如月と◯ちゃん
第31話 腐敗した町と腐らなかった少年
日が暮れるまで歩き回り寝不足の如月はドローンを起動し配信を開始する。
「ふぁ〜あ、こんラギー……今から『エリア11』です……いきなりの戦闘だけどよろしく。それと……たまちゃんもよろしくね」
「『よろしくお願いします。あ、そうでした。コメントしてもいいでしょうか?』」
「勿論! して……いいですよ」
彼女が出現してから10時間はともにいるのに、どうしても敬語混じりの中途半端な言葉で返答するのをいい加減やめたい。
だが、そんなことを誰かに相談するわけにもいかないので黙々とチャット欄で戯れるたまちゃんの姿を眺め続ける。
《これからもよろしくお願いします@たまちゃん》
《よろしくな〜》
《名前変わってるの熱い》
《たまちゃんには優しくしろよな》
幸いなことに、視聴者の中に彼女を否定する者はいないようだった。
「うんうん……キズラキ君! ここは何てところ?」
「ここは……
そう言って如月は、バブル時代に作られた何の意味があるのか分からない馬鹿でかい塔を指差す。
『エリア11』に当たる場所にある真幻町は、ダンジョン化する以前まである程度観光地として人気があった。
しかし、魔物が蔓延り今となっては廃れた都市としか言いようがない。
《ボロボロだ……昔来たときは人でいっぱいだったというのに》
視聴者の中にも観光したことがある人がいるみたいで、続々と悲しんでいるコメントがポツポツと増えはじめる。
「で、これからどうするの? 多分、このまま道なりに進んでいったら朝頃に見たモンスターの群れとぶつかりそうだけど!」
「楽しそうですね……」
誰よりもこれから起きる戦闘を楽しそうに待ち構えているスイカ。
ただ、このダンジョンをクリアをするためには避けては通れぬ道なのだから、怯む必要はない。
迷宮の終わりが近づいてきたことを噛み締めながら三人はシンボルの真幻町に足を踏み入れる。
その途端、明らかに周囲の空気が変化した。
如月達は目を合わせ、周囲の安全を確認して回る。
すると、この町全体に煙臭い匂いが充満していることが分かった。
以前はこんなことなかったはずなのに。
「臭いなあ……」
《くっさ》
《如月さぁ……》
《w》
鼻をつまんで不快そうにこちらを見てくるスイカが見てくるせいで視聴者に勘違いされ、如月は羞恥心を感じて顔を赤く染めてしまう。
が、決して怒ってるように他人から思われないよう笑顔を作って、
「『この町が』! 臭いですよね! 他のエリアとは比にならないくらい悪臭がね、してますよね!」
と、声を張って主張する。
《私も同意見です。この町に来てから不快度が非常に上がっています@たまちゃん》
《不快度とは?》
《昔来たことあったけどそんなに臭ってた記憶なかったのになあ》
たまちゃんの援護もあり、コメントの雰囲気がそっちに引っ張られ話題を変えることに成功した。
「スイカさん気を付けてくださいね、僕もこんな異変が起こってるところを初めて見ましたし」
「うーん……敵がいないね? この匂いってモンスターがいっぱい集まっているからー! ……とかなのかな?」
「それは……あるかもです」
《この町全体を見下ろして確認してみますね@たまちゃん》
「ちょっと待ってたまちゃん――」
如月の静止も聞かずに宙に浮いていくドローン。どの建物よりも高いところに届くと横に回転して町全体を映し出す。
それを30秒近く繰り返すと、回転をやめて再び如月の手元に帰ってきた。
「……どうだった?」
如月の尋ねる声に反応して、たまちゃんは配信にコメントを打ち込んだ。
《このエリアにいる魔物の9割近くが1か所に集まっていました。それと周囲の様子を確認しましたが、火災や汚染などはありませんでした。もしかすると悪臭の原因もその中にあるかもしれません。詳しくは遡ってくれたらより理解出来ると思います@たまちゃん》
《すごい優秀や》
《景色めっちゃ良かった》
《ダンジョンの中なのになんか綺麗だったわ》
《迷宮自体貴重だからめっちゃ見てて楽しいわ、ありがとなたまちゃん》
《今みたいなのもっとやってくれ》
「たまちゃん……ありがとう」
たまちゃんが勝手に判断して行った行為が視聴者から概ね好評なのを見て注意する気も失せ、ドローンを彼女の頭だと思って撫でた。
そして、彼女に従って自分の配信を開き実際の映像を確認してみると、たしかに魔物の塊が見える。
が、彼らの配置的に戦おうとしなくても中央を目指せるのに気が付いた如月は、スイカに伝えようと振り返った。
「よし! 戦おう!」
「それが……このルート通らなくても中央に向かえます。そうした方が体力温存出来そうですし」
「いや! 戦闘のプロだから分かるんだ! あれはきっと『蓋』なんだよ。勿論、人狼君と挟む目的もあっただろうけど、仮にスルーして中央に向かったら大変なことになるよね!」
「たしかに……そうしましょう」
スイカの発言に素直に納得し、気を引き締めなおして魔物達がいるところに歩みを進める。
魔物の群れに近づくたびに臭いはドンドン悪化していく。それでも三人は足を止めずに進み続けた。
すると、狭い道をくぐり抜けてきたはずが急に開けた土地に飛び出てしまう。
その先に、目標である彼らが立ちすくんでいた。
どうやらこの開けた空間は彼らが無理やり建物を破壊して作り出したようだ。
「……何かあいつら怯えてませんか?」
「怯えてる? うーん……そうかなぁ? スイカ達に恐怖してるかもね!」
そう言って彼女はまた真紅の斧を取り出して戦闘準備を整える。
しかし、どうしても新しい疑問が沸き立った。
何故、彼らは怯えているのか。目の前にいるモンスター以外に敵の気配は存在していない。
なのに……何なんだろう、この奇妙さは。
《うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお》
《何十匹いんだよこいつらw》
《たまちゃんも暴れろ》
この不安を拭えないまま戦闘が始まり、スイカが速攻で飛びかかる。
鋭い刃が小さな魔物に突き刺さり、一撃で亡き者にしてしまった。
「なんか……弱いなぁ……!」
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