第17話『頭の危ない人って思われたんじゃないかな……』
「信じるかどうかは、任せる」
私はそう言って、自分の知っている事と、東の砂漠に着いてからここまでの旅についての話を締めくくった。
でも向こうの世界で私が女の子だって事は伝えなかった。何でかわからないけど、言えなかった。頭の危ない人って思われたんじゃないかな……
ケイガは初めは目を丸くしていたけど、その後ぼんやりとカップの縁を指でなぞりながら話を聞いていた。話が終わった所で、何故かケイガが大きなため息をついた。
「ズレっぷりが半端じゃないと思ったけど、それじゃしょうがないな……言ってみれば生後二十日そこそこって訳だろう?」
その言葉に、ケイガが丸ごと私の話を信じてくれた事を知り、逆に私の方が驚いた。
「お前、今の話信じるのか?」
「ああ、そんな事もあるだろうさ」
いや、ケイガも巻き込まれてるんだってば。
「うーん、ヴィアスの言う通り、俺もそっちの住人だとしても魂だけの話だし、そっちの記憶がある訳じゃないから何とも言えないなぁ。ただ、ヴィアスが名前を失ったってのは、すげー大変な事だと思う」
ケイガはまたカップから一口酒を飲んだ。私も長い話の中で無意識に飲んでいたらしく、手の中の二つ目のカップも残り少なになっていた。
手を挙げて店の人がこちらを見た所で、カップを掲げて振っておかわりを注文した。すごい、私ってば大人みたい。
「自分の足元が壊れちゃったみたいな感じだろうな。意識としてはちゃんと立ってるのに、足元に確固たる地面が見えない。俺はなくした訳じゃないけど、何となくそんな感じがする」
ああ、そんな感じ。名前を失った私は入れ物に記憶が入ってるだけの物で、そこにきちんと名前を付けて貰ってないから誰にも認識されない透明人間のような気がした。
そしてそれが運命って力に勝手にされたって事に腹を立てて、しかもその逆らえない強さに恐怖を感じて、その鬱憤を暴力で発散したんだ。
「フェザナには、悪い事したな……」
三杯目の酒に口を付けて呟いた。ただの八つ当たりだったのだから。私、フェザナに八つ当たりしてばかりな気がする。
「……俺が言うのも何だけど、契約交わして主の事が好きになっちゃってる魔術師ってのは、すげー盲目的なんだ。だからきっと自分の事よりヴィアスの事気にして心配してると思うぜ」
それは私に、早いとこ浮上してフェザナを安心させてやれって事?
「フェザナは、そんなに俺のこと想ってんのかな……」
疑似恋愛的だとは思う。でも彼の本当の気持ちを聞いた訳じゃないから、断言はできない。
だいたいあんなに美しい人、普通周りが放っておかないじゃん。美しくて綺麗で、そこら辺の女の人は手が出せなかったのかな……だとしたら、それも可哀想な話だよねぇ……
ふと顔を上げてケイガを見たら、それこそ鳩が豆鉄砲食らったような顔していた。何? 何か変な事言った?
「……あれでヴィアスの事、何とも思ってないんだったら、それこそすげー変だよ……ってか、気づいてないヴィアスもすごい」
気づいてない訳じゃない! でも、信じられないんだってば。始めて会った時から、びっくりする位綺麗な人だと思ってた。そんなすごい綺麗な人が自分の事、何も知らないのに好きだなんて。
「会って二十日やそこらだぞ? もう盲目的に愛されてるなんて、誰が信じるよ」
私はカップに口をつけた。
その契約により他動的に好きになっちゃうのだとしても、時間が短すぎる。やっぱり待ちわびた時間に気持ちのすり替えがあって、疑似恋愛してるとしか思えない。
疑似恋愛だとしたら、もし本当に契約に乗っかって愛情を抱いたとしても、その間違いに気づいた時に一緒に覚めてしまうだろう。
「フェザナは、どの位ヴィアスの事待ってたんだ?」
ケイガも酒に口をつけながら聞いた。
「さぁ、聞いた事ないな……」
そう言えばフェザナの個人的な事、ちゃんと聞いた事なかったな。そんな事聞いてるヒマないくらい、いろいろあったような気がする。
ヴィスの事もあるし、私がこっちの世界の事を全く知らないから、その説明をしてもらうだけで少ない二人の会話の時間は終わっていた。
ケイガは少し視線を落として静かにカップを置くと、きちんとした姿勢で優しげな表情を浮かべた。
「……もし、ヴィアスがフェザナの事好きになっても、ヴィアスはこの冒険が終わったら、元の世界に帰っちゃうんだよな。ヴィアスはそのために旅をしてるんだし。だとしたら、素直に認められないのもわかる気がする」
……私は、フェザナの事が好きなの?
いや、そりゃ好きだけど、そういう意味で好きなのかな? それで、それを素直に認めてないように見えるのかな?
「帰りたいのは、向こうの記憶がはっきりしてるからだ。ドノスフィアに俺はいない」
ドノスフィアの私は、迷い込んだ二十日ちょっと前からずっと作っていってできあがる私だ。それこそ生後二十日くらい。でも向こうの世界には、それ以前に十六年分の私がある。それを簡単に捨てる事はできないような気がする。
「そろそろ帰るか」
そう言って立ち上がった。オルは持ってるから支払いはこっちがすればいいかな。そう思っていると、ケイガは座ったままで私を見上げていた。
「でも、俺の前にヴィアスはいるぜ。フェザナの前には多分、何年も前からずっとヴィアスはいるんだよ。その全部を否定するなよ」
ケイガはそう言って立ち上がり、私の顔を見ないでさっさと会計を済ませて店を出ていってしまった。
私はどうにもいたたまれなくなって、彼の後を追うように店を出たけど、もう路上にはケイガの姿はなかった。
暗い夜の空が何でも吸い込んでやろうってくらい真っ黒で、星が何とかへばりついているようだった。
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