第7話『か、構うっつーの!! 普通構うだろう!』

「オヤジ、盛り上がるのはいいけどな、フェザナは男だよ……」

 私は脱力してそう言った。

「へ?」

 オヤジは妙な顔で私を見た後、フェザナを見た。

「構うこたぁねぇだろう!」


 ◆ ◆ ◆


 その日はそのまま何もせずに宿屋でに泊り、一夜明けてから手ごろな武器を探す事にした。コンビニ袋位の大きさで五袋分の小さなオルを持ち歩くのは大変だから、小銭分の一袋は残して四袋分を両替してもらった。

 大きくて色も複雑なオルになったら、手のひらに乗る皮袋二つに収まってしまった。うーん、何だか損した気分……


 武器屋で有名な街って事だから、やっぱりそれなりにたくさんの武器屋があるだろう。昨日大通りを来た時にも武器屋がかなり軒を連ねていたから、あの中からいい店を探すのも難しそう。

 遅めの朝食を取ってまず食料などを買い、一度宿屋に戻ってから再度出かけようと階下に降りてきた時、宿屋の主人が声を掛けてきた。宿屋の一階は飲み屋になっていて、カウンターの向こうから主人が手招きしている。


「何だ?」

 とりあえず私が先に立つ。話が見えないかもしれないけど、フェザナが行くよりは脅かしが利くしね。

「お前さんたち、武器を買いに来たのかい?」

 ……買いに来たっつーより、たまたま寄ったっていう方が正しいんだけど。

「まぁ、そんなとこだ」

「だったら表通りじゃなくて、この店の裏へ入った所から森近くにあるクヴァルメの店に行くといい。あそこのが断然いい武器を作ってるからな」


 主人は少し小さな声で耳打ちするように言った。っていうかその話し方、怪しいんだけど。

「隠さなきゃならないようなハナシなのか?」

「い、いや、そういう訳じゃないんだ。ただお前さんたち、ちょいと不思議な連れだろう? ただの武器買い付けには思えねぇ。もちろん、ただのパーティにしちゃ不似合いな子どももいるし、訳アリって感じじゃねぇか。」


 まぁ、確かに訳アリだけど。だからどうだっていうのよ。

「だからよ、表通りの店行って、高い金でケチ臭ぇ武器買う位だったら、ちょっと偏屈だがクヴァルメのオヤジのとこの方が、お前さんたちに合ったもんを用意できるんじゃないかと思ったのさ」

「合ったもの?」

「ああ、クヴァルメのオヤジの作る武器は、ちょいと変わっててな。いくら高い金で買ったとしても、使い手がどうしようもねぇと、何の足しにもならねぇんだ。使い手に合わせるんだな。その代わり、使い手とばっちり合ってりゃ、そりゃもう無敵の武器だ。」


 何故だか主人は嬉しそうに話し続けた。何? そのクヴァルメのオヤジってのは、主人と関わりがあるの?

「やけに押すが、何かあるのか?」

 すると主人はきょとんとしてから我に帰ったように少し赤面すると、照れくさそうに頭を掻いた。

「いやぁ、クヴァルメのオヤジに憧れてガキの頃は武器職人になりたかったのさ。ま、夢破れて宿屋の主人だがな。ただの冷やかしで武器を見に来る旅人も少なくないんだ、こう有名になっちゃうとな。でもお前さんたち、ちょいと普通じゃねぇだろう? だからこいつらには、きちんとした武器を見せてやった方がいいんじゃないかと思ったって訳よ」


 主人は意外と優しそうな顔で笑って言った。

 なるほど、純粋に好意だったんだ。話を聞く限りじゃ悪い話じゃなさそうだし、行ってみる価値はありそうだけど、どうしよう?

 振り返ってフェザナを見ると話は聞こえていたらしく、にっこり微笑んでいた。

 それは行ってみようって事かな?


「なーるほど。俺たち、そんなに胡散臭く見える訳か」

 私は主人に向かい直って言った。

「いっ、いやそうじゃねぇよ!」

 主人はやけに焦って両手をぶんぶん顔の前で振った。顔が真っ赤になってる。何なの、その慌てようは。


 主人は更に勢いに乗った片腕を私の首に回し、ぐいっと近づけると耳元でこっそり言った。

「お前さんの連れ、あのべっぴんさんにもしもの事があったら、胸が痛むじゃねぇか! そりゃ、いい武器教えたくなるのもわかるだろう?」


 …………ああ、フェザナの事ね……主人、もしや一目惚れ?


