第35話 リッチとそろそろ戦いたい

「……オエエエッ……」


 強烈な悪臭を鋭い嗅覚で嗅いだ如月は膝をつき、必死に吐き気をこらえながら呼吸を整えようと深呼吸をした。


 曖昧だった意識が次第に明瞭になり、1分も経たないうちに完全回復して周りの景色が見れるようになる。


 が、事態は全く好転しない。



「臭え……たまちゃん助けて……」

「『まだ私達は異世界に隔離されているようですね。恐らくですが今いる空間は平行世界に近く、このまま来た道を戻ったとしてもスイカ様とは会えないでしょう』」

「じゃあどうすれば……」



 さらに思考を巡らせて如月は案を絞り出す。


 悪臭が消えるという異変を解決したのだから、何かしらの変化が起こっていてもおかしくない。


 コメントも延々とループしているせいで視聴者に聞くことも出来ないのなら、頼れる対象は一人だけ。


 如月はある提案をたまちゃんに振る。


「たまちゃん、直前に分析した魔物の魔力を嗅ぎわけたり、同じ魔力を辿ることは出来たりしない?」

「『はい、どちらとも可能です。の認知機能を備えているため先程のリッチと如月君の魔力なら探知出来ます』」

「……良かった。僕が撃ち込んだ銃弾は魔力そのもの。僕の魔力とリッチの魔力、両方とも探知してほしい」

「『分かりました』」


 そう返答した彼女は何やら騒々しく音を立てて、キョロキョロとカメラのレンズをあちこちに向けていった。


「『……2つのデータを参考に探知した結果、少なくともこの通路の先に3ヶ所反応がありました。ですがその2つの条件が重なるものはありませんでした。要するに……』」

「異変自体が嘘だったんだってことだね。同じところをグルグル回って何もないところを攻撃し続けてただけなんだ」

「『いえ、もしかすると1つだけ解決する手段があるかもしれません。はっきりと申し上げますと、如月君の魔力の位置は探知するたびに移動し続けていますが、リッチの魔力だけは必ず1か所からブレずにあり続けています』」

「……ずっと前から検知はしてたんだね。じゃあそこに向かおうか」


 自分の想像を上回る有能っぷりに感動しつつも決して油断を見せないように微笑を取り繕う如月。


 先導するたまちゃんに付いていきながら、如月は改めて思考を整理する。


 反応があった3ヶ所のうち2ヶ所が自分の魔力だけが付着していたということは、過去に異変だと考えて銃弾を撃ち込んだということだ。


 そして、残る1か所は唯一の手がかりになるのだが、これが本当にリッチの元へ辿り着けるのか疑問に思えてくる。



 そんな中、ふとした拍子で如月はイコカの2個目のコメントを思い出した。


《色々と見飽きへんねえ、視聴者目線で見てても全く分からんわ。ホンマここにリッチとかおんの?》


 もしかして、根本的に想像するリッチの姿とこのダンジョンに存在するリッチの姿は違うのか。


 いや、違う可能性は相当あり得るはずだ。


 以前人狼と戦ったときも、外の世界にいる個体よりもずっと優秀だったといった感じのコメントが配信アーカイブに何個か残されていた。


 だとすれば、今回のリッチもそれに値する可能性は充分高い。

 それどころか独自の進化を遂げているせいで誰にも見分けがつかない存在になっているかもしれないと考えると、見ているだけの視聴者に正しい判別は不可能だろう。



 かくなるうえは自分の勘とたまちゃんのデータを信じるのみだ。


 そうして歩みを進めていると不意にドローンが止まり、何の変哲もない壁に向かって停止した。


 無言で察しろと言わんばかりにレンズを壁に向けてきたため、こちらも何も言わずに銃弾を撃ち込む。


 すると、今回は今までのように溶けたり崩れたりするのではなく、壁自体が半透明になってその奥にまたまた新たに通路が出現した。


 延々と先を進み続けるたまちゃんに対して、如月はリッチについて質問していく。


「リッチについて詳しく教えてほしい。前回は膨大な魔力を抱えて亡くなった死体ってことしか分からなかったから」

「『承知しました。リッチの一般的な特徴として見た目が骸骨で強力な魔力を持つことが挙げられます。また、その正体は生前魔法に長けていた人物というケースが非常に多いため、戦闘を避けることが推奨されていますね。今回のように魔物の死体などを利用して従えるのが主流の戦い方です』」


