第1話 あなたの名前を教えて

 次の日学校に登校すると俺が氷姫と話したことで話題が持ち切りに……なってたわけなどなくただ変わらぬ日常が待っていた。


「なあ高木」


「ん?」


「氷姫って何年生」


 一緒に昼ご飯を頬張りながら高木に尋ねる。


「お?とうとう乃亜も氷姫に興味が湧いてきたか!」


「いや別にそういう訳じゃなくもないわけじゃ……」


「いや分かりやすすぎか」


 別に興味が湧いてきたわけじゃないんだけどな、なんとなくな?なんとなく。


 なんて心の中で言い訳をする。


「俺らと同じ1年生だよ」


「ふーん?」


 昨日はすごく大人びて見えたけど俺と同じなんだな。


「なんだよ」


「べつにー?」


 やけにニヤニヤしてる高木はひとまず放っておこう。


「てか高木は彼女と一緒に飯食わなくていいのかよ」


「んー、なんかみんなにまだバレたくはないらしいから学校では別々に〜的な」


「ふ〜ん?そーゆーもんなのか」


「まーな」


 ま、今どきは色んな恋の形があるからな。


 こういうのはよくある事なんだろう。


「それにしても乃亜が女子に興味を持つ日が来るなんてなぁ」


「感慨深そうにしてるとこ悪いけど別に興味持ったわけじゃないからな?」


「じゃあなんであんなこと聞いたんだよ」


「何となく」


「ふーん?ま、今はそういう事にしといてやるよ」


 なんだコイツ……


 ちょっとイラついたので軽く小突いといた。


♢♢♢


「はぁい、じゃあみんな今日もお疲れ様!土日はしっかり勉強もするのよ〜?」


 担任の白崎先生の言葉を口火に続々と教室から人が居なくなる。


 担任の白崎先生は新任で今は23歳らしい。


 近所のお姉さんのような見た目も相まって1部の生徒からは親しみの意を込めて未優みゆ先生と呼ばれていたりいなかったり。


 高校の先生で若い女性の先生は何かと珍しいこともあり人気はものすごくある、それこそファンクラブまであるくらいには。


 ま、もちろんのこと俺はそんなファンクラブには加盟していない。


「高木は今日もデートか?」


「まぁな」


「あー、お幸せにな」


「乃亜も早くいい彼女見つけろよ?」


「俺に彼女が出来ると思うか?」


「うん、髪上げたら普通にイケメンだし」


「からかうなよ恥ずかしい」


 そう言うと高木は笑って見せた。


「ま、頑張れってことで」


「あぁ、じゃあな」


 そう言って俺は高木と別れた。


 そうしていつも通り帰路につき、いつも通り電車に乗って、いつも通り改札をぬけた時だった。


「こんにちは、待っていましたよ」


 突然後ろから声をかけられ振り返ると、そこには純白のセーラー服に身を包んだ天使氷姫が居た。


「氷姫……」


 俺がそう呟くと彼女はムスッとして言う。


「そのあだ名、嫌いなんです」


「そう…なのか、すみません」


「分かればいいんですよ、分かれば」


 すると彼女はいたずらっ子のように無垢な笑顔を浮かべた。


 「可愛い」危うくその言葉が口から滑りでてしまうかと思った。


 それほど彼女は魅力的に見えたのだ。


「私の名前は夢咲結姫ゆめさきゆうひって言います」


 彼女…夢咲さんはそう言って頭をぺこりと下げた。


「俺は双葉乃亜って言います…」


 あれ?そういえば氷姫って名前すら明らかになってないんじゃなかったっけ?


「あれ、名前そんな簡単に明かしちゃっていいんですか?」


「ん?どうしてですか?」


「いや、なんか噂でまだ名前すら分かってないって聞いてたんで」


「確かに名前は言ってなかったかもしれませんね…」


「じゃあなんで…」


「あなたはいい人だって分かっていますので」


 そう言うと夢咲さんは微笑んだ。


「あ、これ昨日貸してもらった傘です」


 すると夢咲さんは俺が昨日貸した傘を差し出してきた。


「わざわざすみません」


「いえいえ、借りたものを返すのは当たり前のことなので」


「ありがとうございます」


 俺が傘を受け取ると夢咲さんは何かを言いたそうにもじもじとしていた。


「どうしたんですか?」


「あの……なにか、何かお礼をさせて頂けないでしょうか…?」


「お礼?これは俺の親切心でしただけなので別に大丈夫ですよ」


 遠回しにお礼は大丈夫だと断るも夢咲さんは首をぶんぶんと降った。


「私がお礼をしたいんです」


「でも夢咲さんには申し訳ないし……」


「あ!じゃあこうしましょう」


 すると夢咲さんは何かを思いついたかのように顔をぱあっと明るくさせた。


「双葉さんは親切心でやっただけ、とおっしゃいましたよね?ですので私のお礼も親切心でやるだけ、ということにします!」


 それならいいですよね?と上目遣いで聞いてくる夢咲さん。


 それはずるい…断れるわけが無い。


「……分かりました、そこまで言うなら大人しくお礼されます」


「ふふっ、お礼されますって…なんか変な感じですね」


 彼女は少し可笑しそうに目を細めて笑ってみせた。


 そんな彼女が無性に愛おしく感じてしまうこの感情に名前をつけるのにはまだ早い。

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