異世界転移はあるあるだけど、私がなるとは聞いてない(しかも運命の剣士♂って?!)

さい

第1章

第1話『どうせ朝になれば、目覚めて終わりなんだから。』

「……それ、で」

「そして、その運命の剣士は、私の前に現れた」

 ……ちょっと待て、それって……


「貴方ですよ、運命の剣士ヴィアス」


 ◆ ◆ ◆


 流れが見える。

 どこへ行くの?

 ただひたすらに流れていく。

 その先に、何があるの?

 どうして流れていくの?

 私は、どこにいるの?




 気が付くと、馬に乗っていた。

 なかなか慣れた手つき。ほとんど黒だが、光線の加減によって緑色の光沢を持つ深い色の馬。綺麗なたてがみ。


 馬上からの眺めは高く乾燥した土地の遙か彼方までが望める。所々にブッシュが茂っている。でもほとんどは小振りの岩が転がる砂漠地帯だ。

 馬はそんな地面をなめらかに走っている。


 乾燥した風。砂埃を巻き上げる。空はどこまでも青く澄み切っていた。

 遠くに集落が見える。低い建物。アフリカかどこかの集落に似ている。そこへ向かっているのだ。


――― そこへ?

――― それって、私が向かってるって言うの?

――― 私……私?!


 手綱を握る手を見る。細いながらしっかりした骨格、綺麗な手。しかし、


――― 男の手……だよね、コレ……


 黒い服を着ている。ただ普段身につけているような洋服とは言えないデザイン。布を巻き付けたような、それでいて洋服らしき部分もあるような……


――― これは……私の手? って言うか……


 もう一度、前方を望む。


――― ここ、どこ?




 馬だけが、その意志を持って集落へ向かっていく。

 馬になんか乗れないはずなのに。よくわかんないけど、とにかくこれは夢なんだ。だいたい私はこんな手してないし、こんな世界に住んでもいないんだし。

 でも夢だとしたら結構凝ってるなぁ……最近私どんな本読んだんだっけ?


 遠くに見えていた集落がだんだん近づいてくる。

 ふと視線を落とすと、黒く長い髪がその頬をくすぐる。

 すごい長い髪……いいなぁ。でも私の髪は太くて多いから長くすると地獄を見るんだよね……夢でもちょっと嬉しいかな、この髪……でもこの手、男だよねぇ……?


 その手をかざして目線を逸らした瞬間、馬が激しくいなないて前足を高く上げた。

「うわっ!」

 突然の事ながら上手くバランスを取り、馬をなだめる。その前方に少女がうずくまっているのが見えた。とっさに馬を飛び降り少女に駆け寄った。

「大丈夫か?!」

 声を掛ける自分の声に驚いた。


 ああ、コレは間違いなく男の声だ……もう、開き直った方がよさそう……

 そりゃ私の性格は男っぽいし、今までだって何度も男に生まれそこなったとか言われたけどさ。夢で男になったことだって初めてじゃないんだし。どうせ朝になれば目覚めて終わりなんだから。


「……んー」

 少女は何とか目を開けた。足から少し血が出ているが見たところ重傷ではなさそう。

「あしが、いたい……」

 そう言って少女は顔を上げた。


 うそ……未畝みほじゃん……


 いや、顔かたちは全く違っていた。

 第一、未畝みほはクラスメイトなのだから、こんな年の差があるわけない。って言うか、何で未畝みほなの。


 年は五、六歳くらい、緩いウェーブのかかった長く明るい茶色の髪、大きな瞳。うっすらとピンク色がかった頬に、細い手足。


「お兄ちゃん、どこからきたの?」

 え? 聞いてなかった。未畝みほって事にも驚いたけど、じゅうぶん美少女なのだ。

「ごめん、何? ああ、足が痛いんだったら送っていくよ」

「お兄ちゃん、どこからきたの?」

 ……それはこっちが聞きたい。

「遠くだよ」

「ふぅーん」

 少女は腑に落ちないと言った顔をしながら、それ以上は聞いてこなかった。

「私、ティアル」

 少女は転がるようなかわいい声で名乗った。少女を抱き上げて、馬へ乗せる。

 ティアルって言うのか、じゃ未畝みほじゃないのかな?


