第8話『……ぎゃあ。覚えてた。しかも聞きにきやがった!』
「あー……それが?」
「ですから、今夜話してくれるといったじゃないですか」
フェザナはもう、確実に聞き出そうとしてる。ここまで追いつめればとか思ってるのかなぁ……やっかいな……
「今夜ベッドで、って言ったと思うけど?」
◆ ◆ ◆
ベッドに寝転んでいると、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
宿屋のベッドは(いつものチビの私なら経験できない事だけど)大男の今の私にはシャレにならない窮屈さで、壁に近い左足を立て、もう片方は投げ出した状態でサイドテーブルに本を投げた時だった。
顔を上げると少しドアを開けたフェザナが顔を覗かせて、
「ヴィアス、今、いいですか?」
と、これまた遠慮がちに聞いてきた。
全然ヒマよ。暇つぶしにと思って宿屋の主人から借りた本は、集中しないとみみずの行進にしか見えなくなるのだ。割と面白い内容なのに余計に疲れるので諦めた所だったのだ。
「何だ?」
ベッドに寝転んだまま、答える。
フェザナはそろりと部屋に入ってきた。そのままドアを背にして、落ち着かなげに私から視線を外して立っている。そんな遠慮しなくてもいいのに。
フェザナはティアルと同室で私とは違う部屋を取ったのだ。主人が私だけ男と思っていたというよりは、多分この宿にトリプルはないのだろう。
「……あの、ですね」
少し躊躇いがちに聞く。だから何だっつーの。
「今日の、昼間の件で……」
……ぎゃあ。覚えてた。しかも、聞きにきやがった! 何て事、昨日の今日でこれだけの進歩! って面白がっていられない。何とかして誤魔化さないと。
「あー……それが?」
「ですから、今夜話してくれるといったじゃないですか」
フェザナはもう、確実に聞き出そうとしてる。ここまで追いつめればとか思ってるのかなぁ……やっかいな……
「今夜ベッドで、って言ったと思うけど?」
私はなるべく余裕を装って言う。いやそれで乗ってこられても困るんだけど。
フェザナは少しうつむいていたが、意を決したように顔を上げてベッドに歩み寄った。ちょ、ちょっと待って!
そのままベッドギリギリまで迫ってきて、私が寝転んでいる脇に腰を下ろし、体をひねって私を見た。
「話して下さい。気になって眠れません。これじゃティアルを寝かしつける事だってできないんです」
……いや、寝かしちゃえばこっちのもんじゃん。彼が言ってるのはきちんとしたしつけの意味でだろうけど。
自分もできない事を、他人に注意する事はできないのかな。真面目な人だなぁ。
私は脱力して、ため息と共に立てていた片足も投げ出した。
これは無駄に隠したり余計な事言うと、かえって逆効果だわ。寝転んだ体勢のまま右手でフェザナの腿を軽く叩く。
「ばーか、別に大した事じゃねぇんだよ。主人がな、俺とお前がお似合いだって」
真剣な眼差しのフェザナに呆れたように微笑んでそう言うと、フェザナはきょとんとしてから顔を赤くして体を背けた。
「……でも、すごく隠しているみたいだったし、そんな事じゃ……」
まだ疑ってる。うーん、大筋はこれだけなんだけど……
「だーかーらぁー」
私は体を起こしてフェザナと目の高さを合わせた。間近に彼が振り向いて、その瞳を覗き込む。
昨日までこの顔見ていちいち赤面してたのは私の方だったのに、今日はフェザナが赤面してる。もう見慣れたのかな。美しい顔。できればもっと見ていたいって思う。
「お前は男だろ? だからそんな事言われても嬉しくないだろうと思ったんだよ」
ちょっと違う、って言うか私の発言から考えれば全く逆だけど、まぁ常識的に考えてもまともな意見だよね。……私は、嬉しかったんだけど。
「そう、ですか……」
フェザナは顔を伏せて呟いた。何か、元気ない感じ。思いっきり重要な事だと期待しすぎてたのかな?
軽く息をついてフェザナの腰から手を抜いた時、フェザナが胸にもたれかかってきた。
え?! ちょっと、その展開は、どう対処すれば!? 抜いた手の行き場がなくて、無様に空中でわきわきしている。
だ、抱きしめたりするべき? いや、そういう展開じゃないでしょう! ってか、彼の感情も考慮しなくては。フェザナはどういうつもりで……って考えてもわかんないよ!
「……待っていました、ずっと、貴方の事を」
フェザナは私の胸に顔を埋めたままそう言った。待っていた……?
――― そんなに待ったのか。
クヴァルメの言葉。フェザナは私の出現を長く待っていたって事? ……それは、混沌を正す為とか、そういう……
自然と片手をフェザナに重ねた。優しく、頭を撫でる。
えーと、なんつーの、恋に恋い焦がれ恋に泣く、じゃなくて、恋に恋してってヤツ? いやいや、大事な人間であると勉強しすぎて、世界にとって大事な人間を自分にとって大事な人間と思いこんでしまったとか……その人間を助ける為にと必死になりすぎて、犠牲心が恋愛にすり替わっちゃったみたいな……で、目的の人間が目の前に現れたんで、もう恋しちゃった気分でいる、みたいな……
……考えてて寂しくなってきた。そりゃ、本当の私は十人並みの平凡な女子だけどさ、こんな美形に性別越えてまで愛されるって素直に信じてもいいじゃない。何を常識的な分析してるんだか。
でももし本当に好きになっちゃっても、私はいつか自分の世界に帰るんだし、っていうかその為に旅をするんだし、やっぱりツライよね。
それにもしさっきの考えが正しいとしたら、フェザナが愛してしまったのはここにいる私じゃなくてヴィアスという偶像なんだ。
「貴方に出会えた運命に感謝します。ヴィアス」
そう言って美しい人は顔を上げた。眩しいね、そういう顔、友達もしてた。
「俺も、お前に会えてよかったよ」
少し微笑んでそう言った。
無下に否定する事はできない。彼の待ちわびていた長さがどの位なのかは知らないけど、やっぱり今すぐ全てを否定しちゃかわいそう。
フェザナは嬉しそうに微笑んで立ち上がると、ベッドの私におやすみなさいと声を掛けて部屋を出ていった。
そのドアをしばらく眺めていたが、思いっきり伸びをしてそのままごろりと横になった。
頭の上の窓から、さっきより明るく輝く星が見えた。
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