第6話『私だって、簡単に大人を信用できないしね』
うそっ! 火傷しちゃう!!
「ヴィアス!」
炎は霧のように消えていった。私の指には、火傷なんかなかった。
……何だったの……?
「……さすがですね、貴方は魔法の能力もあるようです」
◆ ◆ ◆
森の中は、確かに小物であふれていた。
森に入って二日目、最初の一日目はそれこそ大した量のヴィスに遭遇しなかったのに、二日目となるとひっきりなしにヴィスが現れた。
最初の夜は何の心配もなく野宿できたのが、昨晩は夜になっても時折ヴィスが出現するようになったので、フェザナと二人数時間おきに見張りをしたくらい。
夜更かしには強いけど、気を張っていながらする事がないってのはツライんだよね……読みかけにしてる小説でもあったらいいのに……それか次の試験の問題集でもあったら、帰ってからの生活も一安心って感じなんだけど。
起きてからも、昨日ほどのんびりはできず早々に出発した。でもあまりに多く襲いかかる小物のヴィスに対応するのに御者台にいたのではらちがあかないため、馬と並んで歩いていた。
「……今日はすげー働いてる気がするぞ……」
「そうですねぇ、この森には特に危険なヴィスはいないとの事ですが、こんなに小物ばかり多くいるとは思いませんでした」
にこやかに笑いながらフェザナが答える。っていうか、多すぎだっての!
実際、オルは袋にいっぱいになるほどたまっていたのだ。しかも小物ばかり。剣で一蹴する程度で倒せるから、楽と言えば楽だけど……
「金ばかりたまっても、俺の為にはなってないな、これは」
そう言いながらも、木々の間から現れた黒い陰を軽く剣であしらうように倒す。こぼれ落ちるオルをキャッチして、フェザナに投げ渡す。
「本当に、まるで貴方が呼んでいるようですねぇ……」
私が?! 聞き捨てならないぞ、それは。
「ヴィアスが強いから、オル、どんどん貯まるよ。お金持ちだね」
ティアルが嬉しそうに馬車の中から声をかける。まぁ、お金としても使えるんだからそうとも言えるけど。
でもこんなに簡単に金持ちになっちゃっていいのかなー? 本当ならバイトしたりして、結構苦労して稼ぐんだぞ。高校生がコンビニでバイトしたって、なけなしの時給なんだから。
「でも小粒のオルですからね、そんなにお金持ちと言うわけではありませんよ」
フェザナが私の顔を見て言う。私そんなに怪訝な顔してたのかな。それとももっと働けって事なのか……
「大物が来たら、それはそれで困るだろうが」
言いながら馬の足下をすり抜けてきた黒い陰を、軽く剣で串刺しにする。ヴィスは地面に刺さった剣を残して、四散していく。屈んで地面に残ったオルを拾う。
まだ、経験値も低いしね。小粒のオルを集めるのがせいぜいだ。ただヴィス慣れしたと言うのか、もう黒い陰が突然現れても驚きもしないし、動きが読めるようにもなっていた。
きっとこれはヴィアスが持っていた能力なんだろうな。私の体は私の知らない男の人のもので、高い能力を持った剣士なのだ。
その体に、だんだん慣れていく。
……複雑な気分。
この世界での運命を受け入れたのは私が運命の剣士だったからなんだけど、それにしたって、その意志は私のものじゃないか。なのに、私だけではその運命を背負うことはできないのだ。
結局、ヴィアスという剣士の力を借りているようなもの。
私が決めた事なのに、私だけでは何もできない。
……わかってるけどさ。私がそんな大層な人間じゃないって。
私は小さなオルを親指と人差し指でつまんだまま、もてあそんでいた。
つまんない普通の女子高生が世界を救うなんて、それこそあり得ないハナシだし。結局、上手い事できてる運命に流されているだけなんだ。
……ダメだダメだ、そんな後ろ向きになっちゃ! こんな事考えてたら、またヴィスを生み出しちゃう。こういう考えは燃やしちゃう勢いで消し去らないと。
思わず指に力を込めた。
すると、まるで薄いガラスのようにオルが砕けた。えっ?! こんなにもろいものなの?!
