第42話 ようこそ我の世界へ
いまいち意味の分からないことを言っているスイカを差し置いて、如月はスタンドから会場の雰囲気を感じながら一瞬だけコメントを覗いてみる。
《本当にここなのか?》
《バカ広いけど何もなくて虚無だな》
《こういうときに人目を気にしないで走ってみたいわ》
《ここスタンドから見えない死角多いぞ》
《なんか地面が動いてない?》
一瞬だけ見えたコメントに反応してスタジアム中央にあるフィールドを注視してみると、そこに何かが蠢いていた。
人工芝生の中から藻掻くように輝かしい肉体が顔を見せ、神秘的な誕生を目の当たりにした如月達は武器を持って戦闘に備える。
スイカは直前に使ったロケットランチャーを異空間から取り出し、後頭部が見えたと同時に引き金を引いて弾丸を撃ち込んだ。
オーガ戦以上の砂煙に塗れて会場全体が霧に包まれ、自分達で考えた作戦だというのに視界を奪われてフィールドの様子が見れなくなってしまう。
ドローンの高性能カメラでもその様子は捉えられないようで、視聴者から苦言を呈する声が上がり続けていた。
しかし、如月達にも他に策がないわけではない。
如月が【五感強化】を発動させ、〈視覚〉を強化して少しずつ如月の視界が開けていく。
爆発の衝撃で中央の生命体は完全に地上へ顕現していた。
体毛と鱗を黄金に輝かせるゴッドドラゴンが威風堂々と空を眺め立つ。
そしてその巨大な翼を羽ばたかせてゆっくりと浮き上がり、一帯にかかっていた霧を一掃した。
咆哮とともにとてつもなく鋭利な牙を向けて、如月達に対して威圧感を浴びせてくる。
その姿はまるで昔話に出てくるような古の龍の如く威厳を放っていた。
ひと目でこいつがダンジョンボスだと分かる迫力に、スイカは心から嬉しそうに声を出す。
「あれがボスモンスターかなぁ!? ワクワク……どんな強さなんだろう! めちゃくちゃおっきいし……!」
「スイカさん、武器を貸してください。僕はこっから近距離で攻撃するのでスイカさんはカバーお願いします」
「いつもと真逆だ!」
「たまちゃんは……僕が危ないと思ったらホログラムを投影してね」
「『分かりました。私があなた達を必ず守ります』」
画面の向こうの視聴者にも伝わるように、もう一度同じことを丁寧に告げながら戦闘を開始した。
スイカから斧を借り、スタンドを降りてフィールドに足を踏み入れる。
正面で対峙することでさらにゴッドドラゴンから感じる威圧感が強まり、かつて感じていた気配の正体と一致していることに気が付いた。
だが、ここで絶望している余裕など存在しない。
ボスの先制攻撃よりも早く【五感全強化】を発動し、魔法攻撃の回避を実行していく。
火炎を吐かれようとも翼で薙ぎ払われようとも致命傷となりうる攻撃を全て避け続け、その間にスイカがスタンドから魔法攻撃を行い続けた。
その都度、ヘイトの方向が変わり続けるが、その瞬間を如月は見逃さずに胴体や大翼を切り刻んでいく。
結論だけ言えば、このモンスターは今までで1番強かった。
物理攻撃が通らないだけの魔物なら、スイカの【武器創造】を使用して魔法攻撃をし続けるだけで負けることはこれまでもなかった。
その弱点はダンジョンボスであるはずのゴッドドラゴンにも通用しており、戦闘開始してから数分で目に見えて弱まっていく。
「……これだけ? 第2形態とかあるよな? こんな……こんな弱い魔物に恐れていたのか僕は?」
慧眼があると密かに自負してきたことを恥じたくなるほど弱く、困惑しているうちに最後の弾丸が放たれた。
「……ヴァ」
顎を粉砕され発声もままならないまま、龍は白目を剥いて地面に墜落する。
しばらくの間謎の沈黙が続き、彼女と目を向けると、歓喜の声を上げていた。
「勝ったーー!! やっと迷宮のボスを倒したんだ! これで解放されるね、キズラキ君!」
「は、はい……これで僕もようやくここから出られるんですね……?」
ようやく終わる長かった非日常。
これで1年と1週間ぶりに外の世界が直接見られるはずなのだが、どうしても違和感が拭いきれない。
だが、今の自分にはこの事実を覆すものは何もなく、信じられないような出来事を肯定するしかなかった。
「本当に良かったよ! キズラキ君がいてくれたからこんな簡単に倒せたんだよ!? 笑いなって!」
「そうですよね……? やっと視聴者のみんなと同じところに行けるんだ」
「そうだよ! それで……約束したよね、デート配信するって。忘れてないよね!?」
直前までデート配信をする約束をしていたことを忘れていた如月は、そこで初めて幸福な感情に包まれて笑顔を見せた。
魔物から目を逸らし、スイカに1歩近づいた瞬間地面が軽く揺れる。
慌てて如月は振り返ると、死んだはずの龍の口がゆっくり開いて、禍々しいオーラを放った人の姿をした魔物が現れていた。
「おめでとう。やっと我の封印を解いてくれたのだな」
「……お前が本当のラスボスか。道理で弱いと思ったよ」
「ふふ、面白いことを言うじゃないか。だが決してこの龍が弱かったわけではない。何もかも鍛えられた結果だろう。だから我は証明しようと思う。この世界が如何に単純な作りであるか」
登場してすぐ意味の分からないことを言うラスボスと対峙し、如月の心臓は反対に落ち着きを見せる。
「まずは……そこの女が虚構の存在であるということを見せてやろう」
「スイカさん……!?」
嫌な予感がした如月が彼女の方を向いたが、既にスイカの姿はどこにもなかった。
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