第2話 君の前ではずるい女

「それで、お礼って具体的には…?」


 駅前を少し歩きながら夢咲さんに尋ねる。


「ふふっ、どうしましょうか?」


「決めてなかったんですか」


 少しお茶目な表情を浮かべた夢咲さんと共に笑い合う。


「意外とお茶目なんですね」


「え?意外ですか?」


「はい、なんか…こう、お堅いイメージがあったので」


「んー、でもあながち間違ってはいないかもですね。私ってどうしても初対面の方には警戒心丸出しにしてしまうので」


 そう言ってまた結姫は少し笑ってみせた。


 こうして一緒に話していると彼女は意外と感情が豊かな人なんだなとしみじみと感じる。


「たしかに…昨日俺が傘を貸してあげた時もすごい警戒してましたもんね」


「あはは、そうでしたっけ?」


「でもどうして急に……?」


「聞きたいですか?」


 夢咲さんはイタズラな笑みを浮かべて尋ねてきた。


 そんなもの聞きたいに決まってる。


「……はい」


「ふふ、正直者でよろしいです。特別に双葉さんには教えてあげましょう」


 夢咲さんは子供らしく声を弾ませる。


「昨日双葉さんは私に傘を貸したあと何をしていましたか?」


 そう言われて昨日の自分の行動を思い返す。


「たしか昨日は、傘を貸したあと急いで家に帰ろうとして、その途中で小さい女の子が公園で泣いていたから声をかけて家まで送ってあげて…」


「そこです!」


「……??」


「その女の子、実は私の妹なんです」


「……え??」


「どうやら昨日学校でお友達と喧嘩しちゃったみたいで…それで学校も飛び出してどっか行っちゃったって連絡が来たんですよ」


 あぁ、なるほど。


 それで昨日は急いでいるように見えたのか。


「でもそれが帰った時にはケロッとした顔で普通に家にいたので逆にびっくりしましたよ」


 ……ん?でもそうなるとあそこが夢咲さんの家ってことになるよな……?


 あそこめっちゃ俺の家に近かった記憶あるんだけど。


「妹も優しいお兄さんに会ったって喜んでましたよ」


「……ん?でもどうしてそれが俺って分かったんですか?」


「妹が言ってたんですよ、傘をさしてなくて緑のパーカーを着た高校生のお兄ちゃんに家まで連れてきてもらったって」


 確かに俺は昨日制服の上からお気に入りの緑のパーカーを着ていた。


「だからピンと来たんですよ、こんなお人好しの緑パーカーの高校生は双葉さんだけだなって」


「そうだったんですか、ちなみに妹さん帰ってからは大丈夫でしたか?」


「はい、双葉さんのおかげで」


 なら良かった、と胸を撫で下ろす。


「そういえば聞いてなかったんですが双葉さんって何年生なんですか?」


「俺は1年です」


「わぁ、奇遇ですね!私も1年生なんです」


 すると夢咲さんは嬉しそうに声を弾ませた。


「同じ1年生ですし敬語じゃなくていいですよ」


「分かりまし……分かった」


「ふふ、敬語混ざっちゃってるじゃないですか」


「そう言う夢咲さんこそ敬語のままじゃないですか」


「うーん、私はいつもこの喋り方なのでこれが落ち着くというか……敬語じゃダメですかね……?」


 ずるい…その上目遣いで断れるわけなどないのに……


「ダメ………じゃないよ」


「もー、少しためるからびっくりしたじゃないですか」


 むーとほほを膨らませる夢咲さんも可愛らしい。


「あはは、ごめんごめん」


「まぁ優しい双葉さんのことですしダメと言われることは無いだろうなと思ってましたけど」


 そう言うと夢咲さんは屈託のない笑顔で笑って見せた。


「ずるいなぁ、夢咲さんは」


「ふふ、そうなんです、私はずるい女なんです」


 するとまた夢咲さんは屈託のない笑顔をつくってみせた。


「あ、話してるうちに着いちゃいましたね」


「……?」


「私の家です」


 言われてみればやけに見覚えのある景色が広がっているなと思った。


 今目の前にあるのは夢咲さんの家、それでその斜め向かいにあるのが俺の住んでいるマンション。


「うーん、とりあえず家の中入って決めましょうか」


「えっ?」


「嫌でしたか…?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど…」


 さすがに年頃の男子が同年代の女子の家にずかずかと入り込むのはまずい気がする。


 ましてや相手は高嶺の花の氷姫。


「クシュンっ……」


「ん?風邪ですか?」


「いや、別に……」


「ダメですよ、風邪ならしっかり休まないと」


 それに、と言って夢咲さんは続ける。


「多分私のせいですし……」


「いや、夢咲さんのせいじゃないよ。風邪でも無さそうだし…」


「やっぱり双葉さんは優しいですね」


「そんなこと…」


「だから、余計に申し訳ないんです。今日のところはお開きにしましょう。感謝はまたいつか伝えます」


「そっか、ごめんな」


「家まで送りますよ」


「いや、大丈夫だよ。俺の家あそこだから」


 そう言って斜め迎えのマンションを指さした。


 するともちろんのこと夢咲さんはとても驚いた様子だった。


「え……こんなに近かったんですね」


「びっくりだよね」


「ですね……あ、連絡先聞いてもいいですか?」


「……?もちろん」


 そうして俺は夢咲さんと連絡先を交換した。


 男なら誰もが欲しがるであろう氷姫の連絡先。


 高木に言ったら驚くんだろうなぁ、と思う。


 でもまだこの関係は高木には秘密にしておこう。


 夢咲さんにお礼をされて全てが終わったら話してみるのもありかもしれないな。


「ちなみに双葉さんの部屋って何号室なんですか?」


「俺は607号室だけど…」


「そうですか、ありがとうございます」


 すると夢咲さんは満面の笑みを浮かべた。


 俺の部屋番号なんか聞いて何が嬉しいんだか。


「それじゃあ」


「はい、ではまた…」


 俺たちは別れの挨拶を告げてそれぞれ家に帰ることにした。


♢♢♢


「ズビッ……」


 まずい、悪化してきたかもしれない。


 俺は家のベットに寝転がりながら鼻をすする。


 俺の親は基本的に海外で仕事をしているため一人暮らしをしている。


 たまーに親が日本に帰ってきた時は実家に泊まるため俺の家には来ることは無い。


 よって俺の家はすごく荒れた状態なのだがさすがに風邪をひいてるとこの汚さは辛い。


 日頃の自分を恨むしかないか……


 にしてもまさか38.0まで熱が上がるとは思っていなかった。


 薬もないし一人暮らしは大変だな……


 さてさて、どうしたものか。


 ズキズキと悲鳴をあげる頭を必死に回しながら考えていると玄関のチャイムが鳴った。


「こんな時に宅配便か……何頼んだっけな」


 何も頼んだ覚えはなかったがとりあえず玄関まで行くことにした。


 重い体を必死に動かしてやっとの思いで玄関にたどり着いた。


 そして鍵を開け扉を開いた。


「こんばんは、双葉さん」


「……え?」


 そこに居たのは宅配便の業者ではなく、私服に身を包んだ天使夢咲さんだった——

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