第11話『そんなに深刻そうな顔しないでよー』
夜は突然にやってきた。
地平線をゆっくりと陽が沈むと、辺りが暗くなったなーと思ったら、夜だ。本当に太陽ってのは、きっちりした働きをしているらしい。
陽があるうちは照りつけるような明るさと暑さだったのに、その太陽が地平線を越えてしまうと、もうそこは月の支配する夜だった。その上、意外と冷える。
馬を止め、空を見上げた。そこには月が輝いていた。しかも二つ。神秘的な輝きをたたえた月が仲良く並んでいる。今まで気づかなかった。森や街での夜空をそんなに注意深く見てなかったからかな。夜空に浮かんだ月は、私が見た事のある月よりも大きく感じた。欠け具合が微妙にずれている。
えーと、月が欠けるのは地球の影が映るからだっけ? だとしたら位置がずれてるから違うのかな? それとも全く違う要素がこの世界じゃあるのか……
街で見た時よりも星が多い気がする。多分視界が広いからだろう。馬車を降りて何も遮るもののない砂漠の真ん中でキャンプという事になった。
昼の間にヴィスと戦って、やはり森の中よりも強敵である事がわかった。
真下から襲ってくるなんて森じゃありえなかったし、快調に飛ばせたのは最初だけで、見渡す限りの砂漠に入ってしまうと、そこからは砂の化け物のヴィスがまるで私たちの馬車めがけて集まってきているというくらい出現してきた。
おかげでオルは貯まってはいるものの、私の疲労は最高潮。馬の疲労もひどいもので、キャンプすると決めた途端うずくまってしまった。
ごめんね、私も疲れたけど、そりゃ馬が一番疲れてるよね。美しい黒い馬のたてがみを撫でながら、心の中でそう思った。
この馬にも名前があるのかな……でも私の名前を決めたあの声は聞こえてこない。そしたら私が決めちゃっていいって事かな。うーんと、それじゃグティにしよう。小さな声でその名前を呼ぶと、グティは少し鼻を鳴らして嬉しそうにしていた。
私が馬にかまっている間に、フェザナが結界魔法を敷く準備をしていた。
キャンプの真ん中辺りでフェザナが座って小さく呪文のようなものを唱えると、静かに地面が光り始める。その光が彼を中心に放射状に広がっていき、広がりながら不思議な文字のようなものが出現したり、模様をを描いたりしながら直径十メートルくらいの円にまとまる。その円の内側が結界の張られた安全圏。
彼を彩るように広がる光を眺めていると、彼に心を持って行かれるような感覚を覚える。多分それが私の力を使っているという事なのだろう。
力を持っていくはずなのに、心ってのはちょっと表現が違うと思われるかもしれないけど、力が奪われるというよりは心が惹かれるという方が正しい気がする。
でも本当にそんな形で力を与えるのだとしたら、魔主ってのも上手く考えたもんだよな。疲れた体から更に力を奪われちゃうとしたら、いくらなんでも魔法使いが嫌われそうだけど、心が惹かれるならちょっと許しちゃうとこある。
魔法を使う時のフェザナは、とても美しい。
それは私の力を(心を奪うという形で?)使っているからそう感じるのかな。
……そういえば、魔法使いが必ずフェザナみたいに綺麗と決まってる訳じゃないんじゃない。私は運がよかったのかな。
彼を彩っていた光はその強さを弱め、砂の上に輪郭が読みとれる程度のぼんやりとした模様になった。
「準備できましたよ」
そう言ってフェザナは立ち上がった。少ない薪を使って火をおこし魔法陣の真ん中に置くと、持っていた時よりも明るく燃えだした。
たき火の明かりがぼんやりと周囲を照らし出す。私は毛布を出してきて、まず自分の分として適当に毛布を置き、フェザナに一枚渡してから、ティアルのために馬車の中へ寝床を作った。
森の中の方がいざという時防御になる木々があったけど、こんな砂漠の真ん中では遮るものさえ無い。
馬車にはすでに結界となるよう難しい呪文がかけられていて、その維持にへんてこな装置が設置してある。水晶玉がついた置物……のようなもので、魔法の維持の為に水晶玉部分に定期的にオルを投入しなければならない。ただオルだけはたくさんあるので、この維持は意外と楽な気もする。
問題なのはその効力がそれほど強くないって所。守れる範囲は馬車くらいで、中に人が乗っているとヴィスが集中するので全然歯が立たないらしい。どちらかというと、ヴィスに対する目くらまし程度なんだそうだ。
ただ、ティアルが乗っている分にはヴィスに襲われる事はなかった。子どもだからおいしい匂いが弱いのかな?
たき火を囲んで少ない食事をとる。これから砂漠が何日続くかわからないから、わがままは言えないな。ダイエットと思えば何とか……ってヴィアスには必要ないか。
水にはオルが入れてある。浄化作用の副産物だから物が腐るのを防ぐそうだ。でも腐る要素をオルが吸い込んでたら、悪いオルになっちゃいそうじゃない?
「ヴィアス、今日は先に寝てください。私が見張りをしますので」
フェザナが食事をしながらそう言った。そう?
