第55話 孤独であろうと差し伸べる

「僕の近くにはまだいないようだけど……戦ってる人の速報をお願い」


《犬です》

《犬やね》

《どう見ても犬》

《頭は3つあった》

《頭が3つあったらケルベロスじゃないかな》

《でもくそでかかったぞ》

《犬は流石にねえだろ》



 なんだか不毛な喧嘩が起こっていそうな雰囲気だが、ある程度正確性のある情報が提供されるのはありがたい。



 しかしながら、やはり自分が直接見ていない情報だけを信じ込むのは危険だ。


 迷宮にいた頃はそんな経験すらしたことがなかったから、尚更視聴者の言葉を鵜呑みにするのは恐怖すら感じてしまう。



 ならば、魔物に襲撃される前に察知して姿を捉えればいいだけの話だ。



 その結論に到達していた如月は、視聴者が反応を示したとほぼ同時に彼らの姿を捉えていた。



(まだ遠いけど3匹くらいいるか……? 全部倒したら何ポイントになるかな?)



 如月の持ちポイントは600点、他がどれだけ稼いでいるのか不明の状況ではあるが、少しでもリードしなければ5枠に入ることは出来ない。


 何より、ここから来る魔物は未知の生物が大半を占めることになるだろう。そうなると、回復魔法しか使えない如月が圧倒的に不利だということは本人も分かっていた。



「……うおおおおおおおおおおおお」



 何もしなければ1メートル先も見えないような荒天の中、如月はダンジョン全体に聞こえんばかりの咆哮を上げる。



《何やってんだよ!?!?!?!?》

《どこから攻撃されるか分かったもんじゃないって!》

《何匹いんだよこいつら……》

《寒そう》

《あのイコカが苦戦してんのに》


 チャット欄は阿鼻叫喚といった様子で、迷宮にいた頃を思い出すような速度でコメントが流れていく。


 彼らも何十時間と如月の配信を見ていたから理解していたのだ。


 如月の戦闘手段は限られており、【五感強化】が制限されると途端に一般人と化してしまう、明確な弱点に。



《お前焦ってんの?》

《残念だがここはお前の土地じゃないぞ?》

《視界も終わってるのにいけるのか》

《会場臭いらしいけど大丈夫なの》



 不安の声がジワジワと上がり始め、嫌な雰囲気が配信で作られていくにつれて、如月だけは真っ直ぐな眼差しで剣を見つめていた。



 微かに聞こえる生物の鳴き声、はっはっと荒い息遣い。



〈視覚〉を強化しても見えず、〈聴覚〉を強化しようとも聞き取る程度が限界、〈嗅覚〉にいたっては思いきり嗅ごうとするだけで気絶しそうになる悪臭のせいで意味がない。


〈味覚〉は論外だとして、今残されているのは〈触覚〉のみ。


 如月からすると、それだけで十分だった。



 スイカに【第六感】が治まるまでの間、如月は何もせずに戦っていたわけではない。


 環境を活かして戦うことが出来ないシチュエーションで、どうすれば彼女に勝ち続けられるのか模索した結果、自らの弱点を克服する方法を思い付いたのだ。



 本当は終盤まで隠しておきたかった技だったが、致し方ない。



 如月は直前まで見つめていた剣を天に掲げて、ブツブツと意味のない言葉を羅列していく。



「僕なら絶対出来る。練りに練ったとっておきの新技だ。当てろ……狙え……掴め……」



 半ば自己暗示に近い独り言を吐きながら、じっくりと自らの感覚を研ぎ澄ます。



 そしてその瞬間が訪れたとき、如月は【五感強化】を反射的に再度発動していた。



「ガルルルルッッ!」


 姿は見えない状況下で魔物の唸り声が、しかも3方向から上がり絶体絶命の危機に見えるその瞬間に、



「――【みぞれの導き】」



 地獄の空気を切り裂く轟音とともに、如月の体内に流れる魔力が剣を通じて放出される。



 電光石火のように飛び散る魔力が3匹のケルベロスの首を刈り取り、亡骸となった肉体は地面に墜落した。



 その死骸に近付き、サイズを目視で測ってみるとおおよそ3メートル近くもあったことに驚き、胸を撫で下ろしながら再びドローンに目線を向け直す。



「どうだった? あ、これで周囲の魔物は全部やれたしドローン見てても襲われたりしないよ。本当はもう少し後で披露しようと思ってたけど……ちょっと早かったね」



《はあああああ!?》

《いや……無敵かよお前》

《流石に強すぎて引くわ》

《魔法まで使えたら最強だろwww》

《天は二物を与えずとは何だったのか……》

《これはポストスイカの男》

《魔法にしては鋭すぎだろ切断面……》

《ぐっろ》

《こーーれ切り抜き確定です》

《ほんとにキズラキ以外苦戦しててビックリしてる》

《他の参加者助けに行こうぜ》

《ポイント荒稼ぎ出来るぞこれ》



 はっ、と声に出しつつ如月はバングルに手を伸ばし、何ポイント手に入れたか確認してみると、45ポイントも増えていた。


 1匹あたり15ポイント、100匹倒せば1500ポイント。



 これ以上3階層から脱落者を増やすのは、如月にとっても得策じゃない。


 より多くの人間が生き残らなければ、難易度が上がり続けるダンジョンを攻略出来なくなるし、過半数が上の階層に戻ってしまったら余計に攻略が遅れる。



 そうなってしまったら、待ち受けているのは仲間同士での殺し合いだ。


(そんな姿を見せたい人なんていないだろうけど)



 しかし、そんな悠長な想像をしている余裕はない。



「正直、ここまでこれといった活躍をみんなに見せられてないと思うし……この階層をクリアすることでみんなに証明します」



 そう言うと如月は感覚を頼りに他の受験者を探し始めた。

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