりしたハズなのに、今更あくびが出た。

「朝風呂かー余裕だなー」

 ケイガがそう言うのを聞きながら、宿の人が朝食を運んできたのを受け取る。


「やっぱ汗くさい男は嫌われるからなー。清潔な胸に抱かれてみたいってコの方が、断然多いから」

 そう言ってニヤリとすると、ケイガはあははとでかい声で笑った。それを聞いていたティアルが私の長い髪の中にもぐるようにしてから、

「せっけんのいい匂い!」

と言った。カザキがびっくりしていたが、ケイガは爆笑した。

「ほら見ろ」

 そうケイガに言ってから、髪を指ですくようにしてティアルの頭の上からさらさら落とすと、ティアルは黒髪のカーテンを喜んだ。その手をそのままティアルの向こうでいまだ私の方を見ようとしないフェザナの肩にかけた。


「お前も清潔な胸に抱かれてみるか? 今ならもれなくせっけんの香りだ」

「ヴィアス、ふざけないで下さい」


 フェザナは真っ赤になって、姿勢を正して私に向き直る。

「いつもそんな事ばかり言ってるんですから。ティアルみたいに小さい子に聞かせるような内容じゃないでしょう?」

 あはは、復活の兆し。ケイガは爆笑してる。

「そっか、じゃこれからは部屋で二人っきりの時にするよ」

 そう言って豆の煮込みを笑いながら食べた。いつもの調子。やっぱ考えすぎた手段で仲直りするよりは、この方がいい。

 頭上のそんな会話を聞いていたティアルが、私とフェザナを交互に見た後、

「えー、ティアルも一緒がいいー」

と言って、更にケイガを爆笑させた。



「で、今日はどうするんだ?」

 食事が終わって、食後にコーヒーの様な物を飲みながら、今日の予定を話し合う事にした。コーヒーの様な物はシャングと言うらしい。水で入れた物ではなくて、砂漠でも育つ強い木の樹液の加工品なんだそうだ。


「今日はとりあえず、荷物を整理して必要な物を買いそろえます。それから、噂で聞いた遺跡に向かいたいと思うのですが、」

 そこまで言うと、話を聞いていたケイガが口を挟んだ。

「それって、シャングライの遺跡の事か?」

「ええ、多分そうだと思います。この街の南にあるらしいのですが」

 ケイガとカザキは顔を見合わせた。知ってるんだ。

「何か知ってるなら、教えてくれ」


 二人はちょっと考える風にしてから、カザキの方が口を開いた。

「……シャングライの遺跡なら、俺たちの家の近くだよ。でもそんな時空の剣とかは何もないと思う。小さい頃は遊び場だったし、今だって井戸があるから、あそこは普通に行ったりするけど、ホントにただの朽ち果てた遺跡だよ」

「学術的な価値とかってのも別に無いらしい。そりゃあと千年くらいしたらわかんないけどさ、誰も見向きもしない遺跡だから、荒れ放題だよ」

 ケイガはカザキの言葉を継いで言った。ケイガの言ってた古井戸って、その遺跡にあるんだ。


 それじゃ噂は何の根拠もなかったって事? って言うか、ここまで無駄足だったっての? 何か、一気に脱力……やっぱり、噂は噂でしかないんだ……

「見た目でわかる訳ではないんです。必要な物が、必要な所に揃って初めて発動する物なのですから。そんなにわかりやすくあったら、心ない誰もがいたずらしてしまうでしょう?」

 まぁ確かにそうとも言えるけどさ。

「全く根拠もなくそういう噂が立つ事はないんですから。きっと何か手がかりになるものがあるんですよ」

 フェザナは私に向かってにっこりと微笑んだ。ああ、やっぱりこの人は笑ってる方がいいな。その前向きでひたむきな笑顔。

「そうだなー、どうせここまで来たんだから行ってみないとな」

 私はこの人の笑顔にいつも乗せられてる気がするなぁ。そう思いながらシャングを飲んだ。


 朝からゆっくりしていたせいで、買い物に行くという話になったらもう昼近くなっていた。遺跡までは馬で半日くらいって話だから、これから行っても夜になっちゃうし、結局今日は街でゆっくりする事になった。

