第13話『意外と過信してたんだな。自分の事。』

 その日は結局、馬車を走らせてもヴィスに襲われる事はなかった。


 やっぱ、ある程度の範囲のヴィスをまとめて退治したのかな。それとも面倒なヤツらがいるぞーって噂がヴィスの間で広まって、私たちに近づかなかったか……ってそんな事はないか。

 次の日もヴィスは出てくるものの、レベルアップした剣と私には少し物足りない位で、結構淡々と数日が過ぎていった。


 とにかく回りの景色が全く変わったように見えないので、正しい方向へ進んでいるかどうかさえわからない。

 時折幌の中の振り返ってフェザナを見てみると、ケープからその眼差しをこちらに向けて間違いないというように頷いて見せた。それで結局また同じ方向へ向かってグティを走らせる。名付けてやったくらいしかしてあげられてない黒馬は、私たちをぐんぐん運んでいた。


「そろそろ街が見えても良さそうなんですが」

 馬車を止め、休憩とお昼を兼ねて砂漠の真ん中に荷を降ろす。初めて見た地平線を、こんなに長く楽しめるとは思ってもみなかったな。

「そろそろって事は、つまり食料や水もやばいって事じゃねぇか?」

 砂漠に出てから十日ほどたっている。数日は保つって事は、それ以上は保たないって事じゃない。ここ数日は水の代わりに果物を取るようになっていた。水は一日に最小限しか口にすることができない。


 フェザナは言いにくそうに少しうつむいた。

「ええ、確かにそうです。こんなにかかるとは思いませんでした。考えてみれば、馬車の上に乗員が三名、さらに荷物を積んでいるんです。馬を二頭立てにしても大変な道のりをグティ一頭で引かせていたのですから、それなりに時間もかかってしかるべきなのです」

 申し訳なさそうな顔で黒馬のたてがみを撫でる。


 そっか、それは考えなかったな。確かに重い荷物を一人で運んだら、二人で運ぶより時間がかかっちゃう。でも今更そう言っても始まらない。

「グティなら大丈夫だ。俺だって長くこいつといるわけじゃねぇが、並みの馬だとは思えねぇ。お前がちゃんとこいつの疲れた足に回復魔法をかけてるんだから、こいつだって恨んだりしてねぇよ」

 そう言ってグティの首筋を軽く叩くと、それに答えるように鼻を鳴らした。


 今のところ、星や太陽の動きから方向は間違っていないらしい(この世界の天体がどう動いてるのか、私にはわからないのだけど)。とにかくこのまま行けば、砂漠の街に着く、はずだ。

「間違ってるのは、地図の距離感だな……」

 荷物を下ろして遠い地平線を眺めながら、私はひとりごちた。

 目標物が地図上で大きく書いてあると、近いような気がしちゃうじゃんね。ホントはおっそろしく遠いのだとしても。

 フェザナは私の下ろした荷物から手際よく道具を出して食事の準備を始めた。



「結局、その後は何の変化もないんだな?」

 私は簿ビーフシチューの水分少な目版みたいな煮込みを頬ばりながら、スプーンでフェザナの腕輪を指した。

 フェザナは水分を含む野菜を上手く調理して、なるべく料理に水分が含まれるようにしていた。スゴイ、こんな芸当絶対できないよ……っていうか、まともな料理だってできないけどさ……干した肉は噛めば噛むほど味が出て、本来なら厳しい食事事情のはずなのに、じゅうぶん美味しかった。量は少なめだけど。