「もう戦い詰めですしね、ずいぶん疲れているでしょう?」
確かに疲れまくってますけどね、体が重い感じがするし。でも砂漠でのキャンプは初めてだから、私が先に起きてた方がいいと思うんだけど。
私がご飯をもぐもぐやりながら返答を考えていると、
「私の手に負えないような事があったら起こしますから、そんなに心配しないでください」
といたずらっぽくにっこりと笑った。
そこまで言うなら、って言うかどうせ私が起こされるんだったら一緒か。そう思って折れる事にした。
食事の後どっと疲れが出たのか、ものすごく眠くなった。とにかくティアルを馬車の中へ連れていき、自分は火の近くに戻って毛布にくるまる。
「じゃ、何かあったら速攻で起こせよ? 蹴飛ばしてもいいから」
そうフェザナに言い含めてから毛布に潜り込んだ。
多分、のび太くんもびっくりの早さで眠りについた気がする。
その日の夜は、結局
夜は、と断りをつけたのは、次の日の朝が問題だったからだ。
その夜はフェザナと二人、数時間おきに見張りを交替するとは言っていたものの、私の疲労は最高潮だったので、フェザナが私を起こさずに結界を強くしてそのまま自分は少し休む程度でいたらしい。
その結果、結界の中は完全に平和に保たれたのだが、結界の外はにおいをかぎつけたヴィスが大挙して押し寄せた状態になっていた。
つまり、結界から出られないレベルで、ヴィスの大群に取り囲まれてしまったのだ。
「シャレにならないな……」
結界の中から外を眺めると、砂の下でうごめく姿は結界を餌として群がる鯉のようだ。これだけいれば、この周辺の砂漠は安全になっちゃったんじゃない?
って、眺めてもいらんないか。とりあえず、昨日はぐっすり寝ちゃったのでそこそこ疲労回復。朝ご飯食べてから、食後の運動としましょう。
「メシでも食うか」
振り返って見ると、フェザナとティアルは少し震えながら結界の外を眺めていた。
私が思ったほど深刻になってないのに、めっちゃ怖がってるっぽい。
まぁ今までのヴィスは私を追っかけてきてたから、この二人に直接害があったようにも思えないし、私が一度に戦ったのだって二、三匹だからこの数見たらビビるけど、そんなにかー?
「おい、何してんだよ。メシ食ったら、こいつら片づけてさっさと旅続けるんだからなー」
私は笑いながら、なるべく明るく声をかけた。フェザナは少し青ざめた顔を上げる。
「は、はい。すみません、私が勝手な事をしたばかりに……」
確かにフェザナが私を起こしたら、一匹近づく度に倒してこんな事にはならなかったかも知れないけど、一晩でこの量なら全く眠れなかったんじゃないかな。その方がツライよ。
「平気だよ。お陰で昨日はぐっすり眠れたからな、朝の体操だ。それにこれだけの量倒したら、少しは先がラクになるんじゃね?」
フェザナの差し出したパンを受け取って軽く答える。
フェザナは昨日のスープの残りにジャガイモに似た野菜を加えて煮込みながら、それでも少し不安そうな顔でいる。ティアルにいたっては、ヴィスの群を見てから何も話してない。
そんなに深刻そうな顔しないでよー、そこまでされると私も自信なくなってくるって。っていうか、やらなきゃならないんだからさ。
フェザナからスープというより、雑炊に近くなった食べ物の皿を受け取り、一気に平らげて、さっさと朝食を終えた。
皿を返して勢い良く立ち上がり、ついでに手の甲で口を拭う。
「さて、仕事するか」
私は結界の際まで歩いて行った。
「ヴィアス!」
背中越しに声をかけられ、んあーととぼけた返事をして少し振り返る。
「あの、私たちはどうすれば……」
フェザナはまだ皿を持ったままだった。ああ、まだご飯終わってないのか。
「飯が終わるまで待ってるよ」
微笑んでそう言ってから向き直り、うねる砂漠の砂を眺めながら剣を抜いて、結界の際に突き刺した。
さて、どんな感じなのかな。
突き立てた剣に両手を置いて、目を閉じる。昨日の風が嘘のように静まっている。
気配だけでも、私の目の前に5匹。ぐるりと結界を取り囲む総数は……うわ、数えたくないな……こりゃ確かに重労働かも。
ただ、気になる所がある。一匹一匹、なにかを抱えているような感じがする。目を閉じて集中していると、自分を中心にレーダーで探知しているような感覚。そこに映し出されたヴィスが、うごめきながら何かを体内に抱えているのだ。それがはっきりとわかる。
ああ、そうか。あれがオルなんだ。きっと、ヴィスの弱点。あれをヒットすれば、確実にヴィスを倒せる。なるほどね、ダメージを与えてヴィスを倒すんじゃなくて、初めっから急所を狙えばいいんじゃない。
「おっけー、やってみましょう」
ひとりごちて剣を地面から抜く。
振り返ると、フェザナはすでに食事の支度を片づけて、ティアルと一緒に結界の真ん中にいた。準備万端。
剣を右手に持ち替えて、かけ声と共に勢い良く結界から飛び出した。
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