第12話『ちっくしょー、本気で怒らせたな。』

「まだいんのかよ!」


 もういい加減十匹以上倒したと思う。

 ヴィスの急所を直接狙うというのは間違ってなかったのだが、基本的に動きも速い上に複数が一度に襲ってくるので、毎回ヒットというわけにはいかない。

 最初は結界から離れて戦うつもりだったが、こう連続すると隙も出てきて、たびたび攻撃を受けてしまう。すんでの所で避けてはいるのでまだ重傷ではないものの体の動きが鈍くなる。

 しょうがないので、体勢を立て直すためにも、時々結界に逃げ込んでは狙いを定めてまた飛び出すという戦法を続けていた。


「大丈夫ですか?!」

 何度目か結界内に転がり込んだ時、結界の真ん中辺りでティアルと抱き合っていたフェザナが駆け寄ってきた。

 体勢を崩して寝転がって肩で息をしながら膝をついて、覗き込むフェザナの顔を見上げる。

「ああ、大丈夫だ。まだいける」


 フェザナから結界の外へ目線を動かす。結界の外にはまだ無数のヴィスがうごめいている。いい加減、もう日も高くなってきている。今日はここで足止めされてしまうのか?


 ……いけるっていうか、何とかしなきゃここから出られないんじゃない。


 確かに今までのヴィスとは格が違うって感じ。何せここのヴィスは複数での連携攻撃をしかけてくるのだ。今までのヴィスは個々が勝手に攻撃をしかけてきたけど、こう大型のヴィスに連携を取られると、こっちが一人なだけに反撃の糸口が掴めなくなる。

 ヴィス自身は霧というか影のようなものではあるものの、当たれば衝撃を受けるしかまいたちのように鋭い切り傷を作る事もある。何より怖いのは、何をどうすれば「飲み込まれる」という状態になるのか、イマイチわからない所だ。


「くっそ……」

 息を整えて結界の外を見やる。

 頭使うのってあんまり得意じゃないんだよね。やっぱ肉弾戦で何とかするしかないか。それに頭使った所で、良い案が浮かぶワケでもないし。

 立ち上がって服に付いた砂を払い、剣を一振りしてもう一度体勢を立て直す。

「ヴィアス……」

 フェザナが不安そうに見上げている。ちらりと目線を投げてから少し笑い、

「何とかなるって。俺は強いんだろ?」

 そう言ってまた結界の外へ飛び出した。


「はぁぁぁっーーーーーーーーーー!!」


 結界を飛び出した途端、砂の下から大型のヴィスが大量の砂を巻き上げて飛び出した。集中するとオルの場所がわかる。見つけた! 喉元辺り!

 動きを止めずにそのままジャンプし、右手の剣を振りかぶって両手を添え、左から振り下ろすように狙う。そのさなか、右から別のヴィスが砂を巻き上げて私の前に立ちふさがる。


「邪魔なんだよ!」


 そのヴィスもまとめて振り下ろした剣で引き裂く。ダメージを受けたヴィスは金切り声にも聞こえる音を上げて目の前から消える。でもまだ倒せてないはず。砂に降り立つと、勢いで少し足を飲まれる。

 そこに前方から砂の下を走るヴィスが襲う。今度はただその頭めがけて剣を突き刺す。手応えがあった。砂をまき散らしながらヴィスが消えオルがこぼれる、が、拾っているヒマはない。


「ちっ!」


 そのまま左手方向に走り出す。いくら体勢を整えるためとはいえ、結界近くで戦い続け、間違って結界を壊してしまっては元も子もない。

 走りながら足元に気をつけて、追ってくるヴィスを片っ端から斬りつける。

 砂の下に潜り込まれなければ、まだ対処は簡単だ。疲労もあるとはいえ、その速さにはだんだん慣れてきた。

 適当な所で足を止め、その勢いのまま飛び込んでくるヴィスを真っ向から数匹斬りつけた。あと何匹? そろそろ終わりにしない?


 右からの気配に体を翻して剣を振り上げ、地下から吹き出した砂の向こうを斬ろうとした時、その向こうにヴィスがいないのに気づいた。

「な、」

 驚いたのと、背後の気配を感じるのと同時だった。

 振り返るのが精一杯だった、剣を構える時間はない。

「ヴィアス!!」

 その時、フェザナが叫んで結界から腕を伸ばすようにして飛び出してくるのが視界の端に見えた。

 だめだよ、結界から出たら! 咄嗟にそう思った。結界から出たら、怪我しちゃう!


