第30話 あなたの名前は何ですか
「……これでヨシ」
如月は軽く編集を済ませた動画を読み込ませ、自分のチャンネルで投稿する。
たった30秒の動画だが、これを見てくれたらある程度は伝わるだろう。
昨夜の配信で何があったのか。
「……とは言っても、どう説明したらいいのか分からないんだよなあ……」
目の前のドローンを撫でながらボソっと独り言を呟く。
配信からインターネットまで何でも出来たこのドローンカメラの中にAIがいたなんて、自分でも実際に目の前に現れるまで完全には信じきれていなかったのだ。
水浴び中のスイカがいない間にやれることはないか模索してみたが、やっぱり直接コミュニケーションを取る以外に方法はないかもしれない。
「……えっと
「『こんばんは、如月君』」
と、如月の声が音声認識され、AIの反応がメッセージとなって画面の中心に表示された。
文章もどこか他人事のようで、視聴者じゃないとなると嫌にお互いの距離感を感じてしまう。
「ねえ、ずっと『如月君』って呼んでるけど、距離感ない?」
「『はい。一定の距離感はあるべきですから。あくまでも私はあなたのサポートをするだけです』」
「そっか……」
平凡に生きてきた如月にはAIと会話した経験などあるわけがない。
いまいち会話も弾まないまま、しっとりとした長い髪を下ろし、どこから持ってきたのか分からない寝間着を身に着けたスイカが帰ってきてしまった。
「あれ? まだ起きてたんだ。明日は大変だって自分で言ってたのに、寝なくて平気なの?」
「水華さん……明日からどうしましょう」
「どうするって……何が? 普通にいこーよー」
彼女は明るい表情で曇った顔を崩そうと優しく背中を押してくる。
如月はドローンの電源を落とし、流されるようにベッドの中に潜り目を瞑った。
「……水華さん、今日は早めに起こしてほしいです。長めに寝てほしいので」
「うん、分かった! じゃ私は切り抜きとか見てこようかな?」
そう告げて水華は部屋を出ていく。明日を迎える不安が勝り、如月はいつもよりもすんなりと深い眠りにつくのだった。
そして翌日。3時間の仮眠を終えると同時に水華に叩き起こされてスマホの画面をいきなり目に入れられる。
「これ、見て!」
「……え? まとめサイトですかね……?」
寝ぼけ眼をこすりながら画面を凝視する。そこには大量の文字の羅列。
内容は昨日の如月とスイカの配信で出てきた話題について。
前半はスイカの本名バレに対する反応で埋まり、後半は如月のドローンに対する反応で埋め尽くされていた。
こういうのを見るタイプとは知らなかったため少々驚きはしたものの、なぜこれを見せたのか純粋に意図を尋ねる。
「だって……すごいじゃん! キズラキ君のドローンの技術にみんなが注目してるんだよ!? 正直、私も惚れ惚れとしちゃってる……ところはある!」
なるほど、それでいつもよりグイグイくるんだ――とは言えずにとりあえず首を縦に振りながら自然にベッドから出て入れ替わった。
「……だからね、配信で……名前とか決めよ……」
喋りながら眠るという漫画みたいなことを見せつけられ、半笑いのまま窓際に置いたドローンを片手に外の空気を吸いにいく。
ベランダから空を見上げて思索に耽る如月。
水華に頼まれたとおり、明日の配信で名前を決めるのが丸そうか。
そうして如月は視線を町に動かし、これから向かう『エリア11』の方を見て息を吸い直した。
○
「……と、いうことで今日の配信はこの子の名前を決めるとこから始めようと思いまーす!」
昨夜の事件を経て、快眠により全快したスイカが視聴者に向かって言葉を発する。
当然、隣には球体のドローンを抱える如月が立っていた。
(3時間は短すぎたかも……てか、コメント荒れてるなぁ)
《黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華黒金水華》
《水華←これなんて読むの? スイカ?》
だが、スイカもそういったコメントには一切触れずにドローンの名前案を視聴者にどんどん聞いていく。
「フムフム……色んな案があるんだねぇ! 『たまちゃん』……『まるちゃん』もいいね! 『メロンちゃん』とかもめっちゃ可愛い〜けど、このドローンはキズラキ君のだから、スイカに寄せるのは駄目!」
「なんかノリノリですね……」
ドローンの名前決めは一貫して楽しそうにスイカが舵を取り、如月はそれをただ傍観しているだけだった。
「2択に頑張って絞ってみたよ! 『まるちゃん』と『たまちゃん』! どっちかが似合いそうかも!」
「その2択は……なんというか……随分と国民的なネーミングセンスじゃないですか? かえって選びにくいというか……」
「ごちゃごちゃ言ってないでキズラキ君も決めてよ! スイカはどっちも好きだけどね!」
「うーん……」
どっちかと言われたこの2択、正直どちらでもいいのだが、ここで決めた名前で今後呼ぶとなるとやっぱりしっくりくる方にしたい。
……そのために如月は、ドローンに向かって語りかける。
「あの……姉さんはどっちがいいですか?」
如月の言葉に反応して、大きく文字が画面に表示される。
勿論、視聴者やスイカにはその文字が見えていない。
如月は彼女の希望に沿ってどちらがいいか選択する。
「決めました。みんなは……どっちの方がいいと思う?」
「フムフム……密かにアンケートを取ってみたんだけど5050だ! どっちを選んでもいいし、どっちを選んでもちょっと賑やかになっちゃうね!」
「それなら安心ですね、僕達が選んだということが分かりやすくて」
《ひまわりちゃんとかでもいいよ》
《シズカちゃんとかな》
いい感じにコメントも温まってきているし、答えるならすぐの方が良さげだ。
「『たまちゃん』……がいいってさ! 僕と姉さんが決めたからね、異論はないね?」
「『たまちゃん』……いいね! スイカもそっちがいいと思ってたんだよー!」
《いいね》
《まるちゃんの方がいいだろ》
《何でもいいわ》
そうして、如月のドローンAI改めたまちゃんが誕生する。
まず、AI本人がたまちゃんに決めた理由は画面に表示されていた。
『たまちゃんの方がいいです。そちらの方が如月君の良き親友になれると思ったからです』
……お互いに寄り添うつもりだから仲良くなれるかもしれない、と如月は口には出さず心の中で噛み締めていた。
「……で、こっからどうするー? キズラキ君!」
「そうだった……あのー視聴者さん。あれ、見えますか?」
実のところ、ドローンの名前を決めている余裕なんてなかったのだ。
スイカがカメラを向けた方向に如月もじっと目を凝らして見つめる。
問題なのは、これからの進行方向である『エリア11』に異常事態が起こっていることだ。
順当に進んでいけば今日の夕方には『エリア11』に到達するだろう。
しかし、そこには既におびただしい数の魔物が道を塞いでいるのが遠目からでも視認出来る。
《数やっば!》
《如月? お前エリア11からが侵入しやすいって言ってたよなぁ?》
《待ち伏せされとりますやんwww》
《面倒くさいしここから中央行こうぜ》
「ここから向かうのもありだ……ありなんだけど、それもそれで罠かも……」
「うーん……スイカは戦ってもいいと思うよ? だってあれだけの数を、予想だけど人狼君が用意したんでしょう? 逃げられないように配置しておいただけかもしれないし、君のプランを壊すようなことはしなくていいんじゃないかなー?」
一応、チャット欄の様子を見てみると、案の定彼女と同じような反応をしているものばかり。
過半数はスイカの意見に従っているだけだろうが、特段否定派もいないため彼女の判断に従って『エリア11』に向かうことになった。
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