第16話『完全に恋人同士と思いこんでる……』
酒場には人が溢れていた。
ケイガは慣れた仕草で酒を注文すると、するするとテーブルの間を抜けて壁際の、テーブルごとに壁で仕切られている半個室のようなテーブルに陣取った。
お酒なんて(飲んだ事ないとは言わないけど)こんな酒場で注文するような大人のお酒がまともに飲めるとは思わないんだけど。それはしょうがないか。
ここまで誘って話す程の何があるのか、ケイガの真意が測れなくて無言でいると、彼はテーブルに届いた酒のカップをすぐに手に取って、少しだけ口を付けて唇をしめらせた。
「お前、剣士だろ」
一言そう言って、もう一度酒を飲んだ。
私にはどういう話の展開があるのかわからなくて、ただ目の前のカップを見ていた。飲んだ方がいいのかな……
「ああ、そうだが、それが?」
「知らない訳じゃないよな? って言いたかったんだが、どうもヴィアスってズレてる気がすんだよな」
それは私がドノスフィアでの一般常識を知らないって事? それを言われたら確かに私はズレまくってますが。
「何が言いたいんだ?」
怪訝そうな顔で思わずカップを取ってしまった。その動きの流れで自然と口へ運ぶ。不味くありませんように!
しかし意外にも酒は飲みやすいものだった。何か濃いウーロン茶がスパイシーになった感じ。よかった、恐ろしく苦いとかじゃなくて。
「フェザナは魔術師だろ? で、ヴィアスは剣士だ。更にあの髪。そして一緒に旅をしてるって事は、フェザナはヴィアス付きの魔術師って事になる」
それは私に忠誠を誓っていて魔法を使うのに私の力を使うって、あのシステムの事?
「そうだな」
「忠誠、誓われたのか?」
ケイガはいきなり興味津々といった顔でテーブル越しに顔を近づけてきた。
「一体、何が聞きたいんだ」
いらいらがまだ残っている私は、眉間にしわを寄せて答えた。
するとケイガは体を戻し片手の平を見せて冷静そうな顔をすると、
「いや今のは単なる好奇心。あの美人が跪くってのは、どんなんだろと思っただけ」
と軽く言い訳した。話の目的が見えなくて何が何だかわからない。
「ま、そういう事だから、もうちょっとフェザナに優しくしてやんなよって事」
まるでよく知った友達カップルに提案するように軽く、あくまで簡単にケイガは言った。どういう意味?
「……さっきの事言ってんのか?」
さっきの現場を目撃されてる手前、確かにフェザナに優しくしてるとは思えないよね。ケイガは両方の眉毛を上げて、とぼけたような顔をしてゆっくりとカップを取った。
「んー、それもあるけど、あの契約を交わしたって事は、魔術師は契約を交わした相手に逆らえないんだよ。それにあの契約は主の力を借りて魔法を使うから、魔術師は主の心といつも通じている事になる。魔術師が逆らえなくなるのは単に契約だから、離れたら魔法が使えなくなるからじゃないんだ。主が好きになっちゃうからだよ」
ケイガはいたずらっぽく笑ってそこまで話すと、テーブルに両肘を突いたままカップを傾けて酒を飲んだ。私は唐突な話の展開に面食らって、きょとんとした顔でケイガを見ていた。
好きになっちゃうって、そう言われても。
「だ・か・ら、フェザナはすげーヴィアスの事が好きなの。だから優しくしてやれって事」
「なんなんだよ、それ……」
だいたい、そんな契約に縛られてうっかり相手に好意を持つなんて、自然じゃない感じがする。そんなの全然正しい恋じゃないじゃない。吊り橋の上で出会ったようなもんで、ホントの恋とかじゃないじゃない。
「で、主の方も魔術師が魔法を使う時に心奪われる感じになる。そんで主も魔術師が好きになっちゃうから公平なんだけどね」
「何でお前が断言できるんだよ」
