第4話『比較的安全。何と比較してるんだか。』

「……その割には、仲がいいですね。まるで本当の兄妹のようですよ」

「妬いてんの?」

「……違います」

 でも、フェザナはちょっと拗ねたような顔をした。図星?


 ◆ ◆ ◆


 その夜は森の中で過ごす事になった。

 森に入ってまもなく、日はとっぷりと暮れてしまったのだ。

 真っ暗な森の中を頼りもなく彷徨うのは危険が伴う。だから大きな木の根元にちょうどいい洞を見つけた時、三人ともその場で野宿する事に異存はなかった。

 木の上から小さなリスが覗いている。少しお邪魔させてね。


 馬車を降りて野宿の為の荷物を下ろす。私が力仕事をしている間に、フェザナはティアルに周辺に落ちている枝を拾うように言っていた。

 私が荷物を下ろし、椅子のかわりになりそうな丸太を転がしてきて、何となくキャンプっぽい形の整ったところで、ティアルが集めてきた枝をその中央に置いた。


 想像はついたけど、やっぱりフェザナが魔法を使って火をおこした。集められた枝に軽く右手をかざすと、まるで枝が意識的に火をおこしたように、その内部から燃えだした。便利だなぁ……ライターいらず。


 それからフェザナは、街を出る時に買ってきた夕食を出した。

 一日目くらいは、ちゃんとしたモノが食べたいしね。フェザナがよく気の付く人でよかった……

 それは持ち帰り用のピラフのようなものだった。サフランで色づけしたような黄色いご飯。


「ピピカだ。……あー、トキノキ入ってるー……」

 ピピカ? トキノキ?

「だめですよ、ちゃんと好き嫌いせずに食べなくては」

 二人の会話からして、このご飯がピピカで入ってる何かがトキノキなんだろうな。ティアルはそれが嫌いなのか。


「トキノキって、どれだ?」

「ヴィアス、知らないの! いいなぁ……今まで食べた事、なかったんだ」


 いや、そういう問題じゃないと思うけど……そうか、ティアルは私が別世界からの闖入者だって、知らないんだった。これは、知らせた方がいいのかな……?


 フェザナを見ると、私の視線を受けて「これですよ。この赤い野菜です」と言った。うーん、これは黙っていろって事なのか、それとも元々通じてないのか……

 まぁ、とりあえずはこのまま流そう。


「にんじんみてーだな」

「にんじん?」

 あ、やばい? もういい、食べてごまかそう。

 ……苦い。

「にげぇ……」

「ね! おいしくないよね!!」

「ティアル、」

 フェザナがたしなめるように言う。


 味はニガウリかな……いや、あれより苦い。そりゃ、子どもには不評かも。ここはフェザナの為にも、我慢して食べるべきか……食べるべき、だよね。


「……苦いけど、別に、イケる」

「えーーーーー」

 私は夢中でピピカをかっこんだ。ご飯と一緒に食べれば、そんなに苦みは感じないし。

「ヴィアスは大人だからだよ……」

 ティアルは小さくそう言って、嫌々ながら少しずつ食べ始めた。


 えらいよー、私だったら絶対食べないのにー。なんか、保護者の気分……全部食べたらほめてあげたい。嫌々とは言え、ちゃんと食べてるもん。しかも、そのふてくされた仕草もかわいい……

 って、中身は未畝みほなんだよな……やばいやばい、友達相手に何を考えてるんだか。


 でも今はティアルだし、ティアル本人も未畝みほの自覚はないんだから、そこら辺は甘えちゃっていいかな? こんなかわいい妹ができたらって思ってたんだー。


「少し減らしてやるよ、ほら」

 私はティアルの皿のトキノキをスプーンですくって自分の皿に移すと、自分の皿のトキノキのないピピカをティアルの皿に返した。この位の甘やかしはいいよね?