 フェザナの伸ばした左手ははるか遠く、全く私に届かない距離で、彼が飛び出した辺りに餌を待っていたようなヴィスが食らいつきに行くのもわかった。

 だめ、彼を傷つけさせない!

 そう思った途端、フェザナの腕輪から青白い光が放射するのがわかった。その光はひとつにまとまって、光の矢のように弾けて私の目の前のヴィスを攻撃した。ヴィスは悲鳴を上げて四散する。何?! フェザナの武器?!

 しかし、その一撃以外、新たな攻撃の気配がない。

 フェザナを見ると、腕輪ごと左腕を抱きしめ、彼に迫るヴィスに表情を堅くしている。危ない!


 フェザナに向かって走り出す。するとその足元から砂が吹き上げ、巨大なヴィスが現れた。目の前のヴィスは覆い被さるように襲いかかってきた。とっさに身をかがめ、低い姿勢のまま剣の柄で殴るようにしてヴィスの体を突き抜けるように向かっていった。


「んあぁぁぁっーーーーーーーーー!」


 一瞬にして視界の全てが黒い霧。実体のない影。しかしそこは「魔」と呼ばれる生命体の体の中というよりは、邪悪な思念の世界という感じだった。

 握った柄に力を込めてヴィスの体を貫く。ヴィスの悲鳴が体の中に反響して狂ったように体を包む。

 突き抜けた途端、くぐもっていたその悲鳴が恐ろしい響きを持って背後から聞こえた。フェザナは?!


 すかさず結界へ向かって走る。フェザナは結界の外で呆然としていた。その目前にヴィスが迫る。

「お前の相手は、俺だ!」

 叫びながら、走る。数匹のヴィスがけたたましい笑い声に聞こえる音を発しながら、左肩に食らいついてきた。噛まれた?! なおもヴィスは体のあちこちを切りつけてくる。そっちにかまってられないっつーの!

 重く感じるようになった剣をとにかく右手で振り上げて、フェザナに迫るヴィスの背後を縦に切り裂いた。

 肩で息をして見ると、四散するヴィスの向こうに今にも泣き出しそうな顔をしたフェザナが見えた。その表情を一瞬見てから背を向ける。


「結界に戻ってろ! ティアルをほったらかしにしてんじゃねぇ!」


 背後でためらうような足音のあと、走って遠くなっていく足音が聞こえた。

 ヴィスは何だか余裕を見せて、呼吸を整えようとしている私を探るように、あざけるように砂の下で気配を探っている。

 左の肩からは血が流れているのがわかる。全身の切り傷が痛む。どくどくと脈打って体が熱い。


 ちっくしょー、本気で怒らせたな。


 目を閉じる。右手に握った剣が、やはり脈打つように感じる。お前、ちょっとレベル不足だろ。でもしょうがない。もうちょっと頑張って付き合えよ。

 自分の息がだいぶ上がっているのがわかる。全身が脈打ってて、体中に心臓があるみたいだ。

 でも心は落ち着いている。乱れのない水面のように、落ち着いているのだ。そこに、ゆっくりと一粒の水滴が落ちる。

 その水滴が水面に届いた瞬間、目を開けた。


「行くぜ」


 声を合図に走り出す。

 ヴィスは待っていたかのように、次々と飛び出してきたが、もはやその動きは手に取るようで、飛び出してくるヴィスを右に左に確実にそのオルをしとめていく。

 立ち止まる、振り向く、ジャンプ、振りかぶる、反転、突き刺す、斬り下ろす、走る、切り裂く。まるでヴィスの出現に合わせてダンスを踊るように、何の迷いもなく確実に倒していく。

 そうして結界の回りに集まっていたヴィスは、すべて倒されたのだった。


 荒い息のまま結界に戻ると、フェザナが本当に泣き出す寸前って顔をしていた。

「すみませんでした、私、あの……」

 多分、私が戦闘中に怒ったのを言いたいのだろう。本当は、安全な結界から出るなって言いたかったんだけどね、何であんな回りくどい言い方しちゃったんだろ。

「いいって、もう終わっただろ?」

 そう言ってフェザナの頭を撫でてやると、フェザナはいきなり大粒の涙を流して私の胸にもたれかかってきた。まるで子どもみたいな反応。きちんと言わなきゃ伝わらないのに、きっとフェザナは本気で私がティアルを一人にした事だけを怒ったと思ってるんだろうな。


