第2話『今、絶対、すっげー赤面してるハズ!!』
「これで私は、身も心も貴方のものです」
はぁ?!
「な、何が!」
うっひゃー! 今、絶対、すっげー赤面してるハズ!!
◆ ◆ ◆
「でき過ぎだよ……夢だ、これは」
「夢と思いたいのはわかります。しかし、現にミホさんがドノスフィアに迷い込んでいるのを、貴方は目撃してるでしょう?」
「それだって、夢に友達が出てくる事自体は全然珍しくもなんともねーよ」
「私は他にも知っています。この混沌を正すために色々な事を魔主から学びました。貴方の世界が、ここではない他の世界である事を明言する人間が、貴方の夢には出てきますか?」
それは、そうだけど。確かに気が付いたらここへ向かう事だけしか覚えてなかった。運命と言われたら、そんな感じもする。
「貴方がこの冒険を受けてくれるのなら、私はどこまでも着いていきます」
にっこりと微笑む。
綺麗すぎる顔。そんな顔でどこまでも着いていくなんて、言わないでよ……
「……これは夢じゃなくて、俺は運命の剣士で、その何とかの剣ってのを守護者のもとで正さなきゃならないんだな?」
「そうです」
「受けなかったら、どうするんだ?」
「受けます。貴方は」
自信たっぷりに答える。どこからそんな自信が。
「そう占いに出てます」
「占いかよ……」
私は占いはあんまり信じないんだけどな。特に自分に都合の悪い事は。
「そうです」
そして彼は、にっこりと笑って見せた。多分会ってから一番幼い表情だ。まるで私が彼と一緒に冒険の旅に出る事を信じて疑わないような表情。
年齢不詳な感じだけど、結構若いのかもしれない。少しだけ、彼と旅をしてもいいかなと思った。こんな表情をされてはかなわない。
「……しょうがないな」
そんな言い方をしながら、心はかなり行く方向に傾いていた。それほど彼は魅力的だったのだ。こんな綺麗な人と旅をするなんて現実じゃありえないし、ファンタジーだって嫌いじゃない。むしろ大好きなんだし。でも、
「俺が行かないと、どうなるんだ?」
彼は少し伏せ目がちにして目線を逸らした。
「……時間が足りないのです。この不安定な状態のままでは、世界はいずれ時空に飲まれてしまいます。そうなる前にこの混沌を正さなくては」
時空とか何とか、よくわからないけどさ。でも何で時間が足りないんだろ。
「ドノスフィアは貴方の世界ではありません。しかしこの混沌を正さない限り、貴方は貴方の世界に帰る事もできません。貴方が帰るためにという言い方はいやらしいかもしれませんが、私は貴方に、この世界を救ってほしいのです」
そう言って、熱く力を込めた瞳を私に向けた。少し潤んでいて、悲痛なまでの想いが伝わってくる。
私で、いいの?
「行ってくれますか?」
可哀想なくらい真剣な眼差し。
「行くよ。行くしかないんだろ?」
「……よかった……」
彼は深く息を吐いた。その魔主ってのに頼まれたにしても、これが彼の仕事なのだから緊張していたのだろう。
「それでは……」
そう言って彼は立ち上がると壁際の棚の所へ行き、棚の上から綺麗な装飾がほどこされた小さな箱を持ってきた。
木彫りの細かい装飾に、いろいろな色の珠がはめ込まれている。
彼はその箱を開いて中から深い緑色の布に包まれた物を取り出した。布をどけると、それは美しいナイフだった。何をするんだろ?
彼はそのナイフを両手の上に載せると、瞳を閉じて何か念じ始めた。彼の両手からはナイフを包むようにオレンジ色の光が溢れ、それに呼応するように、ナイフに散りばめられたガラスの珠が七色に輝いた。
綺麗……きらきらと輝く彼の光とナイフ。その光に照らされる彼。
そして、柔らかな表情のまま彼は、ゆっくりと瞳を開いて私を見た。
「……我、汝に忠誠を誓いて、その証により我等魔主の力を表し髪を切るなり」
え?
すると彼はそのナイフで、その床まで届いてなお更に長い髪を一気に首筋辺りで切り落としたのだ。もったいない!
「何してんだよ!」
驚いて立ち上がる。彼の銀髪はばっさりと落ち足元に銀色の髪が広がった。散りばめられたガラスの飾りが美しく、まるで絨毯のようだ。
「儀式ですよ」
彼は事も無げに言ってみせた。儀式って……何か先に教えてくれても……驚いた。
「これで私は、身も心も貴方のものです」
はぁ?!
「な、何が!」
うっひゃー! 今、絶対、すっげー赤面してるハズ!!
