第10話『全然脈絡がないってば。』

「この先だよー」


 ティアルが嬉しそうに幌の中から私とフェザナの間に顔を出して言う。髪にはさっき私が摘んだ花を飾っている。


 先に馬車を走らせていたら、偶然にも森を抜けたと言うのだ。

 木々はまだ深い森の中という感じで一向に森を抜ける気配は見せてないのに、少し明るい陽射しが入ってきたかなーと思ったら、がさっという音と共に木々を抜けると馬車はすでに砂漠に出ていた。慌てて馬車を止める。


 っつか、いきなりすぎないか。


 前に砂漠から森へ入った時もそうだったけど、森を抜けたと思ったら突然砂漠って……何でこんな風になったんだろ。


 砂漠の陽射しは、先程までの森とうって変わって強くなっている。

 初夏から突然猛暑って感じ? いや、暑いと言うより、陽射しが痛い。射すようなって、こういう感じの事を言うんだろうな。

 木々という日よけがないと、こんななのか……いや、この前いた街じゃ、そんなにつらくなかったような。やっぱり、砂漠だから?


 あまりに眩しいので手をかざしながら、フェザナを見た。

「で、どっちに行くんだ?」

 フェザナは幌の中へ入って地図を広げて、熱心に指で辿っている。……でも何か頼りないんですけど。


「ま、その内たどり着くか? って言うか、食料とかは大丈夫なんだろうな?」

「ええ、それは大丈夫……と思います。森で数日かかるという事は想像の範疇だったので。水もできる限り確保していますし、痛みにくい食べ物も確保しておきました。ただ……こちらの砂漠がどれほどの行程になるかは、私にもちょっとわかりかねるので……」

「時間がかかればヤバイって事か……」

「ええ……」


 あー砂漠で行き倒れるなんて、それこそ想像しかできないよ。

 なんかこう、ぼろぼろの服で木の杖ついて「み、水……」って言う感じ……私も想像力が貧困だな……

 どっちにしろ、やっぱり水だ。水が一番重要。


「砂漠で水がなくなったら、それこそヤバイだろうからな。とはいえ今更泉に戻れるわけじゃなし……」

 森を彷徨ってた時に、こんこんと湧き出る泉を発見したのだ。まともに真っ直ぐ進めなかったからこそ見つけられたのだけど、それからどこをどう通ってきたのかわからないのだから、今から泉に行けるとは思えない。

 って言うか、重労働の森に戻るのはあんまり嬉しくない。それで水を探してまた迷ったら泣くに泣けないし。


「そうですねぇ、うまく水売りに会えればいいんですが」

 フェザナは少し考えるように首を傾げた。

「水売りって、水売ってるのか? どこで?」

「どこ、と言われても困るんですが、水売りは砂漠にいて、砂漠を行く者に水を売っているんです。ただここは森を抜けたばかりですし、どちらかというと砂漠の街近くにいるとは思うのですが……」


 それじゃ街に着くのに使い果たしちゃったら、どうにもならないんじゃない。

「……考えてても始まらねぇな。今あるのがとりあえず足りるとして用意した分だし、これで足りなきゃそれはそん時だろ」


 あー、楽観的。でも今すぐ水を手に入れる術はなさそうだし、ここで考えててもどうにもならなそうなのは事実。それなら先に行ってみるしかない。

 とはいえ、砂漠で行き倒れるような経験がないからこんな無謀な事も言えるのだけど。


「そうですね、とりあえずは沢山ありますし、何とかなるでしょう」

「ヴィアスが強いから、すぐ街につけるよ!」

 ティアルは嬉しそうに笑った。全然脈絡がないってば。


 そこで私たちは、やはりフェザナが用意した少し厚手のケープを被る事になった。砂漠の陽射しを避けるのと、砂煙を避けるためだ。フェザナとティアルのは普通のと言うか、麻っぽい色。私のは、やはり黒だった。

 ……黒って熱を吸収するんじゃないか? まぁ、わがままは言ってられないか。紫外線をカットするからヨシとしよう……美白美白。


「じゃ、行くぞ」

 御者台から声をかける。

 何となく、フェザナも幌の中にいるようにした。だって熱射病で倒れそうなんだもん、『見た目』的に。


 馬を走らせると、その速さの分だけ砂が舞い上がるような気がした。速く走らせたいけど、それこそそのほとんどを自分が被ってるような気分。

 逆ギレして更に速く走らせたら、今度はその速さ故に風が起きて砂塵が御者台を避けるようになった。いい調子。このペースで行こう。

「とにかく、東だな?」

 少し頭を反らせるようにして幌の中へ視線をやり、ケープの下からくぐもった声で叫ぶ。

「ええ、そうです」

 フェザナもその美しい瞳だけを出している。

 私は前へ向き直って手綱を握り直す。生まれて初めて地平線を見た。





 馬に悪いくらい走らせた。

 どのくらい、という表現ができないのだ。だいたい行っても行っても砂漠の風景。分け入っても分け入っても青い山、って感じ? 私もちょっとは文学的じゃない。……誰の句かは聞かない方向で。


 照り返す日差しと、やはり舞い上がって来る砂塵で目が疲れる。

 とにかくもうこれ以上目を開けてられない。目薬がほしいよー。女子学生御用達のピンクのヤツ。ケース付きでかわいいの。確かアレなら学校に行く用のバッグにいつも入れてた。アランジ・アロンゾのポーチに入って……って、現実逃避してる場合じゃない。


 手綱を引いて馬の歩調をゆるめる。

 多分、今この手で目をこすったら確実に目を痛めるだろうな、手綱を握りなおすとしゃりしゃりと砂の感触がある。ケープから覗く目の回りも砂にまみれてるんじゃないかな。ケープ外したら笑える顔してそう。

 喉も乾いた。吸い込む空気が肺まで砂でいっぱいにしちゃった感じ。少し休まないと。手綱を引いて馬車を止めようとした瞬間、ものすごい勢いで足下から砂が噴射してきた。ヴィス?!


「う、わ……!」

 とにかく馬を落ち着かせ、御者台に立つ。

 ヴィスだとして、いったいどこに? 何も無かったように風だけが吹く砂漠。でも、いる。確かに感じる。


 御者台から飛び降りてみた。砂に少し沈む足。海岸の砂浜よりも水分が無いだけ柔らかく、重さを受けて沈む。歩きにくいなぁ。


――― 来る!


 気配だけ感じて走る。森のヴィスより強いんだっけ? とにかく馬車から離れなきゃ! 巻き込むわけにはいかない。

 足が砂に取られて走りにくい。うっとうしいな、そう思った瞬間だった。

 目の前に砂の噴水、いや、砂だから噴砂? 目に入るのを防ごうと片手をかざしたが、その時、ヴィスを感じた。前!


「うわっ!」


 バランスを何とか保って左へ逃げるのが精一杯だった。覆い被さるように降ってくる砂の中からヴィスが飛び出してきたのだ。

 砂漠のヴィスは、砂を陰に使うの?!

 とにかく剣を抜き、体勢を整える。集中して次の攻撃に備える。どこから来る? 一心に集中すると、少し体が熱くなってきた。これは?

 見えた! 砂の下、左! 向かってくる!


「ぃ、やぁーー!!」


 剣を大きく振り上げて、右から振り下ろすようにタイミングを合わせて砂をえぐるように斬りつける。

 途端に黒い陰が地表に現れ、一度大きくうねるとまた砂に潜った。しぶとい!

 今度は地表すれすれを旋回しているのか、砂がヴィスに合わせて波打っている。その大きさはゆうに三メートルはある感じ。結構離れてからまた向かってきた。


 何か、こういう映画あったよな、古いB級アメリカ映画。そうそう、ケビン・ベーコンが出てるやつ。そんな事考えながら、その波に向かって走る。


「はぁ!」


 勢いをつけて飛び上がり、うねる砂めがけて剣を突き立てる。

 ビンゴ!

 突き立てた剣と私の周りを噴射する砂が覆い、砂が風に流れて消える頃にきらきらと輝くオルが落ちてきた。

 意外とでかいな。うん、確かにヴィスの大きさには比例してる感じ。まだそんなに強敵じゃなかったけどね。オルをもてあそびながら馬車に戻る。

 口の中が砂でじゃりじゃりする……うがい、も、できそうにないから、はしたないけどツバを吐かせてもらいます。


 ペッとツバを吐いたら、何だか本当に男になった気分。

 あー、今までで一番男を感じたわ、私の中で。


「ほらよっ!」

 馬車で待っているフェザナに向かってオルを投げる。そのまま御者台に勢いつけて乗り込んだ。

「砂漠のヴィスは、砂を味方につけているのですね……」

 フェザナは受け取ったオルを眺めながら言った。

「森の木々みたいに動きがない訳じゃないからな、面倒な訳だ。地表すれすれなら少しは動きもわかるが、深く潜るとわかんねぇみたいだな」

 私は待っていたように水を差しだしたティアルからコップを受け取って、笑顔だけで応えると口に含んだ。


「街までずっとこんな感じかな……」

 少し顔をしかめて遠くの地平線を見やる。

 砂にまみれてヴィスと戦うのは、森での対戦よりも疲れる気がする。足元がしっかりしてないのがいけないよなー。

「でも、日没までにできるだけ進まないと……」

 申し訳なさそうにそう言うフェザナ。思わず吹き出す。

「おまえが悪いわけじゃないだろ。しょうがねぇよ、運命の剣士の冒険はラクじゃねぇんだから」

 私はケープから顔を出しているフェザナの頬に、まるで食べこぼしたみたいについた砂を親指でぬぐってやった。


 フェザナはそんな軽い動作をする私を真っ直ぐ見つめてきた。その視線を軽く外して御者台に座り直して手綱を握る。

 できるだけ、進まないとね。

 まだ背後から視線を感じるけど、私はそのまま前を向いて馬を走らせた。

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