 あの戦闘の時、ものすごいエネルギーを放出した腕輪は、何事もなかったように沈黙している。いろいろ調べてみたけれど、その形状は以前と全く変わりがなかった。

「ええ、自分でもどうしてあの時、あんな風にできたのか……」

 フェザナはスプーンを置いて、右手を左腕にそっと置いた。


 だいたい、この武器が何に呼応するモノなのかさえわからない。魔法使いに渡したくらいだから、やっぱり魔法武器って事になるのかもしれないけど。

 でもクヴァルメはフェザナが魔法使いと知っていた訳じゃないし、もしクヴァルメが感づいていたとしても、結局使い方がわからないんじゃどうにもならない。


「あの時、どんな風だった?」

 私はシチューを大口で食べながら聞いた。男でないと大口開けてご飯って食べれないしね。いや、私は女でやってたからアレだったのだけど。

 フェザナは少し首を傾げてちょっと悩む風を見せた後、視線を膝に乗せた皿に落とす。

「結界の中でヴィアスを見ていて、背後のヴィスが襲いかかるのがわかったんです。それで、」

 フェザナは少し声を落としてティアルを見た。

「ティアルの事を忘れて、飛び出してしまって……」

 ああ、まだ引きずってるのね。

「それはもういいから。で?」

 私はいつまでもあの時の言葉を忘れないフェザナを、ちょっと乱暴にも聞こえる言葉で促した。

「ヴィアスが危険だと思ったら、いても立ってもいられなくて……迷惑になってしまう事を考えませんでした……すみません」


 フェザナはこの話をする度に謝っている。フェザナの武器について話したいのに、気づいたらティアルを置いていったフェザナが謝って終わってしまう。

 これはちゃんと言った方がいいのかな? っつっても、私だってちゃんとわかってないんだけどさ。

 何て言うか、ティアルを使ってフェザナが安全な所に戻るように回りくどく促した、というか……私の事を考えて思わず飛び出してしまったフェザナを面と向かって叱ることはできないから、ティアルをうまいこと使った、っていうか……


 いやいや、あの瞬間、そこまで色んな事考えてなかったよ。実際。だから、フェザナにもきちんと説明できないんじゃん。

 ちょっと、最近少女マンガを読んでなかったのが影響してない? このもどかしさを伝えるのに有効な手段が学べそうな気がするのに。ああー、最近ファンタジーとかミステリーばっか読んでたからなぁ……やっぱ王道な少女マンガも、人生の手っ取り早い経験値としては必要なんだな……


「ただ、」

 堂々巡りの話し合いに現実逃避じみた考えを巡らせて、スプーンをくわえたままぼんやりしていた私に、フェザナが顔を上げた。

「あの時は、ヴィアスを助けたいとしか考えてませんでした」

 そうはっきり言って、またシチューを食べ始めた。

 私を、助けたい。

 えーと、またあの疑似恋愛の……いや、混ぜっ返すのはやめよう。フェザナは、私を助けたい一心だったと。

「ドノスフィアの魔法って、強く想う事なんだよな……」

 スプーンを口にあてたまま、ぼんやりと呟く。


 そうよ、強く想う事。それ! それがフェザナの武器なんじゃない?!

「そうだよ、お前の武器ってのは、俺の力を使わなくてもお前の魔法を増幅させるんじゃね?!」

「そう、でしょうか……」

 何よ、これが正解と思ったのに、その乗り気のない返事は。盛り上がったテンションを一気に下げられて眉間にしわが寄る。

「いえ、でもあの時以外に発動しない所を見ると、どうもそれだけとは思えなくて……」

 フェザナは私の顔を見て、言い訳するように顔の前で手を振りながら言った。もしかして試してみたのかな。それができてないって事なのか……


「違う、のかなぁ……」

 私はあぐらをかいた足元に皿を置いて、後ろ手に反り返って天を仰いだ。空はどこまでも遠く青くて、痛い位の日差しが降り注いでいる。


 一概に違うとは言い切れないと思うんだよね。だってあの時、フェザナがうっかり古い難しい呪文を口にしたとかじゃなくてただ強く思っただけだとしたら、そこにあったのはこの世界での魔法に必要なパワーだった訳だし。ただ普段使おうにも使えてないって所は、考えなきゃならないけど。


