第3閑話 友と呼べるように―――。

 夜明け間近の車内で仮眠から目が覚める。

 手元の携帯電話で時間を確認すると、設定しておいたアラームの時間より少しばかり早かった。

 起き上がり、車の後部から外へと出ると声を掛けられた。


「おはよう、サム」


 そう声を掛けてきたのは、長年、仕事を共にしてきた同期の仲間だった。


「ああ、おはよう」

「ぐっすり寝られたかい?」

「そんな訳無いだろう? もう、あと一時間もしたら始まるんだ。何度、経験しても安眠は出来ないね」

「そりゃそうだな」


 大きく背伸びをする。歳の所為か、最近は肩が上がりにくくなって困る。

 この後、始まるであろう仕事の為に自分の装備品を装着していると、仲間が、持っていた二つのコーヒーの片方を差し出してきた。


「ん? ああ、悪いな」


 貰ったコーヒーをチビチビ飲みながら心を落ち着かせていく。


「この時間のコーヒーは身に染みるなぁ……」

「ハハハ! サム、まるでおっさんみたいだぞ?」

「もう立派なおっさんだよ」

「四十はまだおっさんじゃないだろ」

「若者から見ればおっさんだよ」


 コーヒーを一口啜る。熱々のコーヒーの湯気と自分の吐き出すため息が、冷たい夜明けに白く消えていく。


「なあ、サム」

「何だ?」

「俺、二人目が出来るんだ」

「マジかよ! そりゃあ、めでたい話だ」

「ああ。だから今回で最後にしようと思ってる」

「もしかして……辞めるのか?」

「部署の異動を申請するが……最悪は……」


 まだ暗い周囲で見えないが、あまり良い表情をしているようには見えなかった。


「何だ、別に落ち込むような話じゃ無いじゃないか。なのにどうしてそんな暗い顔をする?」

「サム、俺はお前が心配なんだ。この仕事に就いてから、お前とは長い付き合いだな。お前の事は兄弟の様に親しく思っている。だが、だからこそ言わせてくれ。大切なものを無くす前に、今の場所から退くんだ」

「ありがとう。でも、俺はその大切なものの為にここに居る。戦って失うより、戦わずに大切なものを失う方が、俺には辛い」

「だが、娘さんはどうする? 奥さんの形見なんだろう?」

「心配だとも。相変わらず学校には行っていないし、部屋から出てこようともしない。心配だよ……」

「だったら―――」

「だからこそだよ。だからこそ守ってやらないといけない。死ぬ訳にはいかないんだ」

「サム……」


 日が出始めたのか、周囲の景色が少しづつ見えて来た。

 日が昇るのに伴って、車内の無線も騒がしくなる。遠くから複数の赤い警光灯が近づいて来るのを眺めながら、コップに残ったコーヒーをグイッと飲み干した。


「それに! 最近、新しい友人が出来てな」

「新しい友人? 四十でか? あ! 分かったぞ。ToGだな?」

「当たり。気の合う奴でな、すぐにフレンド申請したよ。だからこいつのことをもっと知る為にも、尚更、俺は死ぬ訳にはいかねぇんだよ」

「へぇ~。相手の名前はなんて言うんだい?」

「カズって言うんだ。真面目なとことか、お前に似てるよ」

「ハハハ、そうか。それは一度会ってみたいな」


 談笑もそこそこに、軽くストレッチをしてからヘルメットを被る。

 いつの間にか大勢集まっていた同じ部署の仲間の元に、ライオットシールドを携え向かう。

 ビルの合間から差し込んだ朝日が、今日の仕事先の建物にぶつかる。その先には大きな時計があった。

 午前六時……。仕事の時間だ……。

 目の前にはバリケードと化した校門がある。その奥には自分たちを入れまいと、大学生たちが何かを訴えている。

 自分を見つめる学生たちの表情、学生を見つめる自分自身の表情、これを想像してしまうと何とも言えない気持ちになってしまう。

 自分のやっていることは、本当に正しいのだろうか、自分は友と呼んでくれるような人間なのかと。


「やっぱ、安眠は出来ないな……」


 そう独り言を呟いた。



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