第32話 冷たさと暖かさ、君という光

 次の日、通学路を歩いているとふと私服姿の結姫を見かけた。


 結姫…!外に出れるようになるまで回復したんだな……よかった。


 一時期はどうなることかと思ったけどこうして外を1人で歩けるほど回復したのは本当によかった。


 また結姫と話したりすることができることに喜びを覚えて胸の高まりを微かに感じつつも冷静を装って足取り軽く結姫に近づいた。


「結姫」


 すると結姫は怪訝そうな表情を浮かべてゆっくりと振り返った。


「良くなったのか?」


 話しかけるも返事はない。


 どうしたんだろう…?もしかしてまだ回復しきってないとか……。


 しまった、それなら結姫に配慮しきれてなかった。


「ごめん結姫、急だったよね。ゆっくり話そうか」


 そう再び話しかけるも警戒心を一向に緩めない。


 なんだ?なんか様子がおかしいぞ…?


「結姫?大丈夫か?」


 そう問いかけるとやっと結姫はゆっくりと口を開いた。


「あなた…だれ?」


「………え?」


 今なんて言った?あなた…だれ?って……、結姫に限ってそんな冗談言う子じゃないし……。


 どうして?何が起こってるんだ?


「私あなたのこと知らないのに、どうして私の名前知ってるの?」


 俺のこと…知らない………。


 どうして………?なんで?


「ごめん結姫、何かの冗談?」


「冗談じゃない」


 冗談じゃ…ない………。


 いや、そんなことなどわかっていた。


 結姫の顔を見れば冗談で言ってないことくらいわかっていた。


 でも、確認せざるを得なかった。


 微かな希望を求めて……。


「ごめん結姫…、また出直すよ」


 俺はそう言ってその場を去った。


 そうせざるを得なかったのだ。


 その場にいても、俺の心を抉るだけ。


 まして結姫の心をも傷つけてしまう可能性だってあった。


 結姫から離れたところでポツリと呟く。


「結姫の身に何が起こってるんだ…?」


 俺には正確な答えはわからない。


 でも、仮説はある。


 でもその前に……


♢♢♢


「…ってことがあって」


 昼休み、誰もいない空き教室で高木と奨吾に朝あったことを話した。


「なるほどな……」


「冗談って可能性はないんだよな?」


「うん、あの感じだと冗談だという可能性は皆無だと考えるのが妥当だと思う」


「そうだよなぁ…」


「これはいよいよ深刻なことになってきたな」


 高木と奨吾が揃って頭を抱えた。


「どうしてこうなったのかわかるか?」


 奨吾の問いに俺は答える。


「仮説はある」


「聞かせてくれ」


「おそらく1番の可能性としては解離性健忘かいりせいけんぼうだろう」


「解離性健忘?」


「あぁ、これは精神的ショックに対する自己防衛として自己の同一性を失う…つまり精神的ショックによる記憶喪失だ」


「記憶……喪失………」


「その中でもこのケースは名前には反応してたことから限局性健忘というとある一定期間の記憶が欠落していると言うものだろう」


「限局性…か」


「そうだ、まだ確定したわけじゃないけどその可能性が1番高いだろうな」


「どうすれば治るんだ?薬物療法とか?」


「調べてみたけど高木の言うとおり薬物療法とかもあるが周りの環境を整備して支持してあげるとゆっくりと思い出していくらしい、場合によっては何かきっかけがあれば…とネットには書いてあった」


「そうか……」


「夢咲さんももちろん心配だけどさ、乃亜も大丈夫か?その、最近ずっと顔色も悪いし……」


 俺が…心配?


 そんな顔色悪いかなぁ?


