第45話 五感を超えた先に待っていた

(なんだこれ……)


 如月は全身に滾る不思議な感覚に困惑していた。


 視力が良くなったとか地面の音すら聞き取れるようになったとか、そういう大それたものではない。


 ただ、別方向で卓越した能力を手に入れたような気がしている。


 いや、ある意味【五感強化】の延長線になるのかもしれない。



 だけが分かる予感がして止まなかった。


 きっと何をしても正解になる、そんな予感がする。



「……もう、終わりにしようぜ。ラスボスさんよ」

「何故生きている? 貴様は自死を選んだのではないのか?」


 如月は魔物の返答で全てを確信した。


 コイツの話に整合性はなく、真実だけを話していない。



「何を言われたって無駄だぞ! お前の思考は完璧に見抜いた。結局は迷宮のボス……人の真似事をしているだけの魔物。要するに『人という概念』を模したモンスターだ」

「な、何が言いたいんだ。どちらにせよ我には勝てない、貴様には殺せない!」


 白髪の魔物は憤怒に満ち溢れた表情で死んだと思っていた龍の口に籠り、ゴッドドラゴンの肉体を再度操って戦闘態勢に入った。


 殺意に満ちた眼光でこちらを睨んできたが、如月はそれでもなお怖気を感じていない。


 彼には魔物の攻撃を勘で読み切る確信を持っていた。


「1年も待たせてしまって悪かったな、モンスター。お前らは攻略者である僕のために用意されたボスモンスターに過ぎないのだと……感じ取った」



 どちらの声か分からないような咆哮とともに龍の爪が襲いかかる。


 しかし、それでも如月は揺るがない確信を元に身体を動かした。



 予知能力を手に入れたように全ての予備動作だけでどこからどの攻撃が飛んでくるのか直感で理解出来る。


 気が付くと如月は【五感強化】を発動しており、今までにない読みでスタジアムを利用して攻撃を回避し続けていた。


 ロビーを駆け抜けゴッドドラゴンが入れないところまで潜り込み、スタジアムの外を目指す。


 途中でスタジアムを破壊しようと外側から攻撃してきたが、自分が立っている場所が壊れないと分かっていた如月はその足を止めなかった。


 ゴッドドラゴンといえど、直前の戦闘で肉体が限界を迎えて使える魔法も限られている。



「このまま行けば……」


 勝てる、と言い切る前にスタジアムの出入り口から眩い光が急速に遮られた。


 こちらをじっと覗く龍の目を見て、如月は感じる。



 ゴッドドラゴンは魔力を吐き出してくるに違いない。


 だが、その攻撃がと予感している。


 そして、その読みすらも的中してしまった。


「ガッ……!」


 突如として起きた強風の影響で真上の屋根が崩落し、無防備な姿を晒した魔物に対して降り注ぎ、胴から下を潰されて動けなくなる。


 その隙をついて如月は龍の口に飛び込み、中にいた白髪の魔物を引きずり下ろした。



 主を失った龍は生命活動を停止させ、再び二人だけの世界か訪れる。


 今まで軽蔑の眼差しを向けていたはずのモンスターが、見上げる形で虚勢を張っているようにしか見えなかった。


「お前、本当は戦えないんじゃないの。さっきから直接殺そうとしてこないし……」

「……死ねッ!」


 如月の言葉に苛立ったのか、おもむろに魔弾を放ってきたが、そうしてくると如月は首を傾げて回避する。


 やはり、この勘は自らの能力で間違いなく、ここまで百発百中なのは自らの力だけではない。


「迷宮で死んだ何百万の命が僕を助けてくれてるのかな……今となっちゃどうしようも出来ないけど。さて……ラスボス、終わりにしよう」

「や、やめ……」

「僕はやめないよ。お前を倒して配信者として生きてみせる。どうなろうが、この迷宮からさよならだ」



 そう言うと如月は腰に差した剣を抜いて、白髪の魔物の肉体を貫いた。


 小さなうめき声とともに、彼の幻覚が解けて、真の姿が顕になる。


 軽く引き攣った表情で、彼女は如月を見つめていた。



「……スイカさん、ラスボスに寄生されてたんですね。どうりで強かったわけだ」

「あ……危なかったよ……?」


 如月が貫いた肉体はスイカではなく、彼女の頭に張り付いていた気色悪い年老いた幼児のような肉体だった。


「僕には全部分かってますから。正真正銘これで終わりです」


 枯れて動かなくなった肉体が地面へ落っこちて、自由を取り戻したスイカは如月の目を見て冷や汗をかきながらも微笑んだ。


「これで……終わりなんだね。良かったよ、迷宮攻略配信! たまちゃんも……ほら、あそこから映してくれてたみたいだし!」



 彼女が指差す方向を見ると、たしかにそこでたまちゃんはレンズを向けていた。如月のドローンは状況を察知して上空に避難していたようだ。



 ラスボスを倒した結果、如月区を区切っていた結界がなくなったことで、外からの救助がしばらくすれば到着するだろう。


 あるいは二人で外まで歩いていくのもいいかもしれないが、お互いに疲弊していると分かっていたので待つことを選んだ。


 配信画面を見ていると、戦いを終えたにも関わらず視聴者は増え続け、数分もしないうちに同接は40万人を突破した。



 周囲の警戒もしなくてもよい状況に如月は深く安堵し、つい彼女に気軽な気持ちであの約束を口にしてしまう。


「そういえば……約束守ってください。デート配信、待ってますよ!」

「デート配信……! そうだね、絶対やろう! スイカがプランまで決めてあげるね、キズラキ君!」

「…………はい」


 その瞬間、如月は嫌な予感がしていた。


 決して彼女が嘘をついてるわけではない。



 ただ、理由は分からないが、その約束がと、何となく分かってしまったのだ。

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