第3話 お礼の気持ちも嘘で着飾る

「夢咲……さん?」


「やっぱり悪化しちゃってますね」


「どうしてここに…」


「まぁまぁ、とりあえずベットに横になっててください。入りますね?」


 そう言うと夢咲さんは俺の家に上がってきた。


「お邪魔します」


「え?ちょっ、汚いから…」


「大丈夫です、とにかく休んでいてくださいね」


 何も大丈夫じゃないんだけど……


 女の子を家にあげるには汚すぎる部屋だ。


 さすがに恥ずかしいどころか申し訳ない気持ちになる。


「市販の薬も買ってきたのでそれ飲んで寝てください。アレルギーとかありませんよね?」


「ないけど……」


「じゃあこれ飲んで休んでください」


 夢咲さんは水と錠剤2錠を差し出してきた。


 大人しくそれは飲んだがいくらなんでも寝る訳にはいかない。


「ほら、ベットに横になってください。ずっとそのままだと治るものも治りませんよー」


「そうだけど……」


「勝手に人の家あがっといてなんだって思うかもしれませんがこれは私なりのお礼ですので」


「…そっか、ごめん」


「そこはごめんじゃなくてありがとうの方がいいと思いますよ?女の子に好かれるテクニックです!」


 得意げに話す夢咲さんを見て俺は少し笑みをこぼす。


「そっか、ありがとう」


「いえいえ、それじゃあおやすみなさい」


 そう言うと夢咲さんは俺の部屋から出ていった——


♢♦︎♢


「……て、…きて、起きてください!」


「んぁ……?」


「ご飯できましたよ」


「ご飯……?」


「もう、まーだ寝ぼけてるんですか?」


 俺はまだ重たい目をこすって起き上がる。


「夢咲…さん?」


「ふふ、いつの呼び方してるんですか」


「え?」


「いつも通り結姫って言ってくださいよー」


「ゆう…ひ……?」


「はい、おはようございます乃亜くん」


「おはよう……」


「ご飯できてるから着替えたらすぐ来てくださいね?」


 ご飯?下の名前呼び?起こしに来た……?


 どういうことだよ……。


「お、やっと来たました!早く食べましょう」


 引っかかるところが沢山あったがとりあえず大人しく着替えてリビングに行くことにした。


 部屋は俺の部屋の通りでリビングもそのまんまだった。


「うん…」


「どうしたんですか?まだ寝ぼけてるんですか?」


「……結姫にとって俺はどんな存在なの?」


「え、何ですか、急に…」


 一足先に椅子に座っていた結姫に怪訝そうな目で見られる。


「ちょっと、気になって」


「決まってるじゃないですか、たった1人の大切な人ですよ」


「大切な……」


「ふふ、まだ寝ぼけてるんですか?」


「つまりそれは結婚……」


「ちょ、ちょっと気が早いですよ…」


 しまった。つい口走ってしまった。


 でも俺の言葉を聞いて顔を赤らめている夢咲さんも可愛いな。


「私たちは恋人なんですから」


 ね?と言って同意を促してくる。


 その動作一つ一つが可愛らしい。


「そっか、そうだったな」


 全てを思い出した。


 今までの出来事も、結姫と歩んできたこの6年間も。


 そして今日、想いを伝えようとしてたことも。


「ねぇ結姫」


「なんですか?」


「俺と…俺と……!」


♢♦︎♢


「けっこんしてください………」


「え…?」


 そこで目が覚めた。


 ベットから飛び起きるとそこには結姫がいた。


「結姫……」


「……え??」


 やばい、やってしまった。


 夢の流れで下の名前で呼んでしまった。


 あれはやっぱり夢だったんだ。


 少し恥ずかしい夢を見てしまったな。


 俺が夢咲さんと付き合えるわけないのに。


「ご…ごめん、気安く下の名前で…」


「いや、別にいいですよ」


 それよりも、と言って彼女は頬を赤らめた。


「いや、なんでもないです」


「……?」


 どうしたんだろう?


 それよりも、今サラッと下の名前呼び許可されなかった?