私は眉間にしわを寄せた。フェザナが魔法を使う時に心奪われる感じがするのは本当の事だったから、図星を指されて逆ギレしてるだけだ。
「砂漠で水売りしてると、一番多い客は旅人なんだよ。魔術師だって誰でも契約交わしてる訳じゃない。契約しないで暮らす魔術師の方が圧倒的に多いんだ。で、契約交わす位の相方を持つのは大概旅人、つまり冒険者なんだよ。危険が伴うからな」
「つまり、その一番多い客から聞いた話って事か」
「そ。ヴィアスの先輩たちだよ」
そう言ってまた一口酒を飲んだ。
ヴィアスに比べたらケイガの方が絶対若いと思うんだけど、酒を飲む仕草も板についてる。一体いくつなんだろう。私は中身が高校生だから、見た目より子どもなんだけどさ。
「わざわざそれを忠告する為にここまで連れてきたのか?」
私も負けじとカップを煽った。珍しい中国茶と思うと何の抵抗もなく飲めた。
「いくら壁が厚くても、ドアにぶつかった音は普通に漏れるからなぁ……」
そう言って置いたカップの縁を指でなぞる。そうか、あの時の音で。
「何事かと思って、一応ティアルのいる部屋を見たんだ。そしたらティアルが寝てるだけだし、こりゃ部屋にいるのはヴィアス一人じゃないなと」
私は何の言い訳もできないので黙っていた。
「まぁ、恋人同士の痴話喧嘩の仲裁に入るつもりはなかったけど、やっぱ無理矢理ってのは可哀想な気がするしなぁ……」
「はあ?!」
驚いて顔を上げた。確かにあの状況を見るだけだと、押し倒して力任せに押さえつけていたようにしか見えない。しかもフェザナの体の自由が利かないように。だとしても、そんなつもりはなかったんだってば!
「バカ、違うんだよ、あれは、」
何とか言い訳しようにも、何を何から話していいかわからない。
運命の剣士の事? ドノスフィアと別の世界の交換の事? 時空を正す剣の事? 実はケイガは向こうの世界で秀俊くんだって事?
「いや、いいんだって。そりゃ色々あるだろうし、そこまでは俺だって聞いた話でわかるわけじゃない」
完全に恋人同士と思いこんでる……そう勘違いされる事はままあるけど、そんなにくっつけたいのか? ああ、そうか。トロシャの宿屋のオヤジが言ってた「まだ」ってのは、契約の事だったのか。私はテーブルに両肘を突いて顔を伏せて脱力した。
「っていうか、フェザナは男だろうが……」
ケイガはそんな私の顔をわざとらしく覗き込む。
「まー異性の方がいいのかもしんないけど、この契約交わしてる人たちに限っては、好みに反するってのも全然珍しくもないからなぁ」
少し顔を上げて恨めしげにケイガの顔を見る。
「だってしょうがないだろ? 契約で否応なく心のやり取りが行われちゃうんだから。それにまぁヴィアスたちはお似合いだから、そんなに否定しなくてもいいんじゃん? あー確かに、わかってても、契約する前は同性はちょっとって思ってたヤツが、契約を交わした事によって同性に惹かれてく自分を認められないってのはいるからなぁ。それもよくあるタイプだよ」
にこやかにそう言ってケイガは私の肩を叩いた。私はそんな言葉に更に肩の落として「そんなに単純じゃねぇんだよ……」と呟いた。
ケイガはヴィアスの中身がただの女子高生だって知らない。否応なく契約を交わした魔術師に惹かれていくのを、ただ手放しで見てる事はできないんだから。
「どこで出会ったんだ?」
ケイガはいつの間にか二杯目の酒をオーダーして、新しい酒に口をつけながら聞いた。私はただぼんやりと答えた。
「ドゥランゴ。ここから西の狭間の森を越えた向こうの砂漠の街」
「ヴィアスは? どっから?」
私は答えるべき答えを失って無言でケイガを見た。ケイガはその視線を勘違いして両手を上げて言った。