「なるほどね、フェザナに感謝しなきゃな」

「そうともさ、俺ももうちっと若けりゃとも思うがな、なんせ一緒にいるのがあんただ。申し分なく釣り合ってるんで、しょうがなく宿屋のオヤジはせめていい武器職人を教えるのみってワケさ」

「オヤジ、盛り上がるのはいいけどな、フェザナは男だよ……」

 私は脱力してそう言った。

「へ?」

 オヤジは妙な顔で私を見た後、フェザナを見た。

「構うこたぁねぇだろう!」

 そう言って私の背中をばしん! と叩いた。


 か、構うっつーの!! 普通構うだろう! って言うか、見た目よりフクザツなんだから! フェザナが女だったら、実際の私が困るけど、フェザナが男でも今の私は困るのだ。だって自分は今、男なんだから。


 でも主人は、また私に腕を回して近づける。

「あれだけのモンだ、気にしていられんだろうが? だいたいお前さん、剣士だろうが。もしかしてまだ……ってワケじゃないだろう、おいおいあんなべっぴんを野放しにしてたら、あっちゅー間だぞ?」


 あっちゅー間も何も、この前出会ったばかりですっ! 剣士だから何よ! しかもまだ……何だっつーの! オヤジ、暴走しすぎ!

 ちっくしょー、何だかネタで負けてる気がしてきた。何とか上手く返したい……


「……何言ってんだよ、美人だからってがっつくのは低レベルの証拠。どれだけ美人を焦らせるか、だろ?」

 ニヤリと笑って主人の顔を見る。主人はちょっと気の抜けた顔をしていたが、やがて腕をほどいて爆笑しはじめた。うんうんと何度も頷いて、私の背中をばんばん叩く。ヤメテクレー……


 そんな主人の妙なテンションを後に、主人に叩かれた背中を気にしつつ宿屋を出ると、フェザナが何を話していたのか聞いてきた。

 ……っていうか、話せるわけないじゃない。

 私が言葉を濁していると、何故かフェザナは食い下がってきた。いや、だからね、わざわざ聞くほどの話じゃないんだってば。


「何だかそうやって隠す所が怪しいです。一体何の話をしていたんですか?」


 多分、隠しているから自分の話と思ってるんだろうな……確かにフェザナの話なんだけど。

 どうも逃げようもないのでフェザナの肩を抱いて近づけると、その耳元に、

「周りに聞こえるように話すには、まだ時間が早ぇんだよ。今夜、俺のベッドでなら話す」

と囁いた。ギリセクハラにはなってない……ハズ。絶対これなら食い下がってこない自信がある。昨日までの経験で。

 案の定、フェザナはそのままうつむいて顔を隠しているが、その耳まで赤くなってるのがわかった。


 私は満足して(っていうか、それもどうかと思うよねぇ……)フェザナの背中を軽く叩くと、数歩先を歩いてたティアルに追いつく。

「ティアル、何か果物買ってやるよ。何がいい?」

 果物屋の軒先に目を奪われていたティアルの視線の先を読んでそう声をかけた。

「うんとねー、これ!」

 ティアルは元気良く、薄黄緑色のリンゴのようなモノを指した。腰に付けた小さな布袋からオルを取り出しつつ後から歩いて来たフェザナの様子をうかがうと、少し拗ねたような顔でいる。


「フェザナ、お前は?」

 声を掛けると、そんな表情のままこちらを向いた。もー、そんな顔で見ないでよー。

「なーにふくれてんだよ、ほらっ」

 ティアルの選んだリンゴ(のようなもの)を放って渡すと、ちょっと危なっかしい反応でキャッチした。

「話さないとは言ってないだろー」

 自分の作戦が上手くいった満足感で、顔が笑ってしまう。ティアルが足下で、何、何ー? と聞きたがっている。いやぁ、さすがにティアルには言えないけども。

 そのままフェザナを見ると、更に顔を赤くしている。


 あーあ、この人今までどんな生活してきたんだろう……今時、そこまでピュアな人見た事ないよ。って言うか、私がスレてるだけ? ……いや、基本的高校生としてはこの位のハズ。

「ん、何でもねぇよ」

 そう答えつつリンゴを囓ると、味はオレンジだった。……リンゴじゃなかったんだった……びっくりした。


「さて、クヴァルメの武器屋ってのは、この道を入るのかな」

 果物屋の脇に細い路地があって、そこからは少し遠い森の木々が家々の背景に被さるように見えていた。

「あんたたち、クヴァルメの親父さんとこに行くのかい?」

 果物屋の女主人が声を掛けてきた。クヴァルメってのは意外と有名人なのかな?

