第9話 在りし日の思い出

♦︎♦︎♦︎


「のあくん!今日お家行ってもいいですか?」


「うん!おれもゆーちゃん誘おうと思ってたところ」


 青空広がる晴天の下で小学生の男女の言葉が響く。


 どちらからともなく遊ぶ約束をした2人は満足そうに笑顔を浮かべていた。


 のあくん、と呼ばれる男の子とゆーちゃん、と呼ばれる女の子はお互いがお互いのことを好いていた。


 言い出せなくとも幸せな日々、そんな毎日だった。


 こんな毎日がずっと続けばいいと、そう思っていた。


 でも幸せにも時効はあって永遠には続かない、そんなことを教えてくれたのは他ならぬ自分自身だった。


「いらっしゃいゆーちゃん」


「こんにちはのあお母さん!」


「ええこんにちは、ゆーちゃんは挨拶がしっかりできて偉い子ねぇ」


「えへへ、ありがとうございます!」


 少し照れながらも感謝を口にするゆーちゃん。


「じゃあゲームしてくるね」


「はーい、目は離してやるのよー?」


「わかったー!」


 元気よく返事をした乃亜は部屋に向かって駆け出していった。


♢♢♢


「くっそー、ゆーちゃん強すぎ」


「練習してますので」


 そう言って無い胸を張るゆーちゃん。


「くぅー、勝ててたのも最初までか」


 ゆーちゃんがルールもよくわかってない時期には乃亜が圧倒していたものの今となってはその関係の真逆。


 ゆーちゃんが強いのは物覚えがいいのもあるのだろう。


「もう5時だし今日は終わりにするか」


「そうですね」


 ゆーちゃんは少し寂しそうな顔をしてから帰る準備を始めた。


「ゆーちゃん今日もありがとうねー、気をつけて帰るのよ」


「はい!こちらこそです!さようなら」


「じゃあ送ってくるわー」


「はーい、乃亜も気をつけるのよ」


「分かってるってー」


 少し過保護な母に照れながらも返事をする。


 友達が少なかった乃亜にとってはこれが日常だった。


 そんな日常がこのまま続くと思っていた。


♢♢♢


「転校……?」


 ある日の放課後、帰宅途中にゆーちゃんが転校すると乃亜に打ち明けた。


「はい……、私の両親が転勤になってしまって…」


「そっ、か……それならしょうがないよ」


 うんうん、と自分に言い聞かせるように乃亜は頷く。


「でも、私は嫌です……」


 乃亜にもゆーちゃんの気持ちが痛いほど分かった。


 乃亜だってゆーちゃんと離れ離れになりたくなかったから。


 でも、それでも自分が納得するように言い訳しないと今にも感情が崩れ落ちてしまいそうだから。


「私は、のあくんと一緒にいたいです……!」


 大粒の涙を目にうかべながらゆーちゃんは言う。


「だから私はしょうがないなんて思いたくないんです……。できることならのあくんと一緒にいたい……」


「俺だって……俺だってそうだ!こんな突然の事で理解が追いついてないし、追いつかないで欲しい……。ゆーちゃんと…ゆーちゃんと離れ離れになりたくないよ!!」


 2人ともボロ泣きになりながらお互い訴えかける。


「離れたくないのは、私がのあくんを好きだからです」


 その言葉に乃亜の鼓動は早くなる。


 だがそれと同時に恐ろしさも感じてしまった。


 自分の気持ちをゆーちゃんに伝えてしまったら離れ離れになるのがさらに辛いものになってしまうのではないかと、そう思ってしまった。


「俺も……俺も………、ごめんゆーちゃん、やっぱり今日もうは1人にさせて」


「え…なんで」


「ごめんっ!」


 そう言ってから乃亜は駆け出した。


 後ろでゆーちゃんの悲しげな声が聞こえる。


 それでも乃亜は走り続ける。


 それが自分にとっては最も辛い選択でも、それがゆーちゃんにとっては少し軽いものになるかもしれないから。


 今はそれが不正解だとしても、いつか必ず正解にしてみせると、そう思っていたから。


♢♢♢


 結局その後ゆーちゃんがここを旅立つまで学校には行かなかった。


 正確には行けなかったという表現の方が正しいのかもしれない。


 こんな情けない自分をゆーちゃんに見せる訳には行かなかったから。


 お見送りの日くらいは行きたい気持ちが強かった。


 それでも乃亜の足は動かなかった。


 ただただ焦燥感にかられ、自分の情けなさを恨み続けた。


 その後はいじめられていたこともあって直ぐに転校し、親の仕事の影響で再び海外に行くことになった。


 転校しようが海外に行こうがいついかなる時でもあの時の後悔はついてまわった。


 その時辛かった心の傷が癒えることはなかった。


 たとえそれが悪手だったとしても想いを伝えておけば良かったのではないかと。


 いつまで経っても後悔が消えることは無かった。


 その代わり、また会いたい、一緒に過ごしたい。


 そんな感情が大きくなっていった。


 それがたとえ叶わない願いだろうと、自分の無力さに情けなくて辛かったあの時のやり直しをしたいと、そう強く願うようになって行ったのだ。


♦︎♦︎♦︎

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