第14話『こんな連れを待っていた!』

 それから砂漠を走る間、何とはなしに言葉が少なかった。

 砂の舞う砂漠を滑走する馬車の中での会話なんて元々少なかったのだけど、多分意図的に口を閉じていた気がする。


 タイミングもあるけど、これって八つ当たりだよね……私も大人げない……

 乾きがちな目を細めて何とか涙でも出そうとしていたら、前方に何だか影が見えた。


 ヴィスか? ……いや、違う。ヴィスはあんなに小さく確固たる影じゃない。人? まさか……また少し馬を速く走らせ、その影に近づいてみた。

 やっぱり、人だ。しかも二人。こんな砂漠の真ん中で何やってんだろう。

 速度を落としてちょっと目線だけで幌の中を伺ってみると、フェザナも気づいたようだった。どうする? と目で問いかけてみたら、フェザナは御者台に出てきた。


「水売り、でしょうか?」

 砂漠に水売りがいるとフェザナが言ったのに、何だか怪訝そうな顔をしてる。そうお目にかかれるもんじゃないのか、フェザナ自身旅の経験がなくて出会った事がないのか。

「とにかく近づいてみるか。もし敵意のあるヤツでも、確認しなけりゃ始まらないしな」

 私の声は何日も言葉を発していなかったみたいに、ちょっとかすれていた。泣いていたみたい。私のそんな声にちょっと視線を向けたけど、すぐ何もなかったような顔でフェザナは頷いた。


 馬車をゆっくりと誘導して、二人の所へ近づく。

 近づくにつれてその二人が、高校生くらいに見える青年という事がわかった。二人ともベージュが基調の服を着ている。


 片方は黒髪のさらさらヘアーって感じで、いかにも旅人の服って感じの上着にハーフパンツ丈のズボン、肩からモスグリーンの布をかけてベルトで止めている。長い前髪のせいで顔の半分が隠れていて目の表情が全く見えない。そして妙にちぐはぐなんだけど、太い黒縁の眼鏡をかけていた。何だかファンタジーっぽくないなぁ。


 もう一人の方は黒髪の彼より背が高く、髪は茶髪のベリーショート。茶髪の彼はタンクトップにやはりハーフパンツ、肩にはやはりグレーとベージュの混ざったような色の布をかけている。そして何か車輪のついた小さな樽の様な物を引きずっていた。


 馬車を近づけていくと向こうも気づいたようで、こちらを見ながら動向をうかがっている。並んでいる彼らをちゃんと確認した時、私の中には信じられない思いがこみ上げてきた。


 うそ、あれって、秀俊くんと田草川くんじゃん……


 クラスでも仲の良い男子。彼らは向こうの世界でもいつも二人で連んでた。いや、顔形は未畝みほの時と同じで全然似てないけど、でも断言できる。あの二人を私は向こうの世界で知っている。茶髪が秀俊くん、黒髪が田草川くん。

 どうしよう、何て話しかけたらいいんだろ。

 ゆっくりと馬車は彼らに近づいて心の準備ができないまま間近に迫った時、茶髪の秀俊くんの方が口を開いた。


「何? 客? 悪いけど、今ちょっと売れないんだ」

 その言葉を聞いて、どうやら彼らは水売りで間違いないと判断した。

「どうしてだ?」

 私はとりあえず話題に乗っておくべきかなと思って応えた。彼らは顔を見合わせてちょっと確認した後、やはり秀俊くんが顔を上げた。

「あんたたち、旅の人?」

「ああ、これから砂漠の街に行く所だ」


 そう言いながら、彼らも旅に同行してもらった方がいいのか、どうやったらパーティに加えられるんだろうとか、そんな事を考えていた。

 彼らは更に顔を見合わせて目だけで確認し、また秀俊くんの方が口を開いた。


「俺たちはこの辺で水売りをやってるんだけど、ちょっと足をなくして困ってたんだ。街まで行くなら乗せてってくれないか?」


 秀俊くんは慎重そうにそう言った。乗せるのは構わないけど、なんでこんな砂漠の真ん中で足をなくしちゃうんだろ? やっぱ、ヴィス?

「ヴィスか?」

 秀俊くんは無言で頷いた。馬か何か知らないけど乗り物を失う程のヴィスに会って、よく無事だったよなぁ。更に歩いて移動してたなんて、命知らずじゃない?