「そうだけど、何か?」

「あの親父さん、偏屈で有名だからね、武器を売って貰えなくても気を落としちゃダメだよ」


 ……売ってくれない時があるんだ。こりゃやっかいだなぁ。宿屋の主人の話じゃ、大通りの武器屋よりより断然いいみたいだったし、今更そっちで買う気にはなれないんだよねぇ……


「あんまり切羽詰まってるワケじゃないから、大丈夫だよ」

 果物屋の女主人に軽くそう答えて路地に入る。路地を少し行った所で、隣に並んだフェザナに声を掛けた。

「フェザナ、どれくらいの武器が必要になるんだ? 稼いだとは言え小物ばかりだったからな、そうそういい武器が手に買えるわけじゃないだろう?」

「……そう、ですね。基本的にはヴィアスに助けて貰うつもりですので、小物のヴィスに耐えられればいいんですけど……」

 って、また他人任せかい……だから私、そんなに強くないかもよ?

「ただ、どうもそのクヴァルメさんって方は、いい武器職人みたいですので、できればもっとオルがある時に来たかったですけどね」

 そうだよねー、時々あるんだよ。ゲームでもまだレベルが低い時に、うっかりいい武器屋に入っちゃって、そんな金持ってないよ! みたいな。もうちょっと稼いでおくべきだったかな……


 路地を入ってしばらく行くと裏通りらしき所に出た。このまま道なりに行っても森へは繋がってないっぽいから、やっぱり横道に入るのかな? 

「森近くって言ってたよなぁ?」

 そう言って、通り過ぎつつ横道を覗き込んでいたら、前を歩いていたティアルが勝手に横道に飛び込んでしまった。

 ちょっと、先に行かないでよ! って言うか迷子になる!


「ティアル!」

 追い掛けて横道を覗き込んだ。ティアルは何かに向かって走って行ってしまう。

「ティアル、おい、待てってば!」


 フェザナを振り返って見ても、何が起こったのかわからないという顔をしてるし、しょうがないので追い掛けて横道に入っていく。

 横道を抜けてティアルの姿を探すと、また二ブロックばかり先の道に入る所だった。フェザナを確認してからまた追う。自分だけ走って行っちゃったらフェザナも置いていきかねない。


 道を抜けるとそこはすでに森が迫る町はずれで、ティアルが小さな物置とも見える家の前で立っていた。きょとんとしているけど、正気ではある感じ。

「ここ、なのか?」

 試しに聞いてみる。ティアルは無言のままこくんと頷いた。


 なーんかありそうなコだと思ったけどさ、えーと、ナビ機能搭載って事? しょうがないので、ティアルの目線に合うように座る。

「今度からは先に走って行っちゃうなよ。見失うかと思ってどきどきしただろ?」

 頭を撫でながら言うと、ティアルはちょっとうつむいて反省した様子。

 それを見てから立ち上がり、家のドアを眺めた。


 ぱっと見は普通の家っぽい。って言うより小屋だけど。少なくとも武器屋を商っているようには見えない。両脇に植わっている木々が枝を長く伸ばしていて、もう少しで木に埋もれてしまいそうになっている。

 扉の脇の窓を覗いても、部屋の中は薄暗くて外からでは何も見えなかった。


 後から追いついたフェザナが横に立つ。横目でちらりとフェザナを確認してから、おもむろにドアを叩いてみた。返事はない。

 ないだろうなぁとは思ったけど。小さくため息をついてからドアのノブを回してみた。開いた。


 やっぱりね。開くと思ったんだ。

 でもそれじゃ、中へ入ってみた方がいいのかな? やっぱこういう時は、入っちゃうよねぇ……ドアを静かに引いて開いてみたが、ゆっくりと開くのに反比例するように、大きな音が鳴った。これで中の人が気づいてくれると、楽なんだけど。


 期待に反してやはり何の反応もなかった。でも人の気配はする。誰かがいる。

 色々考えてても、らちがあかないので、えいっと小屋の中に足を踏み入れてみた。ひゃー、不法侵入です!