 いや、絶対未畝みほだ。確信がある。なぜって言われるとわからないけど、これは私の夢なんだから、私に都合良くできててもおかしくない。


「お兄ちゃんは?」

「俺は……」

 俺。自然と出てくる言葉。私の意志だけど、フィルター通してしゃべってるみたい。

 私の、名前。名前は―――――


―――― ヴィアス


 心に響く声。ヴィアス……

「俺は、ヴィアス」

 これが私の名前……この世界での、私の名前なんだ。

 どんな話なのかまだ何もわかんないけど、夢ならね、楽しまないと。


 楽観的にそう考えて、ティアルを乗せ、とりあえず向かっていた集落へと馬を走らせた。




 集落は活気があった。

 遠くで見ていると寂れた集落に見えたのだが、近づいて見るとかなり大きく、集落というよりは立派な街だった。


 外側に城壁のように壁が張り巡らされ、その壁にはいくつか門のようなものがあり、その脇に『ドゥランゴ』と読める字があった。

 しかし中へ入るのには何の障害もない。立ち寄る人は、歓迎ということかな。


 活気にあふれるメインストリートを、ティアルを乗せたままの馬を引きながら歩く。砂漠の真ん中でこんなに色んな物が揃っているなんて。野菜や果物を売る店、肉を売る店、屋台も出ている。


 ふと果物を売る女性の前に立つと「おいしいよ、食べてみな」と、オレンジ色の果物を渡された。一口囓ると思ったよりみずみずしく、味はマスカットに似ていた。


「お兄さん、いい男だからサービスさ」

 いい男なのか……お世辞かな。って、遊んでる場合じゃなかった。

「この辺に、診療所ってあるかな?」

「医者かい? ああ、それならこの先の十字路を右に行った所にあるよ」

「ありがとう」


 十字路を折れると前方に看板見えた。その下に「診療所」とある。

 ……いや、そう読める。やっぱり夢だな。だいたいあれ、ミミズがのたくったようなモノが文字として認識できる所がめちゃめちゃ怪しい。


 そういえばさっき街の名前ちゃんと読めたよね……「ほんやくこんにゃく」食べたらこんな感じなのかな。


 診療所の前に馬を繋いでからティアルを下ろした。

 ……やばい、私お金持ってないよ。診療所なんだからお金取るよねぇ……ティアルに払わせる訳にはいかないし。どうしよう……


 ティアルが不思議そうな顔でのぞき込んだ。まぁ、何とかなるか。どうせ夢だ。

「ほら、入んな」

 建物内は思ったより涼しく、心地よい風が窓から入ってきていた。


 入り口を入ったすぐは待合い室のようだった。粗末な椅子が数脚置いてある。その向こうに扉ではなく、カーテンが掛かっている別の部屋へ続く入口がある。

 向こうからは緩やかな風が流れているらしく、カーテンはこちらの部屋へ膨らんではためいていた。


「お入りなさい」

 カーテンの向こうから声がした。男の声だが、澄んだ響き。線の細そうな印象。向こうは診察室なんだ。それじゃ医者の声なのか。

 ティアルを伴って、自らそのカーテンを開いた。そこに彼がいた。


 驚くほどの美形。

 青系の色にまとめられた衣服はどことなく中国の昔の衣装に似てる。その上にも何枚も布を巻き付けていたりして、袖口や裾からは綺麗な薄い布が覗いていた。

 そして硝子玉の繋がったネックレスが何重にも胸元を飾り、腕にも同じ様な硝子玉のブレスレットをいくつもつけていた。


 何より驚いたのは、その髪。美しい銀色の髪は、真っ直ぐに伸びて彼の座っている椅子を越えて、床に長く長く落ちているのだ。

 髪には石やガラスで作られた綺麗な飾りが散りばめられている。長い髪は途中布で押さえられていて、ゆったりと一つにまとめられていた。


 何でそんなに伸ばしたんだろ。その髪をまじまじと眺めていて、ふと彼と視線が合った。大きく青い瞳、長いまつげ。すっきりとした鼻筋にうっすらと紅を差したような唇。色白の肌。


 すごい綺麗な人……女の人でもこんな綺麗な人、そうそういないよ……こんな人いるんだなぁ……彼の瞳は少し潤んで真っ直ぐに私を見つめていた。何か言いたげな瞳。


 って言うか、目が合ってる! 自分!


