第3話『これだけ見ると、結構弱そうだけどな』


「何だ!?」

 馬の左足のあった辺りに、大きく穴が開いているのだ。

 そしてその穴の中には、黒い霧のようなものが立ちこめていた。

「初仕事ですね……」

 フェザナは緊迫した表情でそう言った。初仕事? 誰の?


 私の?!


 ◆ ◆ ◆


 フェザナは馬に乗れないティアルの為に馬車を用意していた。


 用意周到すぎじゃない? いや、多分彼の事だから占いに出てたとかなのかもしれない。それか単に自分用に使ってた馬車かも。


 私にはすでに乗ってきた馬があるから、馬を馬車に繋ぐと、荷物を運び入れている彼を手伝った。毛布がたくさんと、こまごまとした生活用品。私とティアルは、着替えの服を持ってないので街で買っていく事になった。あと食料も買わないと。

 なかなかしっかりした馬車だ。何だか本当に冒険の旅に出るのだという実感が、馬車を眺めていて湧いてきた。本当に冒険が始まるのだ。


 でも……ねぇ?

 私がその、運命の剣士だとして、本当に何とかなるの?

 私は、何ができるんだろう。剣士って事は、剣を使うんだよな。


 ふと、腰に手をやると、自分が剣を下げている事に気づいた。っていうか、今まで気づかなかった……


 手探りのまま、剣を握ってみる。

 ひんやりと冷たい、金属の感触。細身の剣は、その細さに似合わず、ずっしりと重かった。


 改めて視線を剣に落としてみる。案外シンプルなデザインの剣だった。よく小説なんかで強い剣士が持つような、装飾の施された派手なものではなかった。言ってみれば旅人の剣って感じ。

 これだけ見ると、結構弱そうだけどな……まぁ、私なんだからそんなもんか……


「ヴィアス、そろそろ行きますよ。できるだけ、早めに街を出たいのです」

「早めに?」

 行き先もはっきりしてないのに、早めにどこへ向かうと言うのだろう。

「ヴィアス、行こう」

 ティアルが馬車の後部から幌を開いて顔を出す。楽しくてしょうがないといった顔をしてる。

「わかった、出発だ」


 私は馬車の脇から御者台に乗った。フェザナは隣に座っている。そして私を見て、無言で微笑んだ。

 ……絶句するほど美しかった。


「……早めって、どこへ向かうんだ?」

 多分、顔が赤くなってる。そんな気がする。

「東です。東にそんな伝説を持つ遺跡があるという噂があって」

「噂かよ……」

「噂が一番の情報源なんです!」

 フェザナは私の顔に顔を近づけて強調した。

 思わずのけぞる。触っちゃったらどうするの! って、気にしてるのは私だけみたいだけど!


「わ、わかったよ……で?」

 彼は居住まいを正して、まっすぐ前を向いた。

「東には森の後に広い砂漠が続くんです。ですから、準備がしっかりしているうちに、越えたいんですよ」

「……そんなに辛いのか? 森と砂漠を越えるのが」

「森も砂漠も、そんなにひどいとは思いませんよ。小さいですが街や村もあるようですし」

「じゃ、何でそんなに警戒してるんだ?」


 すると彼は、上目遣いで私を見て、そっと腕を私の腰にまわした。そして、するりと私の剣を腰から外してみせた。

 息が止まるかと思った……


「やっぱり……」

「やっぱり? 何だ?」

「まだまだだって事です」

 そう言って、剣を私に返す。

「……あ?」

「とにかく、冒険の旅は容易ではないって事です」


 余計な不安を持たせない為なのか、彼は詳しく語ろうとしなかった。


 でもね、何かあるってわかってて、それが何かわからないのは、もっと不安なんだぞー! 気になるでしょー!


「言いたい事があるなら、言えよ、むかつくなー」

「えっ……そんなつもりは……すみません……」

 彼はひどく申し訳なさそうにしてうつむいた。


 やばい、きつく言い過ぎた。あ、謝るべき??

「ヴィアス、フェザナいじめちゃダメだよー」

 ティアルが背後から声をかける。

「んな事してねーよ」

 あああ、泥沼……墓穴掘っちゃったよ……沈黙が痛い……


 彼が黙ると、ドノスフィアの事もこれからの事も、何も情報がなくなってしまう。私は新参者なのだ。ティアルでさえわかってる、この世界では当たり前の事が、私には全て見知らぬものなのだ。


 だいたい、いくらそういう命を受けていたとは言え、こんな素性の知れない人間に誓いをたてて冒険の旅に出るのだ。それだって全然容易な事じゃない。冒険自体が危険を伴うってのに、同行者はこの世界を知らない異世界の人間なのだ。