 ティアルが私の背中に隠れているのがわかる。暗い部屋の中何となく目が慣れてきたら、そこは作業場らしき所だった。奥の方に人が立っている。

 彼が、クヴァルメ? 白髪混じりの金髪の、険しい顔をした老人だった。


「武器を買いに来たんだ。何か見せてほしい」

 思い切って声を掛けてみる。その人はゆっくりと動いて、私たちの近くまで来た。一度私の顔をじっくりと見た後、興味ないようにふいっと目線を外し、背中のティアルを覗き込んだ。

 ティアルはその視線から逃げるように、私の背中をぎゅっと握りしめて顔を押しつけている。


「……子どもには酷だな」

 彼はそう呟くと顔を上げ、今度はフェザナを見た。

 フェザナはドアを背に立っていたので、顔の表情までは読みとれない。でも少し緊張してるんじゃないかという気がした。

「……そんなに待ったのか」

 彼はまた呟いて、やはりゆっくりとした動作で振り返りごそごそと何かを探し始めた。


 子どもには酷? そんなに待つ? 一体何の話だろう。何だか知らないけど、彼にわかる何かがあるのかな。私がまだ知らない何かが。

 知り合ってから色々話したような気もするけど、でもそれは私が知らない事が多すぎるだけで個人的な事を話した訳じゃないんだよね。だから本当は、ティアルの事もフェザナの事も全然知らないんだ。


 彼は何かを探し当てたらしく、体を起こすと、がしゃりと重そうな音のするものをこちらに投げて寄越した。……これが、武器?


 腕輪のようなものだった。腕にはめると肘までが隠れる長さ。更に手の甲を覆う部分は中指に指輪で固定するようになっている。ちょうど手の甲の真ん中辺りに丸いガラスのようなものがはめ込まれている。それ以外の部分は、細かい細工が施してあって、武器と言うより装飾品って感じだった。


「コレはお前さん用だ」

 そう言ってクヴァルメはフェザナを見た。

「ティアル……この子にもほしいんだけど……」

 私がそう言うとクヴァルメは首を振って

「だめだ、だめだ。その子は武器は使えん。守られるべき人間だ」

 そう言った。守られるべき人間? 子どもって事……じゃないよな。何なんだろう。


「あとは、お前」

 彼は私に向き直った。私は一応、持ってるんだけど……って言うか、売って貰ったとしてもお金が足りるか心配だ。

「その剣、見せてみろ」

 私は自分の腰から剣を外し、彼に手渡した。


 彼は柄の部分にものすごく顔を近づけて剣を観察するように見た。

 何か、ヤバイ事でもあるのかな……って言うか、何でもバレそうな感じ……

 クヴァルメは剣から視線を戻して私を見ると、

「……悪くないがな、もうちょっと必要だな」

とため息混じりに言った。もうちょっと?

「お前、その剣抜いてみろ」

 彼は剣を私に投げて寄越した。抜く……って何するんだろ。


 恐る恐る剣を抜いてみる。横にしてゆっくり少しずつ。すると、今までヴィスを相手にしてる時にはなかった抵抗がある事に気づいた。

 しかも鞘から出てくる刃の部分が光っている。その光は少しずつ部屋に溢れ、目に痛いほどの眩しさになった。何か、光の流れが剣から溢れ出ているみたい。


「ほら見ろ、お前さんのが強くなってる。剣が追いつけなくて焦ってるだろう」

 クヴァルメはさも当たり前のように言った。

 私のが、剣より強くなってる? 前にフェザナが、剣士は自分の剣を自分で強くしていかなきゃならないって話してたけど、そう言う事なのかな?

「オルはあるか?」

 クヴァルメはフェザナに聞いた。フェザナは持ってきた布袋を全部彼に渡した。

「お前さん両手でやるようだな。さて、オルはどうしたものか」

 彼がその布袋を持って近くに来たのを、何だか邪魔に感じた。


「そこに置いて。あとは自分でやれる」


 自然と口から出た。

 ……自分で?! って私、やり方知らないのに!


 ……でも、何かわかる。今何をしなきゃいけないのか、何となくわかる気がする。やれる!

 クヴァルメは黙って布袋を足下に置くと、ティアルを促して私の側から離れた。


 私は両手で剣を握ったまま、目を閉じて呼吸を整える。光の流れが頬に当たって流れていくのを感じる。意識を集中。布袋からオルが浮かんで出てくる。そう、。だから両手で剣を抑制していられるのだ。

 沢山のオルが剣の周りを浮かんでいる。光の流れが、オルを巻き込むように流れ始める。エネルギーをあげるから、あとは好きなように力をつけるがいい、私は剣に話し掛けるように心の中で思った。


 突然、ものすごい力で体中の力が吸い出される衝撃を感じる。両手で押さえているのがやっとの状態で、その強い風に耐える。その上昇する強い風は私の体をすり抜けて、私の剣に巻き付く。オルも光も巻き込んで、私の手元に集まっていく。