「まずこっちから、だな。俺とカザキはこの街より南の集落で育った。何にもない所だ。俺には何も取り柄はないけど、カザキは守人の天分があった。だからきちんとした勉強を受ける為に塔へ行くことにした」
「塔、って?」
あ、やばい。ズレっぷりを更に披露しちゃう。でもしょうがないよね、わかんなんだから。
ケイガはやっぱり、何でそんな事も知らないんだ? って顔をして説明した。
「塔ってのは、言ってみれば学校だ。地の塔が守人の学校。霧の塔が魔術師の学校。風の塔が霊師の学校」
霊師って単語は前にも聞いた気がするけど、これ以上質問しても話が進まないから、とりあえず流す事にしよう。
「で、どこまで話したっけ? あ、そうそうカザキは塔へ行くことにした。でも塔に入るには、とんでもない才能があってスカウトされるか、それなりの金がないといけない。カザキはそこまでの才能はなかった。だから金が必要だった」
そこまで話してケイガは酒をあおった。表情から、ずっと優しそうな笑顔が離れないのはどうしてだろう。
「そこで俺はヤツの為に身売りする事を思いついた」
いたずらっぽく笑って、何でもない事のようにそう言った。
何て言っていいのかわからないので、ちょっと眉間にしわを寄らせただけだった。ケイガは更に嬉しそうに笑う。
「この辺じゃよくある事だよ。砂漠の交易で儲けてるでかい商店に買われたんだ。人足まがいの若い労働力ってヤツよ。荷物運びはいくらでも必要だからな。その金でカザキは塔へ行った。それから五年ヤツは勉強して、俺は店でひたすら働いてた。で、カザキが塔を卒業したと思ったら、あいつ、このベルガラに帰って来ちゃったんだよ」
ケイガの言葉とは逆に、表情は全く困った様子ではなかった。
「守人として独り立ちしたら、いくらでも就職口はあるってのに、あいつ帰ってきて貯めた金で俺のこと、買い戻しやがったの」
「お前はカザキにとっちゃ恩人だからだろ」
「んー、でも別に五年間虐待されてた訳じゃないし、少ないけど小遣いも貰ってたんだけどねー」
そう言ってから通りかかった店の人に三杯目の酒と、私の分の酒もオーダーした。やっぱりその表情は嬉しそうだ。
「これでもう対等だからって。それから俺たちはうちの近くにあった古井戸に水が残ってるのに目を付けた。カザキがきちんと気の流れを守っていれば、水はもっと湧いてくる。その水を砂漠の旅人に売る事を思いついた」
そこまで話してケイガは両手を広げて見せた。
「はい、俺の話は終わり。わかりやすいだろ? あんまりフクザツじゃないから」
そう言って、やっぱり人懐っこい顔でにっこりと笑った。
言葉よりはずっと、フクザツに感じるけど。
テーブルに届いた酒のカップの一つを私の方に置いて、ケイガは新しい酒に口をつけた。私のカップは一杯目も半分くらい残ってる。
私に対して警戒心を解いているのか、それとも彼がいつもそんな風なのか、とにかく今の話に嘘はないようだった。私の方も、嘘つかないで全部話すべき? でもそれを信じるかどうかは、ケイガにかかってるんだ。
考えてみれば、ここで普通に生活しているケイガに話して、まともに受け取ってもらえるとは思えない。それはその安定した生活を壊すことになりかねないからだ。
顔を上げてケイガを見てみると、やはりにこにこして私の言葉を待っていた。
私の持っている情報なんて、たかがしれてるんだけど。
それでも、フェザナにもティアルにも話せない物を、この人懐っこい笑顔の青年に渡してしまいたくて、少しずつ話し始めた。
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