 ティアルは、満面の笑みを浮かべて私を見、それからは嬉しそうにピピカを食べた。

 うん、ご飯はおいしそうに食べてる方がいい。

「ヴィアスはティアルに甘いですねぇ」

 フェザナがあきれたように言う。うーん、今日会ったばっかりだから、何とも言えないけど。


「そうか? お前もトキノキ、食べれなかったら食べてやるよ」

「食べられます」


 フェザナはそう言って、上品な食べ方でピピカを口に運んだ。

 たき火の炎が揺らめいて、私たち三人は声を出して笑った。



「で、この後どうするんだ?」

「明日以降はこの森を抜ける事がメインになります。この森は『狭間の森』と呼ばれていて比較的安全な森ですので、二・三日もあれば森の中の街に着けると思います」


 比較的安全。何と比較してるんだか。


「じゃ、明日に備えてあとは寝るだけか」

「ティアルは洞の中で寝なさい」

「ヴィアスとフェザナは?」

「別に遠くに行ったりしませんよ。洞の外に居ますから」


 洞は大きいとは言え、私たち全員が入れるような大きさではなかったのだ。小さい子をまず安全な処に寝かせるのは当然。

 ……でも私も本当は女の子なんだけどね……見た目はでかい男だけどさ。


 私は荷物の中から毛布を取って来て、洞の中に敷いた。

「これでいいか?」

 ティアルにそう言うと、ティアルは恥ずかしそうに「ヴィアスも一緒に寝られないの?」と言った。……今、告られたのか? 自分。

 違う違う、そうじゃない。

「俺が寝たら、ティアルが入れねーだろ。それにここじゃ狭くて俺には窮屈だ」

 私はティアルの頭を軽く撫でると外に出た。

「ヴィアス、」

 すがるような目で私を見る。

「すぐ外にいるから、大丈夫だって」


 でも何となく、感じるものがあった。ティアルは一人でいた時に、恐ろしい目にあってるのかも。ティアルがどこからか逃げてきたかとかで一人で辛い旅をしていたんだったら、一人で寝るのは怖いはず。

 私はもう一度、洞の中へ入った。


「これ、持ってろ、お守りだ」

 私は自分が身に着けていた曲玉のようなペンダントをティアルの首にかけてあげた。私の趣味で身に着けているわけでもないのだけど(だいたい気が付いたらそんな格好をしていたのだから)。

 そしてもう一度ティアルの頭を撫でて「おやすみ」と言った。ティアルはちょっとだけ安心したような顔で毛布にくるまって、おやすみ、と言った。


「寝付きましたか?」

「まぁな」

「ティアルとは長いのですか?」


 ん? そうか、フェザナは私がこの世界に迷い込んでくる事はわかってても、ティアルの事は計算外だったのか。


「いや、お前のとこに行った直前に会ったんだよ。砂漠でいきなり飛び出してきたんだ」

「……その割には、仲がいいですね。まるで本当の兄妹のようですよ」

「妬いてんの?」

「……違います」

 でも、フェザナはちょっと拗ねたような顔をした。図星?


「素直だしな、でも何かワケありって感じだろ?」

「そう……ですね。彼女は何か隠してます。何か大きなものを……」

 大きなモノ。そんなに大層なモノだとは思わなかったけど。

「俺は、」


「? 何ですか?」

「俺のこと、教えてくれ」


 私は、私を知らない。隠してるわけでもなく、ただ知らないのだ。この世界を、この世界でのシステムも、何一つ。


「……貴方の事は私にもわかりません。役割的な事はわかっていても、貴方が尋ねているのは、そう言う意味ではないのでしょう?」

 フェザナはそう言って目を伏せた。


 私の事は、わからないのか……私が、誰であったのか、ドノスフィアで何をしていた人間なのか。未畝みほだって、こっちの世界で何か背負って生きてるってのに、私は何なんだろう。