「ヴィアス、怪我してる……」

 小さなティアルが足元から見上げてそう言った。そりゃあもう、満身創痍よ。

 ティアルのその言葉に反応して体を起こしたフェザナの頬に、胸元に散った血が付いていた。

「あーあ、汚れたぞ」

 涙と一緒に指先で拭ってやるつもりが、手にも血が付いていたので更に汚れを広げる事になった。

「あ、悪ぃ……」

 思わず笑ってそう言った私に、フェザナは真剣な眼差しで「手当をします」と、手を引いて結界の真ん中へ促した。私は促されるままにその場に腰を下ろす。

「寝て下さい」

 え、……なんか、こんなだだっ広いところで寝るのって、抵抗が……しかもフェザナの前に無防備に寝転がるのは、ちょっと恥ずかしいんですけど……


 しかしそんな幼稚な事も言ってられないので、目だけで反論しながらしぶしぶその場に仰向けになった。見られているのを感じないようにするために目を閉じた。

 フェザナはその脇にあぐらをかいて座り、私の体の上に手をかざしながら少し低い声でなにやら呪文を唱え始めた。

 ……魔法で直すって事は、私の力を使うって事? あのー今私、満身創痍なんですけど……何とかなりませんかね?


 そう思って少し目を開けてみたが、フェザナも目を閉じて一心に呪文を唱えている。すると体が暖かいモノに包まれたような感じがして、ティアルの怪我を治した時のようなオレンジ色の光が体を包んでいるのがわかった。


 すごい気持ちいい。春の草原に寝てるみたい。ぽかぽかしてて、体の中心がほんわか温まってくるのがわかる。何だか心まで満たされる感じ。

 ずっとその中で寝ていたいと思ったが、暖かい光は優しく遠のいていって、肌に少しひんやりとした感触を残して去っていった。

 そっと目を開けてゆっくりと体を起こすと、傷がふさがっているのがわかった。左肩も、破れているのは服だけで、その裂け目から見える肩には傷跡こそあるものの出血はしてなく、乾いた血だけが残ってこびりついていた。

 フェザナを見ると少し疲れたような顔をしていたが、やはり安堵の表情を見せ弱々しく笑って見せた。

「ありがとう」

 フェザナの目を見て少し笑って言った。ものすごく暖かいものを感じた。これは何だろう。


「貴方に何かあったら、私は、」

「もう大丈夫だって。自分の魔法信じてねぇのな。何なら脱いで見せるか?」

「そんなっ」


 わざとフェザナの言葉をさえぎってそう言うと、次の言葉を聞かずに勢いよく立ち上がった。傷は大丈夫だけど、何となくふらつくかも。出血量はフォローできないって事かな。

 その場から二、三歩歩き、先程までの喧噪を全く想像させない静かな砂漠を眺めた。とにかくここを離れないと。またうっかり取り囲まれたらやっかいだ。

「と、その前に」

 剣を鞘のまま腰から外し、両手に持って少し引き抜く。ほらね、やっぱり成長したがってる。


「オルをわざわざ拾ってくるの、面倒だなー」

 わざと声に出してそう言うと思い切り鞘から引き抜き、何だかうずうずしているようにも見える剣に意識を集中させた。


 強い風が体を吹き抜け、その風が光を伴いながら結界の回りに散らばって落ちているオルを集めるように旋回する。そんな風の動きを私はかなり余裕を持って眺めつつ、その光がオルの輝きで、ある風は青、ある風は赤と、七色に変わって剣へ舞い戻ってくるのを楽しんだ。そんな風を制御しながら剣に集中すると、剣は両手の中で少しずつ形を変えてゆく。


 風が少しずつおさまって剣の光が落ち着くと、両手の中には軽くしなやかに成長した剣があった。鍔付近にあったオルはなくなり、柄の突端に大きなオルが一つ埋め込まれている。デザインは前回よりもシンプルな感じだけど、鍔が十字の形になっていた。

「ま、こんなもんか」

 今回は多分、剣よりも私の方がずっと成長したのだろう。二回目とはいえずいぶんと余裕があった。


「そろそろ発つか。またヴィスが寄ってくると面倒だ」

 振り返ってフェザナを見る。私を眺めるばかりだったフェザナは、はい、と小さく言って立ち上がり服についた砂を軽く払って馬車に向けて歩き出した。

 少し離れた所で見ていたティアルを、歩きがてら頭を撫でる。

「ほら、行くぞ」

「……うんっ!」

 ティアルは堅くなっていた表情を一気に解いて、力強く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る