砕け散ったオルが消える瞬間、私の指先には小さな炎が灯っていた。
うそっ! 火傷しちゃう!!
「ヴィアス!」
フェザナが驚いて私を覗き込み、片手を伸ばして私の燃えている指先にかざした。
炎は霧のように消えていった。私の指には、火傷なんかなかった。
……何だったの……?
「……さすがですね、貴方は魔法の能力もあるようです」
フェザナはちょっと困惑したような表情で告げた。今のが、魔法?
「でも俺、何もしてねぇぞ」
「小さな魔法でしたら、呪文の類は必要ないのです。魔術師は基本的には魔主や自然からの力を使いますが、オルを利用して魔法を行う事もあるのです。オルを砕いて、心に強く思うのです」
……それじゃ私が思った燃やしちゃうってのが、魔法になったって事?
「すごい! ヴィアス、魔法もできるんだ!」
フェザナの後ろから覗き込んだティアルが楽しそうに言った。フェザナを見ると、やっぱりちょっと寂しそうな顔をしてる。
「……別に、大した事じゃねぇだろ、この位じゃ。だいたいうちには魔術師がいるんだから、俺ができる程度の魔法はお呼びじゃねぇよ」
フェザナは一瞬、きょとんとした顔で私を見たが、ゆっくりと美しい表情で笑ってみせた。少し赤面してる。
「あ、そっかーフェザナがいるもんねー」
ティアルはまた、嬉しそうに言ってフェザナを見た。
「さて、先を急ぐか」
私はそう言って、馬の首を軽く叩いて進めた。
その日一日かけて北東に進むと、森の中の小さな街に出た。
街に入る手前に木製の看板が出ていて『トロシャ』と掘られていた。
何だかここは中世ヨーロッパっぽいぞ。砂漠の街とはまた違って何だかのんびりした感じ。建物も木造建築だし。漆喰の白壁に木の柱が模様のように見えるヤツ。
建物は皆だいたいが二階建てで、一様に屋根裏部屋があるようだった。屋根の部分に出窓がついてる。通りに面した建物は一見同じように見えるほど似ているのだが、少しずつ違っていてそこがまたかわいい。メインストリートらしき通りには、なかなか活気が溢れていた。子どもたちが馬車にはしゃいで追い掛けてくる。
街に近づくとヴィスの出現もほとんどなくなったので、私は御者台に戻っていた。
森を抜けるまでの二日間で、小粒のオルは布袋に5袋分にもなっていた。確かに、ちょっと疲れたかも。
「でもこの程度の街にいい武器があるのかー?」
森に囲まれた街に、高度な技術を持った武器職人がいるとはあまり考えられないんだけど。だいたい、のどかな街に武器は必要ないんじゃない?
「いえ、それがこの街は武器に関してはばかにできない所があって、」
フェザナは私の隣に座って、説明を始める。
「あの狭間の森は、確かに小物のヴィスばかりでしたが、この街を越えて東に行くと、また砂漠が広がっているんです。そしてそこは
「……守人? 何だそれ」
「守人とは、簡単に言えば邪気から村や街を守っている人の事です。魔法の結界は単に侵入を防ぐだけですが、守人の場合は気の流れをコントロールして衝突そのものを防ぐのです。本来は
また知らない単語が出てきた……まるで英英辞典で単語を引いてるみたい。
「で、霊師ってのは?」
「ああ……これについて説明するのは、少し難しいのですが……」
そう言ってフェザナは少し考える風に上目遣いで空を見た。フェザナが説明するのに難しいなんて、私の頭で理解できるのかな……
「ま、いいわ。必要になったら説明してくれ」
とりあえず流すことにした。一気に情報を詰め込んだらわけわかんなくなっちゃう。
「ああ、はい。で、とにかくこの街の先、東へ向かうと砂漠があって、そこにはそれなりのヴィスが出現するのです。それでこの街には自ずと武器職人が集まるようになったのです」
あー、なるほど。ゲームでレベルアップしてくと、物語に合わせて強い武器を売ってる店が出てくるようなもんね。必要にかられて武器職人が集まったと。
……って言うか、いきなり大物?!