「お前は俺の事、何でも知ってるんだと思ってたよ……」


 そう期待してた。この訳のわからない世界で、たった一人私にその進むべき道を示してくれたのだ。普通の夢だったら流れに身を任せちゃうけど、そうじゃないのだから。

 そうじゃないと、彼が言うのだから。


「……たいです……」

 彼が何か言ったようだった。でもその声は小さくて、聞き取れなかった。

「何だ?」

「砂漠での事について、お話します」


 フェザナは話を変えた。聞こえなかった言葉は、なかった事のように。


「私たちはあれを『ヴィス』と呼んでいます。人の心の闇が作り出すもので、憎悪などの醜い心が具現化したものです」

「人が作るとは、ヤな感じだな」

「そうですね、人が綺麗な心でいられれば、ヴィスが現れる事もありませんし……そうもいかないのが人間ですが。ヴィスは人間の心でできているようなものですから、実体はないのです。ですからあのような霧や影のようなものがほとんどです。

 ただ時々、力の強いヴィスになると形のはっきりしたものもあるといいます」

「力が強いって事は、人間の悪意も強かったって事か……」


「ええ、そしてヴィスを退治したときにできるのが、鉱石オルです」

「あの時の?」

「これです」


 そう言ってフェザナは、砂漠で手に入れた青いオルを取り出した。薄い青色をしたそれは、たき火の炎に照らされ、また違った色に見えた。


「何なんだ? それは」

「これはヴィスを倒し、その心を浄化した時にできるものです。ヴィスを倒す事はそのまま、その心の浄化に当たります。その時に副作用としてオルが生まれるのです。これは魔法を使う際に必要になります。お金としても使われますが」

「倒す事で浄化できるのか……」


 そんなに簡単な事じゃないような気がするけど。人の心ってのは、もっと複雑なのだ。


「ドノスフィアのヴィスを全部倒したら、ドノスフィアの人間はみんな綺麗な心になるのか」

「ヴィアス、」

「……悪い、冗談だよ」


 きっとフェザナは私の為に簡略化して話してくれてるのだ。きっと、そんなに簡単なものじゃないんだろう。私は何を苛ついてるんだろう。


「で?」

「この世界で行く手を阻むものとしてはヴィスを理解していれば大丈夫でしょう。次は剣士についてお話します。貴方の事ではなくて一般的な事ですが。

 剣士は読んで字のごとく、剣を操る職業に就いた者ですが、ドノスフィアでは剣士は自分の剣を、自ら強くしていくのです」

「剣を強くしていくって、」

「強いヴィスを倒せば、それ相応のオルが手に入ります。それを使って剣を成長させるのです」

「剣が、成長するのか?」

「ええ。オルを使って成長させます。そのやり方は個々に違うので、はっきり言えないのですが」

「俺もやるのか?」

「そうですね。貴方の剣はすでにそれなりの強さがあると思いますが、それでも貴方のこの先を考えたら、もっともっと成長させる必要があります」

「でも、やり方知らねーよ」

「わかりますよ。きっと、その時になれば。そういうものなのです。魔法も同じく、心に浮かぶ力を紡ぐ事によって成り立つのです」


 この世界に来た時、私の名前を決めた声。フェザナの名前を決めた声。あれがそうだっていうの?

「なんか、わかるような、わかんねーような……」

「こればかりは頭で理解する事ではないので、その時になれば自ずとわかると思います」

「自ずとねぇ……」


 わかるようでわからない事だらけじゃん。きっと私がドノスフィアでの一般常識くらい知ってれば、話は早いのかもしれないけど。

 あー、こんな世界に迷い込んだだけでもやっかいだってのに、何で一般常識さえ備えておいてくれないのー! 神様を恨むわ。マジで。


「それから私のような魔術師に関しては、街で話した事がだいたい全部です。」

 ……跪いた彼を思い出しちゃった……うわ、顔が熱くなる!

「って言うか、お前たち魔術師ってのは、どういうもんなんだ? その、お前は医者だったみたいだし……」

 私は彼とは違う方向を向いて、適当な事を聞いた。

「そうですねぇ、基本的には魔術師は魔法を使って作業するってだけで、あまり選択の幅の狭い職業ではないですねぇ。私は癒しの力が強かったので、自然と医者になったのですが」

「そういえば、俺も魔法使おうと思ったら、使えるのか?」


 そうそう、せっかくこんな世界なんだし、私も使ってみたいのよ、魔法。


「ごくまれに魔法を扱う剣士がいますが、彼等はどのような訓練を受けたかはわからないので……多分、才能だと思うんです」

「じゃ、俺も例外じゃないって事だな。俺にどんな才能があるかなんて、わかんないし」

「えっ、」

 フェザナはちょっと困ったような顔で私を見た。何で? 何か困らすような事、言った?


