第44話 2度目は通じないよ
自分の魔力が込められた弾丸が皮膚を突き破る前に、如月は思考する。
何故ここまで魔物の言うことを簡単に聞いているのだろう。
それは単純、心のどこかで彼には逆らってはいけないと常に思っているからだ。
だが、それでもしょうがないかもしれない。
「だって、あの魔物が言っていたことが全てじゃないか。僕自身が人間という魔物だったら全て成立する話だ。人間らしく勝手に希望を持って……そうやって一人でも戦い続けて、終わりを迎えたら絶望するだけの種族。生きるために架空の人物さえも想像して抗うだけ……緩やかに希望を持つことを終わらせるためにやった自傷行為に過ぎない」
次々と己の口から絶望した言葉が出てくることに自嘲しながら、如月は走馬灯を思い浮かべた。
初めてスイカに出会ったあの日、自分はドラゴンを倒して彼女を助けた。
そのあとワイバーンとゴーストを倒し、翌日から二人旅を始めたんだったな。
リビングメイルに襲われて、苦戦したりスイカの本名がバレたりと事件が起こりながらも人狼を撃破して銀翼山を通過したのも、数日前の話。
そういえば、と如月はあることを思い出す。
ラスボスの話が真実ではないと証明出来るものがあるかもしれない。
そう思って如月は記憶を頼りに確かめていくが、1週間前から変わった装備は4つだけだ。
そのうちの3つは彼女が作り出した武器の〈斧〉〈剣〉〈銃〉で、どれも今思い返せば魔物が持っているものと大差ないかもしれない。
そうなるとスイカがいたことを証明出来る唯一の物が、彼女から貰った胸にポッカリと空いたパワースーツだけになる。
だけど、それだけじゃ本当に彼女が実在していたか確信は出来ない。
だからこそ如月は諦めることも諦めないことも選べずにいた。
《1年も一人で会話していたんだね@姉》
《私なんて存在はどこにも存在していなかったのに@姉》
「どこまで本当のことなんだよ……配信は本当にしてないのか?」
自問自答を繰り返すうち、自らの思考が無駄であることが顕になっていくことに、如月は恐怖する。
もし、この世界に終わりがあるなら。
もしも、この世界の外側に世界が存在しているなら。
誰か、救ってくれよ。
如月は永遠にも感じられる時間を体感し、脳内に響き続ける視聴者の声やたまちゃんのコメントを浴びせられて気が狂いかけていた。
そして思考の末に辿り着いた新たな答えが1つ。
みんな、同じ感情を持っている――ということ。
如月はみんなと自分が違うと意識していたからこそ自分自身の存在がどうでもいいものだと勝手に思い込んでいただけで、世界はそこまで単純じゃない。
如月絃という存在が、少なくとも実在はしていたのだから、その点においては誰とも変わらない。
たとえ誰一人如月を見ていた視聴者がいなくとも、それ以外に生きている人類は必ず存在する。
「せめて人間らしく希望を持ち続けてもいいよな。僕はみんなと同じだ」
――僕は、僕を信じる。
そう思えただけで如月の心中はすっかりと晴れた気分になっていた。
如月以外が存在していなくても、如月にとって彼らは皆生きていたのに変わりない。
「それでも僕は……生きた方がいいかもしれない。スイカさんがいなくても、たまちゃんも視聴者もいなくても、僕にお姉ちゃんがいなくても、僕はみんなの言葉を信じたい」
白髪が言っていたことが本当だとしても、彼女達の発言に嘘はなかった。
誰もが如月を前に進めようとしてくれていたのだ。
それが自らの意思を投影しただけだとしても、その想いだけは信じてみたい。
「あいつはきっと僕に会いたかったんだろうな。迷宮の中で独りぼっちだったのは僕だけじゃなかった。だとしても……僕は前に進むって決めたんだ」
じわりじわりと弾丸がこめかみに押し込まれていく中で、如月は目を覚ました。
だが、時既に遅し。この自傷行為は止められない。
そこで如月は勝つための算段を思い付いた。これを逆に利用することで勝機を作り出す。
まずは自分の魔力を受け止めることだ。
脳を貫いた衝撃で激痛が走るし、最悪の場合死んだり後遺症が残ったりするかもしれないが、これは人生最大の賭けになる。
如月は地下鉄でリッチと化した維子の言葉を思い返していた。
『あなたは自分の勘をもっと信じなさい。そうしたら、きっと誰よりも先に足を動かせるようになるから。』
彼女の言うとおりだ。もっと自分の勘を信じることが出来たなら、誰よりも強くなれる。
【五感強化】のその先にラスボスを倒す手段が残されているはず。
そうして、如月は現実に意識を戻して自らの魔力を受け止めた。
「……自死を選んだか。絶望してしまったんだな、あまりにも拒絶したい真実に」
言葉にならない激痛が全身を覆い尽くす。
憎たらしい白髪の魔物の声が幻聴のように脳内に響きわたっていた。
それでも、即死を免れた如月は死んだふりを続けながら体内で魔力を練り直す。
ゆっくりと目を見開いた如月には、今までとは異なる光景が広がっていた。
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