「足を失う程のヴィスがいるって事か……」

「街までなら最短ルートで行ける。俺たちが案内するから。俺はまだ平気だけど、こいつがくたばっちゃって」

 そう言って親指で田草川くんを指した。


 いきなり振られた田草川くんは、あり得ないくらいびっくりしたって反応した。

「何で、俺がいつそんな事言ったよ!」

「言わなくてもわかるっての。お前すっげぇ歩くの遅くなったの、わかってないのかよ」

「そりゃちょっと疲れたけどさ、でも歩かなきゃまた襲われるかもしれないからちゃんと歩いてたじゃん!」

「お前なぁ、歩いてたっつーか引きずってたって感じだろうが。俺いつお前をおんぶしなきゃならないかと思って、マジ悩んでたんだぞ」

「おんぶなんてしなくていいよ! そんな事頼まないって!」

「いや頼まなくったって、その内お前くたばっちゃうもん。そしたらそうするしかないだろう」

「何だよ、遅いって言ってくれれば俺だってがんばれたっつーの!」


 秀俊くんはそんな文句をまだ言ってる田草川くんを、はいはいとでも言うように手のひらを彼に向けてひらひらと振った。

 御者台から見ていた私は、余りにも唐突に緊張感が途切れたのでびっくりして思わずフェザナの顔を見た。フェザナもきょとんとした顔で私を見た。そして声を出さないで口だけ動かして、どうします? と聞いた。


 私は彼の耳元に口を近づけて小さな声で

「彼ら、俺たちと一緒だ。向こうの人間だよ」

と告げた。フェザナは少し表情を堅くして私を見た。


 私は彼らに向き直って、その微笑ましいケンカに割って入った。

「わかった。街まで乗せてってやるよ、水も少し貰えるとありがたい」

 その声に二人は同時にこちらに振り返って、少し安心したように笑った。



 秀俊くんはケイガと言った。田草川くんはカザキと言うらしい。

 ケイガは砂漠で働いてるって感じで、肌も褐色の運動神経の良さそうな青年だけど、カザキの方は色も白くて、どうやったら砂漠でその美白が保てるの? って感じだった。しかも眼鏡をかけているのでどう見ても活発には見えない。重い髪型に分厚いメガネで見た目はマンガにありがちな典型的ガリ勉みたいだ。しかも前髪がメガネより長い。メカクレってやつか。もしかして、かっこ悪く分厚いメガネが恥ずかしいのかな。

 馬車に乗り込んできた彼らは、まずティアルの存在にびっくりしたようだった。まさか旅の一行にこんな小さな子どもがいるとは思ってなかったっぽい。そして、ケープのフードを外したフェザナにも驚いていた。そりゃ確かに吃驚するような美人さんよ。


 ケイガは私たちの地図を開いてじっくり見た後、基本的には間違ってないが目印が大げさすぎて距離感が変だと言った。私もそう思ったんだよー。

 ルートを教える為にフェザナに代わってケイガが御者台に来て、フェザナは馬車の中でカザキに水を分けて貰っていた。

「ティアル、喉が乾いたでしょう」

 その声を聞いてケイガが「男なのか……」と小さな声で呟いた。ま、当然の反応だよね。


 ケイガは何も変わらないように見える地平線を見て、時々進行方向を指さして教えた。この視界のどこに目印があるんだろ。生活してる人の強みかな。

 私はもう彼らが私と同じ世界の人間である事がわかった時点で完全に信用してしまったようなもんだけど、全面的に信用している所を見せてしまうのは危険かもしれないと思って(もしかしたら秀俊くんとは似てもにつかないほど大嘘つきの詐欺師かもしれないし)、手綱は自分で握っていた。


「ヴィアス、お水飲みますか?」

 背後からフェザナが声をかけてきた。声の位置から考えても、肩越しにいるのだろうなと思ったけど、あいにく両手がふさがっているのでコップを受け取る事ができない。口の中はじゃりじゃりしてて、できればうがいしたい気満々なんだけど……

