第52話 どうしようもない呪縛

 二人でミソラを追いかけているうちに暴風も徐々に収まりはじめ、彼女の配信を見て現在地を縋るように探っていた。



『フフフ……レボルさん……待って……』


 彼女の視点に映っていたのはポラロが倒したサキュバスの仲間であるようだ。



「……おい、君は戦わないのか? ポイントを稼がないと駄目だろう?」

「僕はみんなの配信見ておきますから……それにこの程度の量なら苦戦もしないですよね?」

「それはそうだが……」


 心底余裕そうに刀を振るいながらポラロはゴブリンの群れを相手にしている。



 彼のバングルに表示される数値がジワジワと上がり続けており、いつの間にか300ポイントを超えていた。


 それでも、如月は淡々と受験者達の配信を巡っていき何とか位置関係を理解しようと集中し続ける。



 濁った空気に包まれるダンジョン、構造まで理解するのは至難の業ではあるが、ある一定の法則に従って構成されていることは分かった。



「……僕達だけ、中心から離れていってる」

「ほう。どうしてそう思ったんだ?」

「時々壁に薄くくの字形の跡が刻まれてたんです。きっと運営からしたらこんな第2階層なんて通過地点でしかないから、絶対に迷わないよう中心から離れれば離れるほど跡が濃くなっているみたいです。このダンジョンが円状に広がっていると仮定すると、僕達が1番……外側に近い」



 如月の頭によぎる、ミソラを救う以外の選択肢。


 受験者は1度だけ死にかけても失格扱いにならないなら、自分が助けに行くほどの義理もないし、ここから引き返して3階層を目指すべきかもしれない。



《キズラキ、進むの止めろ!》


 そのとき偶然視聴者のコメントが目に入り、如月はまた足を止めた。



《ミソラの声反響しすぎじゃね》

《見にいったけどめっちゃ声響いてた》

《巣の中に入ったか?》

《ボーナスタイムやん》


「ボーナスタイム……ポラロさん。多分ですけど、僕を信じてもらえるなら、めちゃくちゃポイントが貰える方法を教えます。その代わり協力してください」

「……いいけどよ、脱落ギリギリの行為とかは勘弁だぜ?」

「それはないので気にしないでください。僕もあなたを信じているんで」


 ポラロなら安心して自分自身を任せられると考えた如月がこれから行う作戦について彼に語ると、少し悩んだ素振りを見せつつも、ポラロはすぐに作戦の配置に取り掛かった。



 ポラロの姿も見えなくなり、ドローンが正常に動いているのを確認し、如月は【五感強化】を発動する。




 何も感じない。いや、感覚が遮断された。



 ただただ甘く優しい声だけが聞こえてくる。


 そして、その声にゆっくりと如月は付いていった。



「ウフフ……」



 ……意識が朦朧とする中、何かが顔を触れてくる感触に抵抗もせずにいると、パッと思考が晴れたように身体の自由が戻る。



「――起きろ!」

「あっ……ありがとう!」


(そうだ、わざと五感強化を使って……)


 男の大声に驚いた如月は慌てて剣を掴んで振り回し、纏わりついていたサキュバスを斬り倒した。



「ここが巣か。ここまでは上手くいってるが問題はこれからだな。如月君、彼女も……あそこにいる」



 ポラロが指差した先には、虚ろな目をしたミソラが仰向けになって倒れていた。



 ほんの僅かに胸が動いていることから、彼女はまだ生きていることが分かる。



 装備も最初に会ったときと変わらず、特に外傷は目立っていない。


 だが、その姿を見て出てきた初めて湧いた感想は、『戦うことは不可能だ』というものだった。



「……それでも、全滅させないと」

「ああ、そうだ。俺達は戦って……彼女を救うだけ」


 そう言って二人は武器を持ち、サキュバスの群れに突っ込んでいった。



 サキュバス……それこそ如月は戦った経験はなかったが、2度も魅力されればどの程度の魔力を扱っているか何となく分かるものだ。


 要するに、それ以上の魔力を与えるか保ち続けていれば大した危険にはならない。



 ポラロが【呪縛】で引きつけ、如月が素早く斬り倒していく。



 初めて共闘したとは思えないほどスムーズに数を減らし続けて数分後、最後の1匹を撃破すると同時に二人は地面に倒れた。



「めちゃくちゃ疲れた……」

「これ……明らかに罠だったな」



《完全にモンスターハウス》

《1歩間違えたら同人誌行き》

《えっっっっ》

《ミソラ大丈夫か?》

《こいつらどこだよw》


 しかし、たとえ疲れていたとしても、まだ戦いは始まったばかり。


 如月はゆったりと立ち上がり、ミソラの元に近付き手を差し伸べる。



「助けに来たよ、ミソラさん」

「キ……ラキ……もう……」


 だが、彼女は差し伸べられた手を掴もうとはせず、涙目になって口を小さく開いて絶望していた。



「如月君、君はどれくらいポイントが貰えたんだ? 俺はちょうど700ポイントになったぞ」

「……僕は550ポイントになりました。それより……その、ミソラさんが……」



 複雑な心情に如月はわざとドローンのレンズを別方向に向けさせて、彼女の醜い姿を視聴者から隠そうとする。


「……そういえば、君は回復魔法が使えたよな? 彼女に使えば何とかならないのか?」

「怪我はどこにもないです。ただ……この様子じゃしばらく動けないと思います。ポラロさんも肩貸してください」


《イコカとシンジュクが合流したぞ》

《ポイントみんな同じくらいかぁ?》

《キズラキとポラロは上の方だと思うで》

《早速脱落者が出る感じか?》

《明らかにボスモンスターっぽいやつと戦いだしたぞ!!》


「……如月君。彼女を地面に下ろして上げないか? そのままだと危険だ」



 彼の諭すような優しい声に驚き、思わず如月は吃りながら返答していた。



「ど、どうして? だって彼女の装備が重くて……少し脱がせた方が軽くて済むとか……言いたいんですか?」

「違うな。俺がその子を殺してやるって話だ。だから退け」

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