エピローグ
俺の名前は
急な話になるが正直言って俺はこの名前が嫌いだった。
なんでかって?それを話せば長くなるけどまとめるならこの中性的な…というより女子のような名前をいじられて虐められていたから。
でもそれも小中学校まで。
高校生にもなれば名前でいじめられることはなくなった。
まぁ大人になればそんな幼稚なことでいじめる人なんてそうそういない。
かと言って俺が陽キャの人気者になった訳でもない。
人間関係とかその他もろもろめんどくさくなったので高校ではなるべく人と関わらないようにして、数多くいるうちの一人として日常の背景に溶け込んでいった。
それは大学でも同じで今も友達が多い方では無い。
そんな日常でも友達ができないわけじゃないしそこそこ楽しい毎日を過ごしている。
「なぁ乃亜、あの噂知ってるか?」
そう言って顔を近づけてきた彼は俺の数少ない友達である高木だ。
下の名前は分からん。
というのは冗談で本名は
「何?」
「あの隣の学部の『難攻不落の氷姫』」
なんこうふらく……
「難攻不落ねぇ…俺はそうは思わないけどね」
「まぁたしかに、どっかの誰かさんがメロメロになるまでオトしちゃいましたからね」
若干まとわりつくような気持ち悪い視線を送る高木。
なんだよその視線。
「へぇ、そんなすごいやつもいるんだな。いたらぜひ名前を知りたいな」
「お前だよお前」
「へへっ、そんな褒めても何も出ないぞ?」
「こいつ……ぶん殴りてぇ」
ごめんよ、ちょっと嬉しくて舞い上がっちゃっただけなんだよ。
「ちなみにうちの学部のイケメン筆頭の
「おい、どこの誰だ人の彼女に手を出そうとしてる奴は」
「乃亜が公表したくないって言うからこういうことになるんだぞ?」
そう言って高木はジト目を向けてきた。
「いや、それは…その……」
「動揺しすぎだろ」
確かに公表した方がいいのかもな…。
「まぁなんだ?荻野は罰ゲーム的な感じで告白したらしいんだけど振られるとは思ってなかったらしく今はショックで寝込み中らしい」
「そんな軽い気持ちで人の彼女に近づこうとするなんて……許すべからず」
「おいおい、顔が怖いって」
そりゃ怖くもなるだろ。
だってその相手は俺の彼女なんだからな。
「ま、どうせ結姫をその気にさせれる人なんて居ないだろうけどね」
それに、と言って俺は続ける。
「どうせそういう奴らは結姫の名前すらもちゃんと分かってないんだろ?」
「お、よく分かったね。その通り今までチャレンジしてきた男たちは沢山いるらしいけどそのほとんどが連絡先は愚か、名前すら聞けてないんだって」
「やっぱりな」
「ま、あの荻野で無理ならこの大学であの氷姫を落とすことが出来るやつは居ないだろうから安心しな」
そう言って高木は頬杖をついて窓の外に目を向ける。
「というかあいつの授業眠すぎ…」
高木は今講義をしている篠原教授の方を見て少しため息をついた。
「はぁぁ……」
だがその溜息よりも大きなため息が横から聞こえた。
「どうしたんだよ奨吾」
「彼女持ちに囲まれてて辛いです」
あ、そうだった。奨吾はこの3人の中の唯一の彼女無しだった。
「俺も彼女欲しいよぉ」
「いや、奨吾にも絶対できるって!」
「そんな慰めより彼女をくれ!」
「いやほんとに、だって何にせよ奨吾は高1と高3の時甲子園出ただろ?それだけでモテモテだって」
「それは褒めてんのか煽ってんのかどっちなんだい?」
「褒めてる褒めてる」
「でもなぁ、甲子園出ても2回戦負けとかいう微妙な結果だったし甲子園効果はあんまり感じられなかったしなぁ」
「でも高1のときはベスト4までいってたじゃん、しかもスタメンで」
そう、奨吾は高校1年の夏期待の1年生スラッガーとして甲子園に名を轟かせていた。
ホームランも4本打って歴代記録にもあと少しの所まで行っていた。
プロからドラフト上位で取るよと話は来てたものの大学に進学することを決意し志望届も出さなかった。
「プロ行ってたらモテてたのかなぁ」
「そう落ち込むなって、奨吾にも絶対彼女ができる日が来るって」
「そうだね…」
「あ、しかも
「えっ、なんでそれを……」
「ふっふっふっ、結姫のネットワーク舐めちゃあかんよ」
「あ、そういう事ね。あの鈍感乃亜が急にめちゃめちゃ鋭くなったのかと思った」
「それな、あとしれっと彼女自慢するのやめて」
「ふ…2人して酷いっ!」
「おいそこ3人!うるさいぞっ!」
と、3人で盛り上がっていると睡魔の魔術師篠原…じゃなくて篠原教授からお叱りを受けた。
「「「すみませーん!」」」
3人して同じタイミングで同じセリフを言ってしまった。
そして俺たち3人は顔を見合せて、全く同じタイミングで吹き出して笑い出した。
♢♢♢