「何だよ、」

「……ヴィアスが魔法まで扱えるようになったら、私がいる意味がなくなります……」


 ……それは……無いと思うけど。そこまで使えるとは思えないし、第一フェザナがいなかったら、この先どうするかもわからないのに。


「んな事ねぇよ、わからねー事だらけだし。お前がいなきゃ困る。」


 言ってから、気づいた。ちょっと、今の会話、誰かが聞いたらまるで恋人同士の会話ぽくない? 雰囲気いい感じに……って、自分、男なんだった……時々忘れちゃう、あーもう、面倒臭い!

 あれ、フェザナは私が向こうの世界では女の子だって知ってるのかな?


「お前、俺が向こうの世界でどんなんか、知ってるのか?」

「いえ……知りません。私が知ってるのは、運命の剣士がこの世界に導かれると言う事だけで、知っているのはその成すべき事と剣士が背負う運命についてですから」

「あ……、そう」


 どうしよう、言うべきかな? でももし私が女の子だって知ったら、それはそれで面倒じゃない?


 だって私は運命の剣士で、その運命ってのは結構過酷みたいだし、そんな運命背負わせちゃったのってフェザナでもあるんだから。

 だいたい、ティアルって一番最初に守るべき対象があるのに、次が私になっちゃったらフェザナの負担は大きくなるばかりだし。


 ……言わない事にしよう。私は、女の子じゃない。この世界ではヴィアスっていう口の悪い男なのだ。


「どうかしましたか?」

「いや、別に。向こうの世界の事、お前が知ってるとやっかいだなぁって」

「? どう言う事ですか?」

「お前にそっくりな女の子と付き合ってたから」


 ちょっと意地悪な顔をして、言ってみた。これできっと私が向こうの世界でも男だと思うだろう。

「……そりゃ向こうの世界での事ですから、私が関与するべき事じゃありませんけど、」

 ふてくされたようにフェザナは言う。あはは、怒らせちゃった。


 綺麗な人。綺麗すぎてきつい感じかと思ったけど、その表情はくるくる変わる。拗ねるし、よく笑うし、こんな人に好かれたらホント、いいのになぁ……

 あ、でも私が釣り合わないか……そりゃ今の私はイケメンの剣士だけど、本当は何の取り柄もない十人並みの高校生だし。今なら、これ位の人に愛されても釣り合うような人間なのに、なんだって男なのよ……


 でも、その中身は私か。ヴィアスの中身が本当のヴィアスじゃない限り、結局釣り合ってなんかいないんだ。本当のヴィアスだったら、フェザナに釣り合うのかな……

 本当のヴィアスって、どんな人なんだろう。


 ティアルに未畝みほの魂が入ってるのに、未畝みほの記憶はなくて、ティアルのままだ。

 でも私が入ったヴィアスは、ヴィアスの記憶を持ってない。どうしてなんだろう。

 私はヴィアスになれるのかな……


「さて、そろそろ寝るか」

 私は自分の思考を振り切るように、そう言って立ち上がった。

「あ、はい、」

 フェザナはしばらく黙っていた私が立ち上がるのを、目で追う。

「何だ? 怖きゃ添い寝してやってもいいぜ」

「……大丈夫です」


 ああ、何だか男で通すと決めたら吹っ切れちゃった。って言うか、いつもの私全開。これだから男の子にモテないんだよね……それにフェザナって綺麗な顔してるから、何だか守りたくなっちゃうのよ。


「あー、先に言っとくけど俺、寝起き悪いから。優しく起こしてくれよ」


 そんな風に軽口を叩いて、私は毛布を持ってティアルが寝ている洞の外に毛布を広げた。

 森の中を、静かな風が吹いてきた。

 久しく嗅いだ事のなかった緑の匂いが、私を包んでいた。

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