 私、だったから、とか。ないかな……

 助けようとした相手が、私だったから、とか。


 フェザナに視線を向けてみる。

 フェザナは私と視線が合うと、何かバレちゃいけない事がバレちゃったみたいに、視線を外してシチューを食べ始めた。相手が、私だったから……か。

 ……ちょっと負担になってきたかも。

 だって、フェザナが待ち望んでたのは、私じゃなくて本物のヴィアスじゃない。中身がこんなつまんない女子高生じゃない。ドノスフィアと私のいた世界の運命握っちゃってる剣士なんだから。過度な期待は余計なプレッシャー以外のなんでもないんだから。


――― やっぱり、大学はそれなりの所に行かないと、

――― ほら、英語が好きなんだったら、そういう所に行ったら?

――― 将来は通訳とかになるの?

――― きっとなれるわよ、英語、得意だもんね。


 私はまだ何も言ってないのに。英語は確かに好き。だけど、それで一生食べていこうとか、そんな事考えてる訳じゃない。ただ好きなのに、それじゃいけないの? 何で私なんかに期待するのよ。私、ホントは何にもできないんだってば。

 違う、何かはできるとは思ってるけど、大人の言うような事はクリアできないと思う。私のペースじゃダメなの?


 フェザナは何も言わないまま、シチューを食べ終わって静かに片づけを始めた。雰囲気を読みとったのか、いつも元気に話してるティアルも何も言わない。


 私は、何を悩んでいるんだろう。

 どこへ行こうとしてるんだろう。


 目線を落として、足先を見つめる。黒いスエードみたいなブーツの足先で、砂漠の砂をすくってみる。私のペース。

 やっぱりこの世界でも、あんまり変わってないのかな。

 私のペースでやっていくなんて、やっぱりできないのかな。時空を正す剣を探すのだって、タイムリミットはあるみたいだし。いくら断りようがない冒険だったからって、何か楽しそうで、そりゃ辛い事もあるだろうけど、そういう辛さじゃなくて、何か自分で、自分の手でやれそうだと思ってたのに。


 意外と過信してたんだな。自分の事。


 こんな運命に巻き込まれちゃったとはいえ、それってつまり私が選ばれたって事だし、そんな選ばれし運命の自分に、ちょっと酔ってた。

 そしてそんな自分だから、きっと私の思う通りにとまではいかなくても、私がツライと思う展開にはならないと思ってた。浅はかだわ。


 ここにも、期待される、私ではない私がいる。

 そう在らなきゃならない私がいる。

 それは誰のために?


「ヴィアス、」

 ためらいがちな声に顔を上げると、フェザナが悲しそうな目で私を見ていた。

「お皿、片づけますね。そろそろ出発しないと」

 そう言って足元の皿を取って、静かにそっと去っていった。私が考えに沈んでいるのを邪魔しないように配慮してる心遣いが、ものすごく伝わってきた。その心遣いを感じて、なんだか悲しくなった。


 ごめんなさい、私、あなたが大切に想ってる人じゃないの。

 なのにそんなに優しいんだね。

 友達の事を好きな人と、その友達と偽ってSNSでやり取りしてるような感じ。

 もう今すぐ立ち上がって謝っちゃいたい気分。でもそんな事、多分許されないんだろうな。フェザナには中身の私は見えてない。フェザナには、ヴィアスはヴィアスなんだから。


 これも堂々巡りだ。私は勢い良く立ち上がって、嘘みたいにギラギラって言葉が似合う太陽を、手をかざして目を細めて眺めた。

 ムカつくくらい、わかりやすい太陽だ。ギラギラしてて、とんでもなく暑くて正しい。


 視線を馬車に向けると、フェザナが荷物をまとめ終えた所だった。

 あの荷物は結構重いから、私じゃないと持ち上がらないんだよな。

 そう思って、二人がいる馬車に近づいて行った。

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