「おい、まだ旅も始まったばっかで、いきなりそれか?」
ちょっと不安になる。いくら運命の剣士でも、いきなりはヤバいんじゃない?
「ええ、でも少し遠いですから、少々のレベルアップは図れると思いますし……」
「街を抜けるだけじゃないのか?」
「この街は森に囲まれてますよ。もう一度森に入って、それを抜けてからです。東の砂漠に近い方の森は、こちらの森ほどたやすく抜けられませんし、ヴィスも小物ばかりではありません」
あー……試練の時ね……まぁ、そんなに簡単に事が運ぶとは思ってなかったけど。
「じゃ、とりあえず今日はこの街で一泊だなー結構疲れたし」
そう言って馬車の幌に寄りかかる。肉体的に、というより精神的に疲れた。慣れた感じはあったけど、それでも周囲に気を張っていたのだ。でなきゃヴィスが現れた瞬間に、あんなに素早く動けるハズはない。
「そうですね、オルもありますから、ちょっと贅沢してもいいでしょう」
「今日は宿に泊まるの?」
ティアルが馬車の中からフェザナと私の間に顔を出して言う。
「ええ、ヴィアスがよく働いてくれましたから」
……何だか、私、労働者みたいよ? そう言われると……
「わーい、ふかふかのベッド!」
ティアルははしゃいでそう言った。
そんな、旅三日目にしてそこまでベッドに飢えなくても……って、ティアルは私と会った時、砂漠を歩いていたんだっけ。って事は、私と会う前から旅を続けていたの? それじゃ、ずっと野宿? こんなに小さな子が?
何があったんだろう、ティアルに。
でもあの時の反応から考えて、簡単には話してくれそうにないな。ティアルは私のこと、ドノスフィアの住人で剣士としか思ってないみたいだし。
だとしたら、逃げてきた少女の言い分を受け止めてくれる大人と信じて貰えるまで、何も話して貰えないだろう。
―― 先生になんか、言える訳ないじゃん。
―― どうせまた、将来とか何とか言うんだよ……
―― 進路が全てだもんね……
……私だって、簡単に大人を信用できないしね。自分たちの価値観が通じないのが、一番怖いんだ。私たちの言い分は、いつだって子どものわがままって言われちゃう。子どもなりに考えてるのにさ。
確かに人生の先輩って言うか、経験の豊富な大人に話を聞いて貰いたいと思う時はある。でも、そういう人が必ずしも私たちの言葉を聞いて、受け入れた上で話してくれるとは限らないのだ。
頭ごなしに否定されるかもしれない。それが怖い。
もしかしたら、聞いてはくれるかもしれない。でも聞いても結局、大人の意見で蓋をされてしまうかもしれない。
だから、話せない。
そしてどんどん大人は離れていく。大人のがちがちに固まった想像力だけで、私たちの事を色々言う。本当はそんなんじゃないのに。
でも、やっぱり話せない。そんな事言ってる大人が私たちの言葉を聞くとは考えられない。
そして私は今、ティアルから見たら大人なんだ。だとしたら、話してなんかくれないだろうな……そんな大人じゃないって、ちゃんと判って貰わなきゃ。そんな大人には、なりたくないもの。
「そうだな、ふかふかのベッドに、トキノキの入ってないご飯だな」
私は幌に寄りかかったままそう言った。にっこり笑ってティアルを振り向くと、満面の笑みで頷いた。
「そこの宿屋でいいでしょう」
フェザナが指さした宿屋は、シンプルな造りの建物で、中世ちっくな木の看板が出ている。……でもやっぱり冷静に見ると、ミミズがのたくったような文字。まぁ、宿って読めるけどね。
私は宿の前で馬車を止めると、御者台を降りて馬止めに手綱を縛り付けた。
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