 きらきら光る風が、まるで遊ぶようにオルを拾い剣に吸い込まれていく。光の風は思い思いにオルと戯れた後、始まった時とは逆に静かにゆっくりと剣に吸い込まれて消えていった。


 風が消えていった後には、さっきよりも少し装飾の施された剣が、私の手に握られていた。柄の部分が少し形を変えている。

 今までの剣はシンメトリーで何の装飾もなかったのに、ちょっとアシンメトリーなデザインで長くなっている。鍔の近くにはオルと思われる宝石が埋め込まれていた。


 先程のものすごい輝きはおちついたものの、でもその力は強く、握っている私の手にみなぎる力を感じられる。

 息を整えて手の中の剣を見る私にクヴァルメが近づいてきた。

「やるもんだな。さすがにその剣を持つだけの事はある」

 彼を見ると、少し口の端に笑みを浮かべている。そうなの?

「あれだけの力を持って行かれたら、普通は立っている事さえ大変だろうに」

「すごーい、ヴィアス、すごいね!」

 ティアルがまた足下に寄ってきて抱きつく。


 そうか、結構すごいんだ……っても私じゃなくて、私の体がすごいんだろうけど。

 剣を鞘に納めて私はフェザナを見た。手に先程の武器を持ち、ぼんやりと私を見ている。どうしちゃったんだろ?


「フェザナ? どうかしたか?」

 我に帰ったフェザナは、急に首を激しく横に振ってにっこりと微笑んだ。

「いえ、ヴィアスが……本当に、貴方なんだなぁと思って」


 そう言って美しい顔で微笑む。本当にって、今まで何だと思ってたのよー。でも流石に少し疲れたかも。剣を腰に戻し、かなり量の減った布袋を拾い上げる。

「武器の支払いをしないと。ここにはもうこれだけしかないが、宿に帰ればもう少しある。いくらだ?」

「何、大したモンじゃない。なかなかなものを見せて貰ったからな。代金はいらないよ」

「しかし、それでは、」

「お前さん、自分のすべき事があるんだろう。でなきゃそうそうその手の剣を持っていたりしない。そんなんがこんな所で無駄にオルを使う事はない。オルは金だけじゃないんだ」

 そりゃオルは魔法使うにも剣を成長させるにも必要なのは知ってるけどさ。

「……それほどの、剣なのか?」

 思わず呟くとクヴァルメは怪訝そうな顔で私を見た。


「お前さん、その剣をどこか手に入れたんじゃないのか? それなりの経緯があって、あんたの手にあるんだろうよ。剣はただ持ち主に合わせて成長するだけじゃない。成長できる人間にしか、成長する剣は持てないんだ。成長させる事のできない人間には、その剣はただの棒だよ」

「それじゃ、」

「一度の成長で、これだけのオルを使う剣はそんなにお目にかかれるもんじゃない。そいつは、下手すると化けるぞ」


 化けるって、そんなにとんでもない剣なの? ……私に使いこなせるのかな……あ、でも私が(っていうかヴィアスが)持つから、成長させる事ができるんだっけ?

 流石にプロにそう言われると、何だかとびきりの剣って気がしてきたぞ。


「なぁに、ボケた連中が大した事ない武器に大金払う時代だ。フライパン程度のモンでも大枚はたいて買いに来るバカもいるからな、困りゃせん」

 そう言ってまたごそごそと棚を探し始めた。そして不思議な光沢を放つペンダントのようなものを出してきた。銀にも見えるそのペンダントは十字架に蔦のようなものが絡まっている形で、十字架の中心部分に黒く光る石がはまっていた。


「あんたにはこれを。武器じゃない。ただ何かに役立つかも知れん」

「金を受け取らない上に、こんなに貰えない」

「バカだなあんたも。儂は単に生活のためだけにこの仕事をしてるとは思ってない。必要な人間に、必要なモノを与えるのは、使命だ」


 使命、そんな言葉を口に出せる程プライド持ってやってる仕事なんだ……私は軽くこの運命を受け入れてしまったと言うのに。深く考えもせず、この混沌を正す旅を始めてしまったというのに。


 彼は無言で私の肩を二度、軽く叩くと、そのまま奥へ入ってしまった。

 彼が奥へ行ってしまうのを見てから、私たちは外へ出た。


 少しの間だったと思ったのに、外はすっかり夜だった。なぜか三人とも無言のまま、宿屋へ向かう道を歩いていた。

 見上げると、最後にこんな夜空を見上げたのはいつの事だったか思い出せないくらいの星空が広がっていた。

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