 リッチの説明を聞いても腑に落ちない如月は、質問を変えてたまちゃんにリッチについてより詳細な内容を聞き続けた。



「戦闘を避けることが推奨されるレベルってどうしてなの? ただ強いだけじゃなさそうだけど……」

「『それはですね、リッチの最大の特徴として不老不死があります。死ぬことが出来ないからこそ進化を続ける魔物であり、ダンジョンによってはボスモンスターであることも多いです』」

「戦うべき相手じゃなかったな……というか、本当に不老不死なら僕はどうやってリッチを倒せばいいんだ」

「『……それについては私ももう少し思考してみます』」



 そう返答してからたまちゃんは黙々と進み続け、曲がり角を曲がった瞬間、如月の足は歩みを止める。


 一定間隔で置かれた電灯の光の隙間で照らされないがこちらを向いて立っていた。



「あ……お姉……ちゃん?」

「『如月君、これ以上進むのは危険です。魔力量が著しく上昇しており、何が起こるか予測出来ません。今すぐ離れて――』」


 たまちゃんの静止する声を無視して如月は全速力で近付いていき、その場から動かない彼女を強く抱きしめる。


「お姉ちゃん……ここから出よう。そっか……お姉ちゃんはここに閉じ込められてたんだ……1年間もずっと一人で……生きてきたんだ」


 如月も分かっていた。目の前にいる人物が自分の姉ではないと。


 それでも如月は彼女を離すことは出来なかった。


 肌から伝わる熱も、懐かしい香りも、その全てが如月の姉――如月維子ゆきこそのものだったのだ。


 だが、この空間でただ一人現実を見ていた者がそこにいた。


 金属で出来た重い体で体当たりされ、如月は思わずよろけて彼女の体から離れてしまう。


 起き上がったときには既に維子の体は消えていて、残されたのは如月とドローンのたまちゃんのみ。


 正気を取り戻した如月は、無言で立ち上がって涙を拭う。


「ここに来てからずっとおかしい……ごめん。また幻覚に騙された……」

「『次からは気を付けてください。ここは非常に危険です。私と如月君以外は全て偽物だと思ってください。スイカ様が現れた場合は正しい判断が出来ると思いますが』」


 少し怒っているような言葉遣いでゆっくりと動くたまちゃんを追いかける如月。


 そこから約5分、ポスターや標識などの展示物が完全になくなりひたすら一本道を進み続け、行き止まりの壁の前で二人は停止する。


 今回の彼女は察しろと言わんばかりの沈黙ではなく、これ以上することがない沈黙をしていた。



 どうやら地下鉄の旅はここで終わりのようだ。


 この長い道の先で1つの答えに、如月は到達していた。


「不老不死で成長し続ける……そうか、リッチの正体はこの町全てということなんだな。僕達はこのダンジョンに踏み入れた瞬間からリッチと戦っていたんだ……。悪臭がするのも……ここが最もリッチに近い場所だからか」


 如月が呟くと同時に、何もない正面の壁に大きな扉が現れた。


 たまちゃんはAIながらも少し驚いた様子で、ちらりとレンズを一瞬こちらに向けて正面を向き直す。



 扉を開けた先に待ち構えていたのは、如月にとって馴染みがある空間だった。


「……正解ってことか? てか、地下鉄ってことも無視するようになったのか」

「『ここは……如月君の自宅では?』」

「みたいだね。君を初めて起動した場所だ」



 そう言って如月は背もたれのある椅子に座り、たまちゃんの頭を優しく撫でる。


 二人の終着点は、1年前まで生活していた如月の家だった。

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