第43話 嘘の話をしていくよ
「いきなりのことで驚いただろう。今この世界は我と貴様のみの世界なのだよ。いや……元からそうだったと言うべきか」
「……お前の戯言なんて聞いてられるか。僕は一人でもお前を殺せる」
スタンドからスイカの姿が消えてしまっていたが、如月は戦う意志を捨てず人型の魔物に対峙する。
あのスイカがそう簡単に死ぬわけがないのだと頭で理解していたからだ。
それに加えて、何度も体験してきた人語を話せる魔物なんぞに最早恐れはない。
如月はスイカから渡された真紅の斧を深く握って、目の前の魔物に飛びかかった。
「死ね!」
「死ね……か。素晴らしい思考だな。我を倒せば外の世界に出られる……だったか?」
しかし、力任せに振るった斧の刃先を軽々しく掴んで止められてしまう。
ニヤリと笑うモンスターの顔は近くでよく見てみると、白髪で透明な目に幼い体型をしているのにも関わらず、どこか漂っている老齢の雰囲気がゴッドドラゴンの真の正体だと主張しているように見えた。
「彼女が虚構の存在だということは理解出来ないのか?」
「さっきから意味分かんないことばっか言いやがって! 何もかも嘘で誤魔化してるだけじゃないか」
「なら……それを証明してしまったらどうする? 簡単なことだろう? どうして貴様は見たことがないゴッドドラゴンの名前を知っていた?」
「ゴッド……ドラゴン……?」
不意を突かれて動揺してしまい、持っていた斧を離して魔物から距離を取る。
初めて戦ったモンスターだというのに、ゴッドドラゴンという名前だと思っていた理由は如月にも分からなかった。
いや、そもそも如月は一度もゴッドドラゴンという名を口にしたことはない。
どうやって自分の思考を読み取ったのか、そのことに対する警戒心が強まっていく。
「それがどうした……! 見た目がどう見てもゴッドドラゴンだっただろうが!」
「……焦ってるね? それと貴様は今まで誰に向かって話していたんだろうなあ? そこに転がってる……生首か?」
その言葉を聞いた如月は強烈に不吉な予感を感じて、浮いていたはずのドローンに向かって振り返った。
たまちゃんと呼んでなれ親しんでいた球体のドローンだったはずのものは、グチャグチャに腐った何かの頭部にしか見えなかった。
如月のアイデンティティが音を立てて崩れ去っていく。
「さて、この迷宮の名前はなんだったかな? たしか……如月区だったような気がするが」
「スイカさんを……どこにやった」
「黒金水華……いい名前を考えたなあ。そりゃ1年もあれば設定は練ることくらい容易だろう」
「意味が分からない……僕が考えたんだったらお前は何なんだ」
「不思議に思わなかったのか? 何故貴様だけがこの迷宮に存在しているか。それはな、貴様も迷宮に潜む魔物の1つだったからだよ」
白髪の魔物に告げられた発言を完璧に信じきったわけじゃない。
それでも、こいつの言うことには妙に説得力があった。
次々と魔物に伝えられた話を受けて如月は徐々に疑心暗鬼になっていく。
「妙だと思わないか? 貴様に襲いかかってきた魔物が自分に似た人狼と姉の形をしたリッチだったのか」
「それは……僕の記憶で……作ったから」
「イコカ……だったか? 傑作だなあ、登場しない人物を考えるのは。それに、ただの迷宮ならどうしてスイカ以外の者が入ってこなかったのだろうなあ。」
「もう……やめてくれ」
ただただ話を聞いているだけなのに、頭痛が激しくなっていた。
やがて半信半疑の状態から如月の中では確信へと変わってしまい、無言で聞くどころか懇願することしか出来ない。
「残念だが、貴様らの存在を証明出来るものなんて存在しない。諦めて我とともに生きようではないか」
そして、如月は覆らない真実に気が付いてしまった。
――僕は、みんなとは違う。
その答えに辿り着いた途端、全身に入っていた力が抜け落ちていた。
スイカに会ったあの日を思い返してみれば、たしかに全ておかしかったような気がする。
あんなに都合良く助けが来るわけないのだ。
そもそも自分が配信なんて行為をしていたかすら疑わしい。
この1週間は全て妄想だった、それとも去年から妄想なのか。
この魔物が言うことが正しいのなら、自分が持っている記憶の全てが偽物だということになる。
如月は朦朧とした意識の中、膝をついて頭を抱えた。
今何をすべきか思考してみたものの、結局何も思い浮かばない。
いつもそうだ、考えるフリばかりで何もしていないのだ。
「僕は……何のために……ここまで……」
「意味? 意味などいらないだろう。如月が何者でもなく不必要な存在だと自覚出来たならそれでいいじゃないか」
「それでいい……」
(……弱気になるな。こいつの話を聞くくらいなら……僕は)
絶望的な状況に陥った如月は、手に持っていた銃をこめかみに当てた。
ここまで心を動かされてしまうのなら、いっそのこと自分を壊すしかない。
今までもそうやって解決してきたから、今回だってきっといける。
引き金を引いた瞬間、時が止まったように時間の流れが遅くなるのを実感し、自分が死ぬことを受け入れるしかなかった。
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