 危険倍増じゃない……


 それなのに、フェザナは一つ一つ私の問いに答えてくれていた。きっとくだらない、誰もが知ってる基本的な事だったりするんだろうな……

 何だか、申し訳なくなってきた。先に謝っちゃおう。


「……悪かったよ」

 小さくそう言うと、フェザナは驚いたように顔を上げて私を見た。

「俺、口悪いから。言い過ぎた、すまん」

 すると彼は視線を前に戻し、少しうつむく。

「いえ、そんな私の方こそ、はっきりしない言い方をしてしまって……」


「俺、何にも知らないからさ。教えてもらわないと困るんだ。何かあってからじゃ遅いだろ?」

「そうですね、いろいろと知っておいて頂きたい事はたくさんあります。私は、いえ、ドノスフィアは貴方にその運命を任せたのですから」

 彼は背筋を伸ばした。


 こんな、得体の知れない異世界からの新参者に、託してしまったのだ。

 私はそれを、深く考えもせずに受けてしまったのだ。

 何も知らないのに。


 でも、何とかしなきゃ。受けたからには、まっとうしないと。まっとうできるように努力しなきゃ。それが私を信じてくれたフェザナに対する礼儀ってもんだ。


 街で買い物を済ませ、私が街に入ってきた門からまた砂漠へ出た。

 来た時は、あっちから来たんだっけ? ぼんやりと右手に広がる砂漠を眺めながら、馬車をフェザナの言うように左に向けて走らせる。それじゃこっちが東なのかな?


 馬車を操るのも馬に乗っていた時と同じく、体が覚えていた。


 牧場なんかで荷台に乗った事はあるけど、御者台に乗るのなんて始めてなんだよね。そんな事をぼんやり考えながら、ごつごつした地面を走らせる。

 大した会話もなく馬車を走らせると、荒涼とした土地の向こうに信じられないくらい青々と茂った森が見えてきた。


 しかも突然、森。


 環境とか気候とか、そう言うもんに左右されてできたんじゃないの? 森がこんな風にいきなり始まるなんて、聞いたことがない。


 少しオレンジ色を帯びた日の光を受けて、森はさらにその色を深くしていた。風に湿り気を感じるようになった。確かに、森はそこにあるのだ。

 そして近づくにつれ、その森の大きさを改めて知った。


 砂漠の隣に瑞々しい森って、おかしくない? 訳わかんない世界だなぁ……

「すげぇ……」

「あそこから入りましょう」

 フェザナの指した先には、道と呼ぶには貧弱すぎる木々の別れた箇所があった。

 手綱を引いて、馬車を右方向へ向ける。


 乗った事もない馬車の操作を、私の体は覚えている。

 私は、誰なんだろう。


 すると突然、馬がいなないた。石にでもつまずいたのか、左足を大きく上げて右へ倒れそうな勢いだ。

「きゃーーーー!!」

 ティアルが馬車の中から悲鳴を上げた。フェザナは声こそ上げなかったが、御者台にしがみついて必死で振り落とされないようにしている。


 馬車はひどく傾いたが何とか持ちこたえた。私は立ち上がると、御者台から乗り出して見た。

「何だ!?」

 馬の左足のあった辺りに、大きく穴が開いているのだ。あんな穴があったのなら、どうして落ちなかったの?!

 そしてその穴の中には、黒い霧のようなものが立ちこめていた。


「初仕事ですね……」


 フェザナは緊迫した表情でそう言った。初仕事? 誰の?

 私の?!


 混乱する私をよそに、その黒い霧は穴から突然吹きだした。

 まるでアメーバのようにその形を変えながら、こっちに向かってくる!

「う、わ!」

 とっさに剣を抜き、その襲来を押さえる。


 霧だとばかり思っていたその黒い陰は、意外にも剣で押さえることができた。渾身の力を込めて押し返す。馬車の御者台に乗っていては、らちがあかない。

 私は、穴を避けて御者台から飛び降りた。


 なんて軽い体。軽くジャンプしたつもりが、ふわりと宙に浮いたようで、その滞空時間がとてつもなく長く感じた。


 地面に降りると、黒い陰はまっすぐにこっちへ向かってきた。

 どうする? どうしよう!

 でも体は動く。


「はぁああああーーーーーーーーーー!!」


 声と共に陰に向かって走る。剣を両手で支え、左下から思いっきり斬り上げる。

 手応えはあった。しかし、まだだ。

 右に抜いた剣を今度は右手に持ち、振り上げてから左手を添えて振り下ろす。


「ぃやぁーーーーーーーーーーーーー!!」


 今度こそ。黒い陰は悲鳴ともとれる高い音を上げて四散した。

 四散する陰の中から、キラキラ光るものが落ちる。


「その鉱石を!」


 馬車からフェザナが叫んだ。とっさにその鉱石をキャッチする。

 鉱石を握ると、もうそこには黒い陰はなかった。


「……なん……だったんだ……?」


 握った鉱石を眺めてみる。小粒ながら薄い青色をした、綺麗な鉱石だった。


「お見事でした」

 フェザナはにこやかにそう言った。

 ああ、私、変なのを倒したのか。そうだ、倒したんだ……でもまだ何が何だかわからない。混乱してる。


 無言のまま鉱石をフェザナに渡すと、

「早く今夜の宿を探しましょう。野宿ですけど」

 そう言って御者台に座り直した。

 そう言えば、辺りが暗く感じられる時間になったらしい。もうそんな時間なんだ。


 私は何も言わずにフェザナの隣に乗り込み、手綱を握った。

「ヴィアス強いから、安心だね」

 ティアルが馬車の中から声をかける。私はまだ、混乱したままなのに。


「今夜、話します」

 フェザナが小さくそう言った。私は少しだけ彼に目線を送ったが、特に返事もしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る