 慌てて目をそらす。顔が紅潮するのがわかる。

 ああー、何をまじまじと観察しちゃったんだろ、恥ずかしい……


「あ、あの、この子が怪我しちゃって……見て貰えるか?」

「ああ、はい」

 彼はティアルの足を少し見て、それから手をかざした。

 ……何やってんの?

 彼の手から暖かそうな光があふれる。その光がティアルの怪我を覆い始めた。


 もしかして、魔法?! うわ、魔法が使える世界なんだ! めちゃめちゃファンタジーじゃん。私でもできるのかな?


「はい、終わりましたよ」

「ありがとう」

 ティアルはその処方に動じる風でもない。そうか、魔法は当たり前なんだ。これがこの世界での医療なんだな。

「では、次は貴方ですね」

 彼はそう言って私に向き直った。そしてティアルに待合いで待っているように伝えた。


「え? いや俺は別に……」

「知らなければならない事があります」


 知らなければならない事? ……まぁ、夢にしては内容がいまいち把握できてない所はあるけど。でも夢ってそんなもんだし。

「どう言う事だ?」

「まぁ、お座り下さい」

 促されて彼の向かいに座る。目線が同じ高さになる。うわ、赤面……そんな綺麗な顔で見ないでよ、恥ずかしい。

 さり気なく目線を逸らす。


「私はこうやって魔法を使い医者としてこの街に住んでいますが、本当は魔主の命によりある人物を捜しているのです」


 ……また、突拍子もない話を……夢あるあるだけど、飛ばしすぎだよ。


「ある人物って?」

「運命の、剣士です」


 ……あー、ありがち。私の想像力もここまでか。


「……よくわかんねぇ」

 多分私は、かなり怪訝な顔をしていたのだろう。軽く笑うと、彼はちょっと体を揺すって椅子に座り直して続けた。


「順にお話ししましょう。この世界『ドノスフィア』には時間を制御する剣と、空間を制御する祭壇があるのです。その剣と祭壇はどこにあるのかはわかっていません。

 しかし、これを悪用してしまった者がいるのです。その意図はわかりませんが、それによってこの世界と、別の世界で少なからず入れ違いが起こってしまったのです」


「入れ違い?」

「交換です。本来ならドノスフィアの住人ではない人間が、ドノスフィアの住人として存在してしまうのです。しかも時間軸さえ安定していない状態ですので、その存在する時間さえ、まちまちに……」


 それは……


「ちょっと待て、あのティアルが俺の知ってる未畝みほだってのと、何か関係があるのか?」

「まさにそれです。彼女は本来なら貴方の世界での住人です」

「……俺の……世界?」

「そうです」


 ちょっと待ってよ、これは夢じゃないの? 私は今、寝ていてこんなファンタジーな夢を見てるんじゃないの?

 混乱する私を見つめながら、彼は冷静な口調で続けた。


「その剣を守護者の元で正さねばなりません。それができるのが運命の剣士です。私は狂ってしまった時間と空間を正すために、その剣士を捜しているのです」


 いや、まだ違う。夢ではないと決まったわけではない。こんな突拍子もない話があるわけがない。


「時間と空間を正すと、どうなるんだ?」

「間違ってこちらの世界に存在してしまった魂は正しく元の世界に戻ります。もちろん他の世界での記憶は残りません」

「ティアルの体に入ってる未畝みほの魂は、このままじゃいけないのか? 未畝みほも、自分が未畝みほだって気づいてないみたいだし……」

「貴方は、自分が自分でない事に気づかなければ、そのままでいいと思いますか?」


 彼の言葉ははっきりとしていて、私の心に突き刺さった。


――― 本当にやりたい事? ないない、そんなマジになるとか。

――― とりあえず大学行って普通に事務? とかでいいじゃん?

――― 生き甲斐とか言ってさー、熱くなるのも鬱陶しいよねー……


 違う、何か違う。

 別に熱くなってるつもりはないんだけど、それはちょっと違うと思うのだ。

 何かを変えたいのに、何かがわからない。

 何かが見えそうなのに、何を見ているのかわからない。

 私は、誰?


「……それ、で」

「そして、その運命の剣士は、私の前に現れた」


 ……ちょっと待て、それって……


「貴方ですよ、運命の剣士ヴィアス」

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