「なぁなぁ聞いたか?今朝あいつが氷姫見たんだって!」
「へー!いいなぁ!」
今日の講義全てを受け終えて構内を歩いていると1年生らしき男子たちの会話が耳に入った。
それは俺の彼女なんだよ!!と言いたくなる気持ちを抑えてそそくさとその場を後にした。
大学を出て駅までの道のりを歩きながら思考を巡らせる訳でもなくぼんやりとただ歩を進める。
ただ景色をぼんやりと眺めながら歩いているといつの間にか駅に着いたようだった。
そして俺は改札を通り抜けた。
電車で揺られること15分、自宅の最寄り駅に到着した。
「はぁ、暑苦しかったな」
電車の中にいた時は外が丁度見えない位置にいたので雨が降っていたかどうかは分からないのだが人が乗ってくるにつれ湿気が増していったような気がしたので雨が降っているだろうなとは予想していた。
「大雨じゃなければいいな」
一応折り畳み傘は持ってきてはいる。
だが、いくら傘があると言っても大雨は憂鬱だ。
大雨じゃないことを祈りつつ外に出るもその祈りは無惨に砕け散ってしまった。
「あーあ、大雨じゃん」
かと言ってこれしきでタクシーを呼ぶ訳にも行かないので大人しく傘をさして帰ろう。
そう思って傘を取りだした時視界の端にふと天使が舞い降りたように錯覚した。
いや、錯覚ではなかったのかもしれない。
そう思わせるほどに
あぁ、懐かしいな。
俺たちの初めての出会いもこんな日だったっけな。
今となってもやはり彼女の美しさは抜きん出ていた。
「はっ…」
ふと我に返った。
いつまでも思い出に浸ってる場合じゃないな。
彼女が発した次の言葉に記憶の箱を強く刺激された。
「雨、やまないかなぁ」
あぁ、あの時と全く同じだ。
過去の彼女は不安と焦りが表情に浮かんでいた。
でも今は喜びと微かな期待が滲み出ていた。
やっぱり、分かってるんだな。
その瞬間彼女と過ごした過去が脳裏に駆け巡る。
そして俺はまた彼女に声をかける。
あの時の弱い自分ではなく、強くなった自分で。
「あの……」
「なんですか?」
思い切って話しかけると彼女は首を可愛らしく傾げた。
こういうところが世の男子を夢中にさせるんだな、と思いつつ話を続ける。
「傘、ないんですよね」
「まぁ、そうですけど……」
彼女の頬は緩んでいた。
「もし良かったらこれ使ってください」
そう言って俺は右手に持っていた折り畳み傘を彼女に差し出した。
「もしあれだったら捨てても構わないので」
「え、でもそしたらあなたは…」
「俺は大丈夫です、なんていうか雨に当たりたい気分?だったので!」
と言って雨に飛び込むふりをした。
「なんてね、懐かしいね」
「ふふ、そうですね」
あの日の出来事を2人して演じた。
そして今度は2人して笑い合う。
「もうあれから5年か…」
「時の流れは早いですね」
「そうだな」
あの日とは違う関係の2人が横に並んで話す。
それはあの日の俺には想像できなかったことだと思う。
今でも時々思う、あの出会いは本当に奇跡的で運命的なものだったと。
そんな俺達も今では立派な恋人どうしだ。
俺たちは今までも、そしてこれからも2人で歩み続けていくんだろう。
そしてあの日が今の思い出の1ページになっているように、いつしか今日の出来事も思い出の1ページに刻まれるんだと、そう思う。
「じゃあ帰ろっか、結姫」
「そうですね」
5年前とはさらに近くなった2人の影。
そして俺と結姫は歩き出す。
いつしか思い出に変わる今日を精一杯過ごすために。
〜〜〜〜〜〜
こんにちは星宮亜玖愛です!
最後まで読んで頂き本当にありがとうございました!!
正直なことを言うと学校生活や部活動が忙しくて大変な時もありましたが皆さんに応援して頂いたおかげで最後まで書き切る事が出来ました。
最初は毎日投稿を掲げていたのにも関わらず2日に1回、3日に1回、ましてや1週間休むこともあって読者の皆様には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです……。
本当にこの作品は読んでくださった全ての方に支えられて成り立っていた作品でした。
読んでいただいた方々には本当に感謝しかありません!
次作こそ書籍化まで持って行けるように精一杯頑張りますので、皆様ぜひフォローして待機の程よろしくお願いします。
最後になりますが読者の皆様、本当にありがとうございました!!
また次作でお会いしましょう!!
「難攻不落の氷姫」と呼ばれる他校の美少女に傘を渡したらなぜか養ってもらうことになった 星宮 亜玖愛 @Akua_kaku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます