第54話 非常に順調、協力しあえば

「本当に――これ安全なんだよな!?」

「恐らくな。視聴者と彼女を信じるって言ったのは君自身レボル君だろ?」


 顔を歪ませて僅かに震える足取りでレボルは巨体の魔物に向かって歩いていく。


 如月達は黙ってその様子を見守り、奴がどんな反応を示すか少し離れたところに立ってじっと見つめていた。



 どうやらこのダンジョンには元ネタになる小説があるらしく、十数万人もいる視聴者から提供された内容を信じたレボルが、それを証明するために先陣を切ったのだった。



「えっと……。俺達を次の階層に送ってくれ。地獄を見る覚悟は出来てる」



 彼の言葉を聞いたは、無言のまま彼を見下しつつ、尻尾を使って成人男性の身体を勢い良く持ち上げた。



「……ぅおっ、高え〜……てかこいつ冷たッ――」


「あれ、レボルさんが消えた」

「あのー……どうなんのこれ。君……なんか言ってたよな? 今のところ順調な感じか?」

「あれ……元ネタと違うですわ……ッ」


 まるで手品を披露されたかのようにレボルの肉体と彼が持参したカメラはその場から消え去り、巨体の魔物だけが残る。


 じわじわと動揺の波が広がり続ける中、如月はすぐさまドローンに手を伸ばし、彼の配信を開いた。



 映像は途切れていない。音声もしっかりと聞こえてくる。



 ただ、レンズに何かが当たり続けているため、ひたすらに画面が見にくい。



 それでも目を凝らして画面を眺めていると、いきなり血相を変えたレボルの顔を浮かび上がってきた。



『マジで死んだかと思ったぜ。とりあえず……成功って言えるか? ああクソ……誰か向こうの配信に伝えてきてくんねえか。こっちは大丈夫……そう……なのか?』



 少し安心していそうな口調から一変し、彼は周囲を見渡しながら独り言のように言葉を漏らす。


 そんな光景を見ている如月の周りにはいつの間にか多くの人間が集まっており、黙々とその様子を目を離さずに見ていた。



「なんやこれ……問題はあれへんのか?」

「でーじ見づらい……これ雨か雪降ってない?」

「これまた面倒臭そうなダンジョンだねえ」


 彼らの言う通り。


 ダンジョンとするにはあまりにも一貫性がなさすぎる。


 しかし、それも元ネタ通りだと言うのなら、仕方ないことなのだろう。



 危険はないと判断したのか、受験者達は続々と如月の周りから離れ、我先にと言いたそうにミノスの前で列を作っていく。



 如月もその列に並ぼうと意識を背けた途端、画面の中の声が慌ただしく暴れ始めた。



『鳴き声が聞こえる。意味が分かんねえ、なんッだよこれ……』


 それと並行して、



「ミノス。俺を次の地獄へ」

「ミノス……地獄なら見慣れてる」

「ミノス様。ワタクシを下の地獄へお連れくださいませ」

「へっへっへ」


 彼らの声が、今から起こる惨状を知らずに消えていく。


 気が付いたときには如月とミノスのみになった階層。



《どうした?》

《キズラキも早く向かった方がいいぞ》

《レボル視点見てたけどポイントどれくらい貰えたか答えてくれねえ》

《ミソラちゃんを待つつもりか?》

《待ってもいいけど落ちたら元も子もないぞ》


 視聴者が投げかける言葉の非情さに慣れてきたつもりの如月だったが、ミソラに関係するコメントは相変わらず目を逸らしかけてしまう。



「分かってる、僕も今から向かうよ。ミソラさんならきっと大丈夫だ。がある者なら……もう1度戦える」



 如月はスタスタと歩いてミノスと向かい合い、みんなと同じように呪文を唱えた。



「ミノス、僕を次の階層に連れて行ってくれ。地獄でも構わない」



 ミノスの尻尾に全身を持ち上げられ、無抵抗でいるうちに目の前の景色が一瞬にして変化する。



 ここは第3階層、豪雪と豪雨に包まれ悪臭が充満する最悪の土地だ。


 今回も如月の【五感強化】が発動しにくいような気もしなくはないが、とにかく挑むしかない。



 のだが……それにしても、天候が悪すぎる。


 こういった悪天候は如月には経験がなかった。迷宮内で雨が降ることは何度もあったが、ここまでの荒れ具合は中々のもの。



「普通のダンジョンってこんなことあり得るのかな……」


(……てか、またみんなの姿が見えないし)



 せっかくポラロのおかげで一致団結しかけたというのに、転移場所が人それぞれでは意味がない。


「【五感強化】。とりあえず〈聴覚〉を上げてみるか。みんなも僕以外の声が聞こえたらコメントしてほしい」



《任せろ》

《30窓するぞ》

《30窓は猛者すぎww》


 それでも、如月と視聴者の間でも屈強な協力体制が形成されているおかげか、たとえ一人だとしても何ら心配や不安といった感情が沸き立つことはなかった。


「ん……?」


 何となく嫌な予感がした如月は、バングルに視線を動かしおもむろに操作を始めた。


 本来なら1から30までの数字が並び、ミソラ22番だけが点滅しているはず。


 だが、如月の想像を超えた状況に思わず息を呑んだ。



「……光ってる」



 4番と8番が何回も明滅を繰り返す異様な光景を目の当たりにした如月は、急いでドローンに視線を向けてコメントを注視する。



《二人瞬殺された》

《気を抜くなよ》

《次々襲われてるよおおおおおおおおおおおおお》

《やられたの誰?》

《知らん無名》

《イコカ交戦中! イコカ交戦中!》

《犬?》


 第3階層、最悪の土地に残り27名。

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