「魔主とは私たち魔術師の師の事で、この長く伸ばした髪は魔主の力を受ける受信機みたいな物なんです。ですからその髪を切り、魔主とは別の人物に忠誠を誓う時には、その髪を切らなければならないんです。
髪を切ると、魔主からの力は受けられません。ただし自分が忠誠を誓った相手から得る事ができるようになります。ですから私は貴方に忠誠を誓ったので、私は貴方と一緒にいなければ何もできないのです」
「何もって、魔法がか?」
「一応我々は魔術師として独立してますから、魔主の力が全てではありません。でも大きな魔法になると、やはり魔主の力が必要になるのです。
ですから、これから魔主の力が必要なほどの魔法を使う時は、貴方の力に頼らなくてはならないのです。だから貴方がいないとダメなのです」
そういうシステムなのか。それにしても身も心もって、その表現は間違ってると思う。って言うか、ドキドキするからやめてー……
「それでは、出発の用意をしましょうか」
彼は全く動じた様子もなく、またあの幼さの見える笑顔を私に見せると待合いとは別の扉へ向かって行く。
彼を目で追うと、そこに鏡があった。
鏡は、質素な作りの室内とその中にたたずむ私の姿を映していた。
黒く、腰まで届く長い髪、長くサイドに流した前髪。着物のように前合わせで緩やかに体の線に添う黒く長い上着。その下に黒い細身のパンツ。体はがっしりとし過ぎることもなく、意外と細身。目線から考えても結構な長身。
そしてその顔は、無駄のない輪郭に彫りの深い面立ち、大きく意志の強そうな瞳にすっきりとした鼻、すこし薄い唇。
すごいイケメンじゃない……現実に会ったら、多分惚れるな。
でもそこに映っているのは、紛れもない私なのだ。
何だか、でき過ぎてるのもあるけど、間違ってる気がするよ……こんなの。
私は全然取り柄なんかない、普通の高校生なんだから。それなのにこんな世界にいきなり来ちゃって、しかも運命の剣士とかで、めちゃめちゃ綺麗な人と旅をしなきゃならなくて、その上自分がおっそろしくイケメンだなんて。あり得ないじゃない。
夢ならよかったのに。
夢だったら、楽しめるのに。
私は、そんなにすごくなんかないんだから……
「ヴィアス、」
気が付くと、足元にティアルがいた。
「……何だ?」
「旅に出るの?」
「ああ、やらなきゃならない事があってな」
そうだ、もしかしたら向こうの世界に帰るにしても、一緒にいた方がいいんじゃない? あ、でも彼女にも家族とかいるか。そんな、勝手に連れていく事はできないよね。
「ティアル、お前の家に送っていくよ。どこなんだ?」
「……わかんない」
「わかんねーって、自分の家だぞ?」
「わかんない。すごく歩いたような気もするけど、きがついたらあそこにいたの」
「……じゃ、一緒に行くか? 一緒にいた方がいいんだ」
「……うん」
ティアルは私の服を握ったまま、視線を落として答えた。
何か隠してる。直感的にそう思った。
でも、それ以上は突っ込まなかった。いくら中身が
「さぁ、支度ができましたよ」
そう言って彼が部屋へ入ってきた。何かキャンプにでも行けそうな荷物。
「他に必要なものは、買い足していけばいいでしょう。ティアルも一緒に行くのですね?」
ティアルは彼を見上げて頷く。何だか楽しそうだ。これから危険な冒険の旅に出るってのに、案外楽観的なんだね。
「おい、」
彼に声を掛ける。
「何ですか?」
「勝手に忠誠誓われちゃったりしたけどな、俺まだお前の名前すら知らねーんだぞ」
「……ああ、そうでしたね。そう言えば、まだ言ってませんでしたね」
そう言って彼は私の前に立った。並ぶと私を少し見上げる位の身長差。そしてそれから私の前に跪く。えっ!
「お、おい、」
「前の名前は捨てました。貴方が、私の名前を付けて下さい。御主人様」
彼は跪いたまま、私を見上げた。
うっわーー!! 体中が緊張する。きっと今めちゃめちゃ赤面してる。
ご、御主人様って……やめてよ、そんな……ああ、とにかく名前を付けなきゃ。きっと名付けるまで彼は、私に跪いたままでいる。彼の目線と合わないようにして、考える。
見られてるー緊張する……考えなきゃ……彼の名前……名前……
――― フェザナ……
「……フェザナ」
思わず口からこぼれた名前。自分の名前を名乗った時と同じ、心の中で響く声。
彼は私を見て、見とれる程の美しい笑みをこぼした。そしてゆっくりと口を開いた。
「はい、御主人様」
だ、だからそれはやめよう!
「その、御主人様ってのは、やめろ!」
「それでは何と呼べば、」
「ヴィアスでいい!」
ああ、そんな綺麗な顔して跪いて御主人様って、それはないよー……顔が熱い……
「ヴィアス、だいじょうぶ?」
ティアルが足に抱きついたまま聞いてくる。全然大丈夫じゃないよ……
「何でもねーよ」
負け惜しみしか言えない……はぁ、こんな人とずっと一緒にいるなんて耐えられるかな……私の心臓がどうにかなっちゃいそう。
ちらっとフェザナを見てみると、嬉しそうな顔で微笑んだまま身の回りのものを片づけていた。
私が付けた名前、気に入ったのかな? だといいけど。
「それじゃ、出掛けますか」
「旅に出るのはわかったが、どこへ向かって行くんだ?」
「それは旅に出ないとわかりませんよ。ここにいても情報は得られません」
フェザナはそう言って、診察室を出ていく。
「フェザナ、うれしそう。ヴィアスと旅に出られるのがうれしいんだね」
ティアルが無邪気にそう言って見上げる。そ、そうかな?
「きっと、ヴィアスが好きなんだよ」
それはないだろう! って言うか、まだ会ったばっかだっての!
「バカな事、言ってんじゃねー」
ティアルの頭を軽く叩いて、フェザナの後を追う。
こっちが惚れたのなら、ともかく……って、私もイケメンなんだった……でも、
「ティアル、追いてくぞ!」
病院の入り口から、振り返って叫ぶ。ティアルは慌てて走ってくる。
でも、男同士なんじゃん……絶望的。
ホントの私は、女の子なのにー!!
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