「え、それよりも下の名前で呼んでいいの?」


「いいですよ、双葉さんなら」


 双葉さんなら、そのセリフに妙に胸が高鳴ってしまう。


 そんなことを言われたらただのお礼の関係と言われても欲張ってしまう。


「…れも、俺も出来れば下の名前で呼んで欲しいかも……」


「いいんですか?」


「うん…」


「ありがとうございます、乃亜くん」


 さっきまで赤かった結姫の頬はいつの間にか元に戻っており、それに反比例するように俺の顔が段々と熱くなってくる。


 結姫とはただ少しの関係だったとしても、今俺はこの1瞬1秒を大切にしたい。


 そう思ってしまうほどに、夢咲結姫という女性を魅力的に感じてしまうのだ。


「あれ?顔赤いですね……まだ熱があるのでしょうか?」


 そう言って結姫は俺の額に手を伸ばしてきた。


 なんの抵抗もなく差し出されたその手は俺の肌と触れ合った。


 少し柔らかくて小さい彼女の手は無性に守ってあげたいという欲を掻き立てられた。


「でもさっきよりは大丈夫そうですね」


 良かった、と胸を撫で下ろす結姫。


「良ければお粥作ったので食べませんか?」


「お粥……食べたい」


「ふふ、じゃあ今持ってきますね」


 すると結姫は気分が良さそうに部屋を後にした。


 ふと時間が気になって手元のスマホで確認すると時刻は既に19時を回っていた。


 妹さん、大丈夫なのかな。


 俺の看病をするがために申し訳ないことをさせてしまったな。


「入りますね」


「うん」


 少し経つと結姫がお粥を持ってきてくれた。


「おぉ、美味しそう」


 結姫が持ってきてくれたのは定番の卵がゆだった。


 いくら定番と言えども作るのは手間がかかる。


 この状態だとご飯もまともに買いに行けなかったから大変助かった。


「いただきます」


「どうぞめしあがってください」


「ん!美味しい!」


 ひと口口に入れた瞬間程よい塩味と口の中に広がる優しい卵の味でいっぱいになった。


 それはいつしか母が作ってくれた卵がゆの味にすごく似ていた。


「美味しい…美味しいよ」


「ふふ、ありがとうございます。ゆっくり食べてくださいね」


「うん、ありがとう」


 そう言って結姫は俺が食べ終わるまでそばで見守っててくれた。


♢♢♢


「美味しかった、ご馳走様でした」


「良かった…実は私料理の腕にはちょっと自信があるんです」


 なるほどな、やけに美味しいわけだ。


「今日はありがとう、本当に助かったよ」


「いえいえ、お互い様です」


「そういえば妹さんは大丈夫なの?」


「はい、今日は母が実家に連れて行っているので実は私一人なんです」


「そうだったんだ」


「元々は高校生になってから私一人暮らしだったんですが、両親が旅行するからって言って1週間だけ妹と一緒に過ごしてたんです」


「じゃあ明日からは…」


「一人暮らしに戻りますね」


 結姫も結姫で大変なんだな。


「あ、あと勝手ながら少し部屋を片付けておきました」


「え、そんなことまで!本当になんとお礼を言ったらいいのやら…」


「いえいえ、困った時はお互い様なので」


 そう言って結姫は優しい笑みを浮かべてみせた。


「そういえば冷蔵庫とゴミ箱を見る限り乃亜くん自炊していませんね?」


「あ……バレた?」


 結姫の言う通り俺は全てコンビニ弁当やテイクアウトで食事を済ませている。


 ダメだとはわかっているものの1度ダークマターのような料理が出来上がってからは極力キッチンに近づかないようにしていた。


「ちょっと料理が苦手でね」


「そんな食生活してたら早死にしちゃいますよ」


「まぁ、その時は笑って送ってくれ」


「もう、冗談でもそういうこと言わないでくださいよ」


「ははは、ごめんごめん」


「今日は私がいたからよかったものの、明日からはどうするんですか?」


 ぐっ…正論だ……俺だけではどうしようもない。


「いっそ結姫を雇うか……」


 冗談で発した俺の言葉に結姫はぴくりと耳を動かした。


「いいかもしれませんね、それ」


「……え!?いやいや、良くないよ!これ以上迷惑かける訳にも行かないし……」


「決めました、私乃亜くんを養います!これもお礼の一環ということで」


「いやいや、お礼の比率おかしすぎない!?」


 そんなこんなで他校の『難攻不落の氷姫』と呼ばれる超絶美少女が俺の専属メイド(?)になりました。

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