第34話 異変があったら何をする?

 書き記されたコメントの数は全部で3つ。


《ほえー随分と広いなぁ。こんだけ栄えとる都会なら、1回ぐらい足を運んでみたかったなぁ》

《色々と見飽きへんねえ、視聴者目線で見てても全く分からんわ。ホンマここにリッチとかおんの?》

《アカン、同じところグルグル回りすぎて吐き気してきた。それ以上は意味なさそうやしさっさと如月君と合流した方がええんちゃう? 多分やけどこういうときは如月君が閃いてくれると思うで?》


 そのうち2つはただ単に感想を述べただけのようだが、重要そうなのは最後のコメントだ。


 ……この一文の感想が出てくるのはおかしい。


 だって彼女は一通りをくまなく探していただけなのだから、観察眼があるであろうイコカ先輩が見間違えるわけがないのだ。


 かといってドローンに異常があるとは思えない。

 つまり、異常が起こっているのはこの町――強いてはこの地下鉄全体か。


「もしかしたら……探索を終えたと勘違いしていたかもしれない。何か細工されてるはず……もし、魔法でも使われているのだとしたら……僕の魔力を与えたら崩壊するかもしれない」


《異変を探せ!》

《スイカ速報、未だスイカ余裕の笑みを見せている》

《8回連続異変を見つけたら出られるぞ》

《ゲームじゃねえんだよw》

《お前は焦んなくていいぞ、上でスイカはクソ余裕そうや》

《お、面白くなってきたやん。オレらも手伝うで〜?》


「……よく分からないけど、そういうゲームが流行ってたんだね」


 何気なく告げた言葉を真に受けてしまったのか、コメントの雰囲気がどんよりとしたものになってしまった。


《ごめん》

《1年の間にとあるゲームが流行りまして……》

《早くダンジョンから出て幸せになってくれ》

《なんか普通にスイカも知らなそう》


「……みんな、よく見たらこのポスターおかしいよね?」


 そう言って如月は一見普通そうに見えるポスターの前に立ち、違和感のある箇所を指差す。


「だって……おかしいじゃん。アイドル風のポスターに僕が写ってるなんて」


 まるでイケメンの俳優がとるようなポーズをした如月絃のポスター。

 視聴者に笑われ、如月は急いでこのポスターを消し去ろうと魔力式の銃を取り出し銃口を向けて引き金を引いた。



 魔力はポスターを貫通してドロっと溶けて壁が音も立てずに崩れ去り、奥側に通路が新しく現れる。


「で……この道は正解なのかな?」


 ここ以外の異変は見つからなかったため、迷う時間もないまま足を踏み入れて先を急いだ。


 だが、そこから先の光景は異質であり、原型をとどめていない魔物の残骸らしきものがそこらじゅうに転がっている。



 そして、その中にも当然異変が紛れ込んでおり、自販機で販売されている物が魔物の臓器や骨だったり、電光掲示板に表示された文字や明らかに人間の扱うものではなかったりと様々な異変が確認出来た。



 5つの異変を見破り、目に良くないファンシーな色合いの通路を突き進んでいき、さらなる異変を視聴者とともに探す。


《ポスターがこっちを見てる》

《新幹線が出発する音が聞こえる》

《消火器の形が変じゃない?》

《壁の色変じゃない? 引き返そう》


「引き返してもリッチは倒せないよ……あ、消火器は変かも、壊すね」


 少し引き返して上半分がねじ切れそうな消火器を見つけて破壊し、設置されていた壁が溶けてまた新たな道は出現する。


 それを繰り返して約20分が経過。


 たびたび流れてくるスイカ速報もほとんど変化が起こらず、着実にリッチの元へ向かっていく如月とたまちゃんだったが、ある場所で二人は躓いてしまった。


「大変だ。完全に行き詰まった、どこにも異変がないよ」


《いやあるだろ》

《ここトイレ?》

《お前……頭が……》


「頭? トイレもくまなく探したよ!? 洗面台に鏡もいつもどおりだし……」


《如月君、個室をもう一度確認してください。異変が起きています@たまちゃん》


「異変……? 全部確認したよ、この閉まってるところだってノックしたら……」

「はーい」

「ね? ちゃんと人の声が……」


 トイレの個室から聞こえる声の正体は誰だ。


 いつの間にかスルーしていた事象に気が付き、慌てて銃弾を扉に打ち込んだ。



 すると、中からうめき声が上がったと思ったらすぐに扉は自動で開き、便器の代わりに抜け穴のようなものが残されていた。


「今のは何だ!? 人なんているわけがないのに……!」


(まずい……認識もおかしくなってきてる……視聴者とたまちゃんがいなかったら詰んでたかも)


 スイカよりも自分の方が危険な状況にあると察知した如月は、その穴を潜って先に進み続ける。



 何か異変が起こっているのを発見するたびに、配信が止まっていないかしっかりと確認し、その都度コメントを読んで心を落ち着かせた。


《そのままいけば絶対リッチを見つけられるはず!》

《諦めるな!》

《スイカ速報、額の汗を拭って戦闘継続中! 未だ無傷の模様》

《如月君、さっきから異変が継続しています@たまちゃん》


「異変……異変ってもはや何なんだよ……リッチの気配も感じないし……僕は……今……どこにいるんだ……?」


 偶然壁に展示されていた構内図を眺めて現在地を確認するが、そこに記されているわけもなく、如月は途方に暮れる。


《諦めないで》

《頑張れ》

《きっと脱出出来る》


 それでも如月が進み続けたのは、視聴者が励ますコメントを残してくれるから。

 しかし、ピロンと音を出してたまちゃんがこちらの注意を引いてくる。


 彼女が発する言葉を黙読し、如月は足を止めた。



『コメントはこれ以上読まないでください。私達は現実の世界にはおらず、異世界にいるようです。その証拠に、最初の異変を発見してからイコカ様のコメントが送られてきていません』

『引き返しましょう。これ以上進んでもリッチはおろか地下鉄から抜け出すことは出来ないです』


(そうか……だったら異変はに起きてるから破壊すれば……いや、本当にそうなのか?)



 如月の選択肢には3つあった。


 1つは引き返すこと。最初の地点に戻ればリッチ探しを再開することが出来る。

 もう1つはドローンを破壊すること。異変を破壊すれば先に進むことが出来るかもしれない。


 そして、最後の1つ。それはたまちゃんを信じずに歩みを止めず進み続けること。

 どこかで本当の異変を見つけるかもしれない。


 だが、どの選択肢も希望的観測がすぎる。何というか、どれを選んでも失敗しそうな嫌な香りを感じるのだ。



 必死にその3つの選択肢に抗おうと記憶を頼りに深く熟考してみると、如月は現在進行系で起きている最大の異変に気が付いた。



 地下鉄に漂っていたはずのが今では全く感じ取れない。


 それがいつから起きていたかまでは不明だが、あれだけの臭いがこの短期間で分からなくなるわけがないのだ。


 如月は覚悟を決めて〈嗅覚〉を強化し、異世界からの脱出を図った。

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