第50話 1年も生存していた男

「わあ〜思ったよりも普通のダンジョンですね〜」


 と、言いながらミソラは1階層目に足を踏み入れた途端笑った。


 しかし、その反面で如月は迷宮とは違う緊張感を感じ、周囲に対してかなり警戒している。



 彼にとってほとんど外観を残していた如月区とは違い、入り組んだ古典的な迷路のようなダンジョンを攻略するのは初めてだった。



 ひんやりとした空気と少しばかりの風が吹き、先に入ったはずの受験者達の声すらも聞こえず、二人は壁に沿って進んでいくしか方法はなかった。



「……え、すごい!」


 いきなり声を上げた彼女に、如月は肩を上げて驚く。


 ひと呼吸置いて彼女の方を見ると、どうやら自分の配信画面に何か変化が起こったようだ。



 如月は心配そうに、


「何かあったの?」


 と聞くと、ミソラはふんふんと興奮しながら答えた。



「見てよ……1000人。こんなに人が来たの初めてだよ!? すご……」

「1000人……すごいね、それだけこの資格に価値があるってことだ……」


 スイカに似た反応を示す彼女を見て、冷静さを取り戻した如月。


 迷宮にいた頃のようにコメントを眺めながら、足を運んでいく。



《イコカのポイントが100超えたぞ》

《まだ魔物を倒してないマジ?》

《現在第2層到達者0名》

《フォっさんが1番2層に近そう》


 様々な鳩がチャット欄を飛び回る中、一際目を引いたのはダンジョンの構造について考察しているコメントだった。


《同じところから入ったはずなのに3グループに別れてるな?》


「3グループ? 僕の配信を見てる人で詳しい人いない?」

「たしかにたしかに! 私達誰とも会ってないですよね、10分近く歩いているのに。というかモンスターを出てきませんね?」


 二人の疑問を尋ねると、視聴者達はペラペラと饒舌に語ってくれた。



《初っ端駆け出したベテラン組(フォレスト・ポラロ)、様子見しながら進んだ新人組(イコカ・ユノン)、完全出遅れ組(キズラキ・ミソラ)やな》

《どうしてか知らんけど新人組のところに魔物が大量発生してる》

《多分お前ら最下位やぞ》


「また始まってから10分しか経ってないんだからさ……みんなが勝手に焦らなくていいって」

「そう、そうです……あ焦らなくても」


 明らかに焦りの表情を隠せていないミソラをよそ目に如月はじっと考えながら進み続ける。



 100ポイント到達――何体倒したかも伝わってこないが、既に戦闘は始まっていた。


 こうなったら、百聞は一見に如かずだ。



 如月は急いでドローンを触り、イコカの配信を開いた。


 イコカと、数人の声とともに目の前にいる小型の魔物の群れを狩っている光景が映し出されている。


『けせら、そっちは任した。ユノンとレボルはもっと前出て戦わんと崩壊すんで?』

『わーってるよ! 指示してくんじゃねえ』

『本当にこの先に道があるんですの……ッ? 茨の道にしか思えませんが……』

『けせらーが援護射撃するから安心して背中預けてね』


 声と姿を見る限り、イコカは同年代の受験者達と行動している様子だ。



「かっこいい……」


 思わずミソラは見惚れるような声を出して、画面に齧りついていた。


 彼女が1点を見つめているのは、イコカの方じゃない。


 恐らく、今回の受験者の中で最も女性人気がある青年であろう、レボルのことが好きなのだろう。



 彼女の身に付けているヘアピンは、レボルのイメージカラーである翠色だし、いわゆるファンガールに違いない。



「レボルさんのこと好きなんですね?」

「え! 分かります……? 実は私2年前から妹の影響で配信とか見るようになったんですけど、この人の配信を見たのがきっかけでダンジョンに潜ってみたり配信やってみたりしたんです! まあまあ……伸びたかなって感じですけど……」



 そう言うと彼女は俯き、乾いた笑い声を上げた。


「それでも充分すごいよ。僕なんか1年も配信してたのに2人しかいなかったから。今はこうやって憧れの人と同じ舞台にいるじゃないですか」

「そうだけど……このままじゃ追い付けないかも」



 ミソラの気持ちはよく分かる。だからこそ、どう声をかけてあげればいいのか悩み抜いた。



「僕のヒーローはスイカさんだった。それと一緒でミソラさんのヒーローはレボルさんなんだね。お互いが手強いけどさ、この試験に合格して超えてみせよう」

「超える……レボルさんを、私が……?」



 その結果、如月は足を止めて彼女の顔を見ながら思いを伝えていた。


 それでもこの中からたった5枠を争うことになるのは、精神的にもくるものがあるかもしれない。


 もし、そうなった場合、彼女が自らを犠牲にしてでもレボルを救おうとしなければいいのだが。



「……ところで、どこまで行ったら階段とか見つかるんですかね?」



 ほんの少しだけ覚悟が決まったような表情から一転して、間抜けな表情を浮かべてこちらに眼差しを送るミソラ。


 だが、如月は動じずにコメントを読み上げだした。


「えーと、『そろそろ焦った方がいいぞ』『国家試験を舐めるなよ』『お前は誰が2階層にいくと思うか?』……面白いね。それは当然、僕達だよ」

「えっ……」

「動かないで。あとちょっと下の階層に行けるから」



 そして、如月は余裕そうに、彼らへ宣戦布告するかのように、大きくリアクションする。


「焦らないことが大事なんだって……」

「う……分かりました! 止まります……」



 二人は身体を完全に動かすのを止め、ゆっくりと沈んでいくのをじっくりと待ち続けた。


「うわぁ!」



 1分も経たずに地面を完璧にすり抜けて次の階層に足が付く。


 それと同時に、バングルが点滅しながら通知音を出したため、如月は目線を向けた。



「やっぱりか。ダンジョンで最も生存率を高める行為は落ち着くこと。ゴールのためにひたすら進んでいた先輩方や目先の魔物ばかりで周囲に目を向けられない新人組には難しいよね」

「なんか変な感じ……あ。もしかしてこれって……ポイントが増えてる!?」


 ミソラと如月はお互いの画面を見てポイントの増加を確認する。


 200ポイント。これが、最速で2階層に到達して貰えたポイントだ。

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