第6話 君に気づいてほしいから

「すげぇ」


 俺は目の前に運ばれてきたパフェを前にして簡単の声を漏らす。


「めっちゃ綺麗じゃん」


「わぁ!美味しそうです」


 美しく映えるそのパフェを前に結姫は満面の笑みを浮かべていた。


「ついてきてくれてありがとうございます」


「いや、こっちこそありがとな」


「実は私友達とこういうことしたことなくて…だから、こういう時間が特別に感じるんです」


 特別、それが俺だけに向けられた言葉だったらどれほど嬉しかったことか。


 でも結姫の言う特別、というのは決して俺じゃなくても良かったはずだ。


 だから…


「でもその特別な時間も乃亜くんと一緒だから特別って感じるんです」


「…え」


「だから、感謝してるんです」


「そっ、か…」


 結姫の口から出た言葉は思いもよらないものだった。


 でもその事実が嬉しくてたまらなかった。


 それがたとえ形式上のものだとしても、数多く溢れる日常の会話の何気ない一言だったとしても構わない。


 その事実だけが、たまらなく嬉しかった。


「ありがとうな」


 俺がそう感謝を伝えると少し照れたようにこちらこそ、と言った。


 そんな結姫を見てありもしない希望を抱いてしまうのは野暮だろうか。


「ん〜!おいしい!」


 そんな俺の思いとはよそに結姫は美味しそうにパフェを頬張る。


「今はこのままでいいのかもな」


「ん?なんか言いました?」


「いや、何でもないよ」


 今はまだこのままで…いや、このまま"が"いい。


 そう思うくらい今のこの関係が心地よかった。


♢♢♢


「ふぅー!いっぱい食べましたね」


「そうだな」


 俺たちはパフェを堪能したあとゆっくりと歩きながら話していた。


「次は服屋?だっけ」


「はい、私かわいい服ってあんまり持ってなくて…だから可愛いのも買いたいなって」


 そう言う結姫は少し大きめの緑のVネックセーターに同系色のスカートを着ていた。


「その服も充分可愛いけどな」


「か…可愛いですか?」


「もちろん、結姫は元がいいから何着ても似合いそうだな」


「そ…そんなに褒めたって何も出ませんよ?」


「いや、本音だから」


「まーたそうやってすぐ…」


 ふと後ろを見ると猛スピードの自転車が迫ってきていた。


「危なっ」


 結姫を抱き寄せてギリギリのところで回避した。


「えっ?」


「ったく、歩道でそんなスピード出すなよ…」


「ちょ…ちょっと近いかも…です……」


 通り過ぎて行った自転車を睨んでいたら腕の中から声が聞こえた。


 腕の中を見ると結姫が恥ずかしそうに顔をうずめていた。


「ご…ごめん」


 慌てて結姫を話すも時すでに遅し、顔を真っ赤にしている結姫が目に入った。


 こんな大勢の人が行き交う公共の場で抱きしめられるなんて恥ずかしくて嫌に決まってる。


 それがイケメンならいいものの相手は俺。


 嫌じゃないわけが無いのだ。


「ごめん、嫌だったよね。これからは気をつける」


「気をつけなくていいです…嫌じゃ、なかったので」


「…え?」


「あー!何でもないです!今のなし!なしです!記憶から消去してください!!」


 何やら結姫が慌てているが正直なところ大して聞き取れていなかった。


「さぁ服買いに行きましょう!ね?」


「わ…分かった」


 少し強引な結姫に半ば引きずられるような形で服屋に連れていかれるのだった。


♢♢♢


「では彼氏さんはこちらでお待ちください」


 服屋で店員さんが何気なく発したその一言に固まる。


「じゃあ待っててくださいね」


 正確にはその後に結姫がそれを否定しなかったことに固まっている。


「うん」


 極めて思考能力が低下している俺にはそう返すのが精一杯だった。


 周りから見たら俺と結姫は恋人に見えるのか?いや、形式的なものなのか……それとも……


 終着点のない思考がぐるぐると脳内を駆け巡る。


 だがそんな思考も次の瞬間には吹き飛んでいた。


「お待たせしました、どうですか?乃亜くん」


「可愛い……」


 うっかりそんな言葉が漏れてしまうほど彼女は綺麗に見えた。


 白のカジュアルドレスに身を包んだ結姫はトップモデルと言われても疑わないだろう。


 それほど綺麗だったのだ。


「そうですか?嬉しいですね」


 恐らく結姫はそれがお世辞だとしか捉えていないのだろう。


 でもそれは違う。


「すごく似合ってる。可愛いよ、結姫」


「え?あ…う、嬉しいです」


「うん、綺麗だ」


 だんだんと頬を染めていく結姫。


「もう、乃亜くんは簡単にそういう言葉が言えちゃうのずるいです……」


 すると言いすぎたのか結姫はそっぽを向いてしまった。


「私も乃亜くんみたいになりたいです」


 結姫がふと呟いた。


 その横顔はどこか憂いを帯びたような儚げな雰囲気をまとっているようにも感じる。


「俺なんかになっても…」


「そう自分を卑下しないでください」


 結姫は正面に向き直って話し始める。


「困ってる人が居たらすぐ助けに行くお人好しすぎるとことか、ぼーっとしてるように見えて実はよく周りが見えてるとことか、自分の思ったことを正直に言えるとことか……私は乃亜くんの生き方が好きです」


「結姫…」


「そんな生き方をしてみたいなって、つくづく思うんです。自分に嘘をつかずに、正直に生きたいって」


 そこで結姫は1呼吸置いてからまた話し始める。


「だから、羨ましいんですよ」


 そこで結姫は微笑んでみせた。


 その笑顔には俺には計り知れないような色んな意味がこもっているような気がした。


「せっかく乃亜くんと出会えたことですし私も頑張ってみることにします。それに…」


「……?」


「やっぱり何でもないです、こればかりは自分でなんとかしなければいけないことなので」


「そうか、無理せず程々にな」


「はい、辛くなったら乃亜くんに精一杯甘えますので」


「あぁ、そうしてくれ」


 そう言うと結姫は嬉しそうにして試着室に戻っていった。


♢♢♢


「ちょっと高かったけど結局買っちゃいました」


「いいんじゃないか?すごく似合っていたしな」


「乃亜くんのベタ褒めが決め手でしたね」


「実際可愛かったしな」


「もう、そうやって乃亜くんはまた……」


「ははっ、ごめんごめん」


「別に褒められるのが嫌いなわけじゃないので謝らないでください」


 何故か怒っている結姫。


 頬を膨らませて怒っているその姿もすごく可愛い。


「今日は楽しかったな」


「はい、私もです」


「明日から学校だから会える時間が短くなるな」


「はい…」


 学校が違うのでもちろんのこと土日よりは格段に会える時間が少なくなる。


 しょうがない事なのだが寂しい気持ちには嘘はつけない。


「あの、もし良ければ一緒に帰りませんか?」


「え?いいのか?」


「はい」


「じゃあ一緒に帰ろう」


「はい!」


 学校の人達にバレないかという心配はあるがそれを覆い隠すくらい今の俺には魅力的な提案だった。


 明日からの毎日は今までよりもずっと楽しくなりそうな、そんな予感がした。


♢♢♢


「おいあれ」


「あ、本当だ!」


「氷姫と……誰だあいつ?」


「氷姫の隣にイケメンが並んでやがる……クソっ、羨ましい」


「とりあえずみんなに報告しようぜ」


「そうだな」


「あのイケメンの正体絶対暴いてやる」

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