第8話 今はまだ……
家に帰ってから少しだらだらとしているとチャイムがなって客人の来訪を告げた。
それと同時に俺はソファから起き上がり直ぐに玄関へ向かう。
「よ、さっきぶり」
「ええ、先程ぶりですね」
玄関を開けた先にいたのは手提げバックを抱えた結姫。
俺は結姫の持っていたバックを持つと中へ招き入れた。
「今日は何を作るんだ?」
「今日はちょっと気合を入れて揚げ物にしてみようかなと」
「おお揚げ物!久しく食べてなかったからなぁ…楽しみだ」
「ふふ、ご期待に添えるよう尽力しますね」
結姫は俺の言葉に優しい笑顔で答えてみせた。
♢♢♢
「うおおぉぉお!!美味そう!!」
目の前に盛り付けられた数々の揚げ物を前にそう叫ばずには居られなかった。
結姫のご飯は味はもちろんのことだが見た目もすこぶる良いのだ。
「そんなに喜んでくれるとは…」
「やっぱり結姫は凄いなぁ」
素直に感嘆が漏れる。
幾ら二人分とはいえ手の込んだ料理をするとなれば大変なものだろう。
でも結姫はそれを簡単にやってのけるのだ。
驚き褒めない訳にはいかないのだ。
「では食べましょうか」
「そうだな」
「「いただきます」」
2人して手を合わせて言った後に箸で盛り付けられた唐揚げに手を出す。
口の近くまで持ってくると香ばしい香りが鼻を通り抜ける。
そして口の中に持ってくると、とろけるようなジューシーな肉汁と程よく覆われた衣によってより美味さが引き立てられていた。
「美味しい、美味しいよ結姫!」
「そうですか、そこまで褒めて貰えると頑張って作った甲斐がありましたね」
唐揚げのジューシーさが失われない内に白米を口にかきこんだ。
「ん〜、本当に美味しい」
ピンポーン
俺がそう呟いたと同時に部屋のインターホンが鳴った。
「こんな時間に珍しい」
「どなたでしょうね?」
俺の家を知ってる人なんて限られた人物だけだと思うけど……
疑問を抱えつつも玄関へと赴く。
そして意を決し扉を開いた。
「こんばんはー」
「ええ、こんばんは」
扉の先にいたのは年上のお姉さんだった。
目頭の下あたりに泣きぼくろがあってより一層お姉さん感が増していた。
「うちになんの用でしょうか…?」
「少し妹のことについて聞きたくてね」
「妹…?」
「ええ、夢咲結姫って言うの」
「夢咲……え?」
「乃亜くん大丈夫ですかー……ってすず姉!?」
「あ、こんなとこにいたの?」
「こんなとこにって…すず姉こそなんで…?」
「なんでって、ゆーちゃんの事探してたんだよ?」
妹…すず"姉"…ゆーちゃん…………
突然某無○空処を食らったかのように思考が停止する。
「えっと……おふたりはどういうご関係で?」
「ん〜、姉妹?」
「姉妹と言うよりは姉妹に近い友達ですね」
ふ〜ん?
「すずはあなた達の関係の方が聞きたいな」
「俺たちの関係……」
お互い顔を見合せて困った表情を浮かべる。
そしてどちらともなくお姉さんの方に向き直ると少し苦笑してから言う。
「「お礼の関係……?」」
「お礼……?ふふっ、何それ変なの」
そう言うとお姉さんは可笑しそうにお腹を押えながら笑い始める。
「ちょっと、すず姉そこそんなに笑うとこ…!?」
「へへへ、ちょっとおかしくて」
「えーと、とりあえず中入りますか?」
「そうだね、そうさせてもらおうかな」
いつまでも玄関口で話す訳にも行かないのでとりあえず家の中に招き入れることにした。
「あ、もしかしてご飯中だった?」
「まぁ、はい」
「ごめんねー、こんな時間にお邪魔しちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ちなみに君の名前はなんて言うの?」
「俺は双葉乃亜って言います」
「乃亜くん…すずの名前は
「はい、よろしくお願いします」
見た目的に大学生くらいだろうか、金髪で長めの髪、少し巻いているのか大人らしさが垣間見える。
「大学生…ですか?」
「うん、大学2年生だよ」
「じゃあ俺と4つ違いですね」
「そうだねー」
年上のお姉さんと関わる機会が皆無だったのでこれはこれで新鮮味がある。
「ちなみに今日はどう言ったご要件で?」
「久しぶりにこっちの方戻ってきたからゆーちゃんに会おうと思ったらたまたま乃亜くんと歩いているところを目撃しちゃってね」
「なるほど…」
「特に用がある訳じゃないの」
「そうなんですね、まぁゆっくりしてってください」
「うん、ありがとう」
そう言い残して俺はお茶を入れに席を外した。
♢♢♢
「それで〜?乃亜くんは彼氏?」
乃亜くんがお茶を入れにいなくなったあとすず姉はニヤニヤとした表情を浮かべて尋ねてきた。
「へ?い…いや、彼氏とかじゃないよ」
「じゃあゆーちゃんにとって乃亜くんはどういう存在なの?」
咄嗟に否定したけどさらに鋭い質問がすず姉の口から発された。
「どういう……」
「ふふっ、ゆーちゃんにこの質問は難しかったかな?」
すず姉のその言葉に私はこくりと頷く。
「じゃあ質問を変えるね、ゆーちゃんは乃亜くんのことが好き?」
「…っ!」
"好き"、その単語に妙に胸が高なってしまう。
自分の本当の気持ちは私が1番わかっているはずなのに。
でも、この気持ちは1番初めは乃亜くんに伝えるべきだと分かっているから。
「好き、じゃないよ。ただの友達だよ」
「ふ〜ん?まぁそういうことにしといてあげる」
隠していてもすず姉には伝わっているのかもしれないな。
「すず姉は好きな人いるから私のこの気持ちも分かっちゃうよね」
「ふふっ、まぁねー」
「渚沙くんとは上手くいってる?」
「まぁぼちぼちかな。ずっと会えてなかったからさ、今はその寂しさを埋めてる感じ?」
「そうなんだ」
好きな人を好きと言えるすず姉が少し羨ましく感じた。
私もいつか好きって堂々と言える日が来るのかな……
♢♢♢
「好き、じゃないよ。ただの友達だよ」
扉越しに聞こえたその言葉に思わず用意したお茶を落としそうになる。
「好きじゃない……」
本当は分かっていたはずなんだ、ただのお礼の関係だって、あの氷姫が俺なんかになびくはずないって。
でもこの3日間結姫と一緒に過ごしているうちに抱いてしまったんだ、もしかしたら、もしかしたら俺の事を好きなんじゃないかって。
ありもしない希望を持ってしまった自分が情けなくて辛い。
「あぁ、あの時もそうだったな…」
そう思い俺は過去を思い返す。
自分の無力さに情けなくなくて辛くなったあの日。
確かあれは春だったか——
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