 体は健康なんだけどな。


「大丈夫だよ」


「それならいいんだけどさ?ほら、ずっと夢咲さんに振り向いてもらおうと頑張ってたじゃん?だから余計くるものがあるんじゃないかなって…」


 高木の言うことも最もだ。


 もちろん結姫がこうなってしまって悲しまないわけが無い、辛くないわけが無い。


 だけど1番悲しくて辛いのは結姫だから、俺が支えてあげないといけないんだ。


「大丈夫!もし結姫が俺のことを忘れていたとしてもまた1から出会い直せばいいだけからさ、逆にあの結姫との出会いをもう1回出来るって考えたらいいもんだろ?」


「まぁそうだけど」


「だからお前らはあんま心配すんなって!大丈夫だから」


 そう、大丈夫だから。


 自分に言い聞かせるように心の中で反芻させる。


 また、頑張らなきゃ。


 結姫に支えられてた分、今度は俺が支えてあげなきゃ、そうしなきゃいけないんだ。


♢♢♢


 今日も1人での帰り道、改札を出たところで誰かに袖口を摘まれた。


「…?」


 振り向くとそこには結姫の姿があった。


「どうしたんですか?」


 この結姫は俺の事を知らない、だから俺もあくまで他人として接する。


「あの……、朝はごめんなさい。私、自分の状態をわかってなくて……」


「……というと?」


「さっき病院で知ったんです、私が記憶喪失だってことに」


 一呼吸おいて結姫は続ける。


「朝起きたらこの前まで中学生だったのに見知らぬ制服があるし、なんか体も少し成長してるし……、家族もいないし…一人暮らしだし………よく分からなかったんです。それで家族に連絡したら病院に行った方がいいって言われて、朝は病院に行く途中だったんです」


「そうだったんですね…」


「朝は冷たくあしらっちゃいましたけどよくよく考えたら私が異性で名前呼びを許すのはよほど親しい人なのではないかと思いまして……、よければで良いのですが私たちの関係を教えてもらっても良いですか?」


 視線を逸らし少し頬を朱色に染めながらもじもじと尋ねる結姫は何やら結姫でないような気がして、でも結姫らしさを感じて少し不思議な気持ちになる。


「俺たちの関係…ですか」


「嫌だったら全然良いんですけど…」


「ただの友達、ではなかったですね」


「…!!」


 少し驚いた表情をした結姫は見た目は変わってないはずなのにやけに幼く見えた。


「なら尚更申し訳ないです。前までの私を知ってたと言うことですよね?あなたが求めている夢咲結姫じゃなくてごめんなさい…」


 悲しげに瞳を揺らして頭を下げる結姫を見て申し訳なさが滲み出てくる。


「夢咲さんが謝ることじゃないですよ、実際俺が見ていたのは夢咲結姫という外側じゃなくて夢咲結姫という1人の少女ですから」


 つい先日までタメ口で名前呼びで仲の良かった好きな子とこうして話すのは違和感しかない。


 でもそうした方が結姫のためになるから…。


「ごめんなさいね、よく分からなかったですよね」


「いえ、あなたが伝えたいことは伝わったと思います!だから…その、もしよければお友達から始めませんか?」


「ふふ、そうですね。ちょうど俺も今それを言おうと思っていたところですよ」


 やっぱり俺たちは気が合う、そんな気がしてならない。


 前までの結姫ももちろん恋しい。


 でも今の結姫にはあの時間の記憶なんていらない、なくて良いんだ。


 だからこうして俺が結姫と新たな関係を築けば良いんだ。


「ではまずタメ口で話しても良いですか?」


「良いですけど…」


「あぁ大丈夫、夢咲さんがタメ口で喋れないことは知っているよ」


「どうして…」


「それは…まだ秘密かな」


 そう言って俺はふっと小さく笑む。


 それと同時に少し悲しげな風が頬を冷たく叩く。


 それは俺の心を映し取った鏡模様だったのかもしれない。


 でも、彼女結姫といるとどこか暖かさに包まれてそれも心地よく感じる。


 あぁ、そうだよな、そうなんだよな。


 どう足掻いてもこの気持ちだけは変わらない、やっぱり俺は夢咲結姫という1人の少女、、、、、、、、、、、、がたまらなく大好きだ。

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