「ん、いいわ。両手がふさがってる」

 そう言うとケイガが何か言いかけてやめた。私は首を傾げて目で促す。

「いや、俺が手綱持とうかって言おうかと思って」

「何で言うのやめたんだ?」

「俺だったら、砂漠で遭遇したヤツを簡単に信用しないから」

 そう言って彼は少し笑った。でもその一言で、ケイガは信用に足る人間だと思った。もしそれが彼の作戦だったとしても、あきらめがついちゃうくらい彼は誠実に見えた。


 私は彼に少し笑ってから、無言で手綱を彼に差し出した。

 顔を上げて少し驚いた顔をした彼の目に、信用された事に対する責任みたいなものが見えた。それから手綱をしっかりと握ってグティを制御したのを見てから、フェザナを振り返ってコップを受け取った。

 まず一口、ごくごく少量の水を口に含んで口中の砂を全部洗い出し、走る馬車の外へ吐き出した。


「フェザナが飲ましてくれたら、何の問題もないんだがな」

 そう言ったら、ケイガがちらりとこっちに視線をくれてニヤリとした。もしかして通じる人?!

「飲ませるって言ったって、走ってる馬車の上じゃ揺れていて無理です」

 フェザナは真面目にそう答えた。

「そうか? 口移しはハードル高いか」

 ケイガは前を向いたまま声を出さずに笑っていた。


 よっし! こんな連れを待っていた! 欲しいのはここで「するかよ!」ってツッコミなんだけど、通じてるならイケる可能性あるじゃんね。

 いやでもボケたら突っ込んでもらわないと据わりが悪いんだから。こっちの未畝はまだ使えないし。

「でも、そうしたら視界が遮られるから、やはり得策じゃありません」

 フェザナはやっぱり真っ赤になって、恨むように私を見て小さな声で訴えた。ホント、かわいい人だなぁ……


「冗談だよ、冗談」

 そう言って乱暴にフェザナの頭を軽く叩いて、前に向いて座り直した。

「……変なパーティー」

 ケイガが小さな声で笑いを含んだ声で言った。そりゃもう、変中の変よ。ドノスフィアのどこを探しても私たちみたいなパーティはいないんだから。

「あの人、魔術師?」

 彼は少しだけ目線を動かして言った。

「フェザナ? ああ、そうだよ。女の子はティアル」


 そう言えば自己紹介をしてなかった。

 でも何だか「俺は○○だ~」って名乗るのって恥ずかしい。未畝みほに会った時は自分の名前がわかった時だったからすんなり答えられたし、フェザナの時はすでに彼が私の名前を知ってたから、別に名乗る必要もなかったわけだし。


 だって田草川くんも秀俊くんも、ホントだったら友達なんだから私の名前知ってる訳じゃない。その二人に向かって今更私は……ですって改めて名乗るようなもんでしょ?


―――― え?


 私、私の、名前……

 私の名前は、何?


 驚いて振り返る。

 彼は田草川くん、その隣でもうすっかり彼になついた風なのが未畝、私の隣に座っているのが秀俊くん。

 三人とも私のクラスメイトで、未畝は国語が得意で最近洋楽のアイドルグループにはまってる。

 秀俊くんは運動部か演劇部にしか許可されてない自転車通学を許可して貰う為に、部活動以外に唯一考慮される生徒会に書記として入ってる。

 田草川くんは囲碁将棋部だけどまともに活動してなくて、カラオケでミスチルをよく歌う。


 覚えてるよね? 彼らの事。で、私の名前は?

 ……何で思い出せないの?

 私の事は覚えてる。でも、名前だけが出てこない。

 まるで思い出そうとしてる記憶に真っ黒い穴があいてて、その中に落ちちゃったのか、それとも穴を空ける際に完全に失われてしまったのか、それさえもわかんないまま真っ黒い穴を覗いてるって感じ。

 何コレ、気持ち悪い。


「おい、あんた、大丈夫か?」

 ちょっと驚いて声をかけてきたケイガの顔を見る。手綱を握ってるから前方から目を離す事はできないので、ちらちらと視線をよこす。

 私は片手で顔を覆った。

 この灼熱の日差しの下で、びっくりするくらい顔が冷えているのがわかった。

 彼らは向こうの世界の事を全く覚えてないから、彼らに私の本当の名前を聞く事はできない。両手で顔を拭うようにして冷静になるよう務める。


「ああ、大丈夫だ。俺の名はヴィアス」


 それだけ言ったけど、そう名乗った事で何かが失われたような気がした。

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