 森と砂漠を越える間、私の体には大変な疲労がたまっていたので、一日くらい気を張りつめないでゆっくりしないと、ホントに体が保たなくなっちゃう。

 それでも何とかやってこれたのは、やっぱりヴィアスの体がそれなりって事なんだろうな。街に着いて余裕ができたので、フェザナが回復魔法をかけてくれたからかなり復活はしたのだけど。


 あの夜明けの砂漠の戦いで受けた傷の中で、肩の傷だけは跡が残っていた。フェザナはあと何度か魔法をかければ綺麗に消えると言ったけれど、私はその跡を残してもらう事にした。もう傷はふさがってるんだし、無駄に魔法を使う事もないしね。

 それに名誉の負傷じゃないけど、戦いの跡を残しておきたい気がした。私を守ろうとして結界を飛び出したフェザナの想いとか。


 戦いが重なるにつれ、服もぼろぼろになっちゃうから、服も食料と同じくらい必要になってくる。ぼろを着るのに慣れちゃえばいいのだろうけど、やっぱりぼろを着ていると街ではその程度にしか見られないのもわかったし。見た目って大事。

 そうは言っても服がぼろぼろになるのは私だけだから、結局買うのは私の黒い服ばかりなのだけど。


 何で黒い服なのかなぁ……嫌いじゃないけどさ。ヴィアスには似合ってるし……

「ヴィアスが好きでその色を着ているのかと思ってました」

 フェザナはきょとんとした顔で答えた。いや、気づいたらこの格好だったんですけど。

「別にいいんだけどさ」

 私は、派手とは言えない服屋の店内を眺めながら言った。


 ティアルは狭い店内をくるくる走り回って、いろいろな色の服を触っては楽しんでいる。やっぱり女の子だから、かわいい服なんか大好きなんだろうな。ティアルの服も私の服も、フェザナの見立てだった。ティアルにはいつも、それほど派手ではないけれど、ポイントを押さえたかわいい服。

 私には多少のデザインの違いこそあれ、いつも黒い服。流石にあのずるずるを着こなすだけあって、センスはいいと思う。でもフェザナは自分の服を新調してないようだった。フェザナの場合は重ね方を変えて着こなしているようだった。


 地味な砂漠の店の中でも、やっぱりフェザナの服みたいのは目を引く。しかもそれなりに高い。フェザナ、稼いでたんだろうな……

 私はその絹のように薄くてしなやかな上着に触れてみた。流石の手触り。でも私が着てるところって、ちょっと想像つかないかも。それに戦いになったらあっつー間に破いちゃうだろうし、もったいないもったいない。


「そういう服がよろしければ買いますが……オルは貴方が稼いでいるわけですし……」

 申し訳なさそうに言うフェザナに振り向いて、軽いデコピンを食らわす。

「バカ、触ってみただけだよ。っつーか、オル稼ぐのは俺の仕事なんだから、そういう事言うな」


 そうそう、一緒に命がけの旅をしてる仲間の割り振りってのがあるんだから、誰が稼いだかって問題じゃないのよ。そんな事言ってると、心が狭くなっちゃう。

 フェザナはそれでもちょっと申し訳なさそうな顔でいる。

「俺はこういうのでいいんだよ。もし全く戦いがなくて、着飾らなきゃならない時になったら、最高級品を買ってくれ」

 私は自分の服をつまんで言った。冒険の旅には耐久性が一番。


「ヴィアスには、黒が似合うと思います」

 うん、あんまり派手な色着てるヴィアスの姿って、想像つかない。まぁ、野宿続きの旅であんまり鏡を覗いたりしてないし、いまだに自分の顔かたちや姿に慣れてないところもあるから他人事みたいな感じだけど。

 向こうでの私は背も低くて、お世辞にもモノトーンが似合うとは言えなかったから、これはこれで嬉しいかも。

「ああ、俺もそう思う」

 軽くウインクしてそう答えた。

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