第53話 人を惑わせる言の葉

 はじめは、ポラロの言葉を理解出来ずに困惑して掌に力が入らなかった。



「これはその子のためを思って言っているんだ。今ならロスを少なく離脱させることが出来る。それを行えるのは……俺達だけだろう?」

「……ミソラさんの残機が減るのは変わらない。彼女を離脱させることが出来るなら、彼女を支えてあげることも僕達なら出来るはずです」



 如月の言葉に耳を傾けようともしないポラロ。


 しかし、彼の言葉に二人の視聴者はざわざわと騒がしくなり出していた。


《殺す!?》

《故意的に他のメンバーを殺しても良いものなの?》

《てかミソラさんの声苦しそうじゃない?》

《助けないと》

《殺せ》

《56せは流石にまずいwww》

《だからポラロ嫌いなんだよ》

《本当はこのために動いてたんだろ》



 両者のコメントがグチャグチャに混ざり合って、しばらくの沈黙が続く。



 やがて、如月が一瞬目線をそらした途端、彼は行動を起こした。



 まず、如月の身体を【呪縛】で拘束し【呪縛】でミソラの身体を引き寄せ、握っていた刀を彼女の腹に突き刺す――同時に、腕の機械から電子音が鳴り響いて彼女の姿がその場から消失する。



「……お前、よくもミソラさんを殺したなッ!」

「このままダンジョンに残したところで、魔物か受験者に利用されて終わるだけだ。それに……いや、今すべき話ではないな。急ぐぞ如月君、3階層に到達するために合流しなければ」



 そう言って、ポラロは来た道を引き返していく。


 如月は分かっていた。彼が口にしかけた言葉が何なのか。



 ――わざとらしく演技をするな。



 もし、ポラロがそれを堂々と発していたならば、如月のチャット欄は非常に大変なことになっていたことであろう。


(正直納得してしまった……ミソラを殺すことが最善だと……だけど……)



 揺らぐ思考を必死に動かし、自分のバングルに触れて全員の受験番号の画面を確認する。


 たくさん数字が並ぶ中でたった1つ、22番の数字だけがチカチカと点滅していた。



「……ミソラさん、ミソラさんの視聴者さんごめんなさい。僕は……あれ以上の選択肢を出せませんでした」



 カメラに向かって深々と頭を下げる。が、それでも彼らは戦わなければいけない。



 ポラロの後を追うように、如月は気持ちを切り替えてすぐに走り出した。




 そうして数分後、ポラロと合流して余裕が生まれた如月は何気ない気持ちで自らのチャット欄に目を向ける。


《ポラロとかいうおっさんさぁ…》

《JK殺してら》

《しゃーない》

《こんな奴信用するな》



 すると、これまた普段とは違う変わった様子に思わず声に出して驚いてしまった。


「……なんでみんなポラロさんに怒ってんの……?」

「ん、どうした」



《あ》

《おい》

《反応するなよwww》

《対立煽り〜》

《気にすんな、それより急げ》



 きっとこれは人気者には付き物なのだろう、と悟った如月は何事もなかったかのようにアピールする。


「いや……僕の勘違いでした。どんだけ強大なボスがいても、近くにいる雑魚に目がいってしまうのは……性、なんですかね」

「はっ、何カッコつけてんだ。だが……いい声かけだな。おかげで……



 泥沼の中から今か今かと潜んでいたスライムの気配を感じ取った二人は、同時に剣と刀を振りかざし一刀両断。


 自分達に求められているのは結果のみ。ならばやるべきことは淡々と魔物を狩り、先へ進み続けるだけだ。



『コイツ……硬すぎだろッ!』

『ここが本当に正攻法なんか……ッ!?』


 配信越しから聞こえる声的に、どうやらまだ彼らはボスモンスターと戦っているようだ。


 さらに、元の道を辿っていくうちに聞き覚えのある声が直接聞こえるようになってきていた。


 少しずつ攻略の制限時間が縮まっていく。


 だが、ミソラの配信が再開する雰囲気はどこにもない。



 イコカ達に合流するまでの間も二人は下級モンスターを狩り続け、あっという間に50点ずつ増やしていく。



「あれが……ここの目玉か?」

「みたいですね。みんな周りで……ワチャワチャしてる」



 を直に見たことで、如月は久しく感じていなかったを感じ取っていた。



 その魔物の姿は筋骨隆々の肉体を持ち、人間の想像を遥かに超えた巨体を誇っている。


 そして魔物の背後には、大きな蛇のような尻尾が生えており、それのしなやかな動きによって彼らが苦戦していることが一目で分かった。



 ダンジョンの中心部、ミソラを除いた29名の受験者が再度一堂に会する。


 そこから如月とポラロを除いた27名が協力し、戦い続けたのにも関わらず倒せなかった魔物を直視したポラロは、自らの知識から導き出した答えをすぐさま口にした。



「こいつは敵じゃねえ。お前ら戦闘中止だ」

「……はァ?」



 近距離に立っていた如月の耳が張り裂けそうになるほどの声量の叫び声に反応し、真っ先にレボルが攻撃の手を止めて耳を傾ける。



「ちゃんとよく見ろよ、図体はたしかにすごいが攻撃の意思をさっきから1度も見せていない。何かがあるはずだ、有識者の誰か教えてくれないか」



 彼の呼びかけを聞き、27名は一心不乱に戦う手を止めてコミュニケーションを取り始めた。



 流石ポラロと言うべきか、同じくベテラン勢である者達すらも説得出来るのは、彼の持つ才覚と言っても差し支えないだろう。


 そうやって、持ち合わせた頭脳と視聴者からの考察が飛び交った結果、とある説が浮かび上がった。



「……ッ、ここは恐らく地獄ですわ……よりにもよって、ッ!」



 彼女ユノンはとても優雅に美しく、そして恐怖に打ちひしがれた声でそう告げる。

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