第23話 いわゆる中ボス
「これで終わっちゃうのか〜? これから、人気配信者になるんじゃなかったのかよ?」
「……」
どうしてこうなってしまったのか、如月は絶え絶えの呼吸を吐いて虚ろな目で魔物を見つめていた。
時は1時間前に遡る。
当時の彼は今日が何の日か理解していなかった。
○
「あーあー聞こえる? 今僕達は『エリア10』を探索中。その様子はスイカさんのアーカイブから見れるんでみんなも見てね」
「キズラキ君も配信に慣れてきたね!」
「そりゃスイカさんと配信してますから、たとえ嫌でも成長しますよ」
アハハ、と分かりやすく上機嫌になるスイカの横で、しっかりと配信が始まっているか確認する如月。
《よっすー》
《今日調子悪そうに見えたが平気か?》
《いつまでも昨日のことを引きずんなよー笑》
《始めの挨拶作らん?》
「別に何も恥ずかしいとかないから! それと挨拶とかっている? 『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』でいいし『よっすー』とか『やあ』でも『こんー』みたいに何でもいいよ」
「そういえばスイカもあんまり決まってないかも、自由!」
コメントの提案に一瞬考えてみたが、スイカも決めていないならわりと何でもいいのだろう。
だが、たしかにコメントの言うとおり他の配信者は決めていることが多い。
それが同年代の配信であるほどその特徴がかなり顕著に出ている気はする。
《こんラギ〜》
「『こんラギ』ね、採用。それでいこう、いいよね?」
「シンプルイズベストだね」
あっけなく決まり、内心難しいことを考えず済みそうで安堵していた如月だったが、問題はそこではない。
視聴者は気付いていないだろう、さっきから普通の魔物とは違う気配がしているということに。
(またあいつか……)
恐らく前日の偽物と同個体、間違いなくこちらの隙を狙っているに違いない。
如月はスイカと目配せし、【能力】を発動して周囲の警戒を強める。
時刻は18時、まだギリギリ日が落ちきる前に住宅街を抜けたいところ。
決して視聴者には悟られないよう普段よりもコメントを拾いながら先を急いだ。
そうして通常配信をしながら歩き続けているうちに『エリア10』の中間地点に到達し、配信を始めてから30分以上経過していた。
だがしかし、配信中一度も魔物に遭遇しないため、困惑した様子で彼女が空を見上げていた如月に話を振る。
「なーんか……魔物の数が減ってきたね! ビビっちゃったのかなあ?」
「……それどころか魔物の種類まで小型モンスターに偏ってませんかね? これじゃそのまま中央に行っても良かったかな」
《早くクリアしてくれやー》
《余裕過ぎて草》
《如月一人でも簡単に出られたんじゃ……()》
「いや、本当にそうだよね。ボクなら、簡単に出られたはずなのに怖くて怖くて何にも出来なかったんだよな〜」
その声は如月の声であり、如月の声ではない。
二人は一斉に振り返り、その声の正体を目撃する。
「……また出たね? 今回は絶対に惑わされないから」
「もう配信のタイトル変えちゃおうかな。『【VS偽物】僕の偽物を討伐します【如月絃】』とかでいいですよね」
「ああ、本物のセンスには敵わねえや。ボクじゃ君みたいにコレを使いこなせないし、流石だよ」
そいつはニタニタとしながらこちらに向かい、無の空間から剣を取り出した。
《は!?》
《こいつスイカの能力と同じなのか!?》
《マジでキズラキそっくりじゃん》
「まあまあ、こないだの続きを話し合おうぜ?」
よく見ると偽物の背後にはゴブリンやオーク、過去に倒したことある魔物ばかりが沢山集まっている。
話を聞かないと一気に面倒なことになりそうだ。
「僕の偽物呼ばわりされるのもするのも面倒だから早く種族名を答えろ」
如月の応答を聞いて鼻で笑いつつも、両手を広げて素直に口を開いた。
「では先に見せてやろうではないか、ボクの真の姿を」
すると雲の隙間から月が現れ、彼の全身を照らした。
偽物の顔半分が泥のように溶け出して毛むくじゃらの皮膚が表面に現れる。
「ボクは人狼、種族名はライカンスロープってやつだろう。何故かその名前が脳裏に染み付いているんだ」
「人狼……人狼か」
(人狼って何だ? あとやっぱり見たことない魔物だな……)
人狼から発せられる声は最早如月の声ではなく、完全に化物の声だった。
コメントの速度も加速し続ける中、彼の話は続く。
「今日は何の日か知っているか? ロマンチストの如月なら分かると思うが、今宵は満月が見える日なのだよ」
「満月……満月が見えたら何が起こるんだ?」
《えぇ……》
《天然というか常識知らずじゃんか》
《正論は時に人を傷付けます。気を付けましょう》
《笑っていいのかな》
何故か視聴者に笑われているようだけど、突っ込む余裕はない。
彼の話を聞いた感じによると、満月に姿を現す魔物ということでいいのだろうか。
「ライカンスロープ……そういうことか! スイカは知ってるよ。あなた達は相手すると面倒なのよね、そうやって人の姿をしてるから。何よりも……素早い!」
「その通り……」
「ぐっ!」
瞬きする間に距離を詰められ、いつの間にか如月の上には人狼が乗っかってきていた。
「キズラキ君!」
人狼は斧を振り下ろそうとしたスイカの胴体を突き飛ばし、如月の上から離れようとしない。
「これで終わっちゃうのか〜? これから、人気配信者になるんじゃなかったのかよ?」
「……」
どうしてこうなってしまったのか、如月は絶え絶えの呼吸を吐いて虚ろな目で魔物を見つめていた。
「キズラキ君から離れなさい!」
「娼婦が邪魔をするなァ!」
人狼の咆哮が耳元に突き刺さり、一時的に音が聞こえなくなってしまう。
奴は目の前でこちらを見ながら邪悪な笑みを見せてはスイカの方に向かって威嚇し、何か喋っている。
……無駄な抵抗はしないでおこう、もしかしたら二人で話し合いたいだけかもだし。
というのも、ここで攻撃するのは得策じゃない。
何故なら彼は長い爪を如月の心臓部分に押し当てているからだ。
いつ心臓を貫かれるか分からないし、それなら耳が治るまで動かない方がいいだろうと結論付ける。
そうして如月は、スイカの困ってそうな顔を眺めながら、横目で配信画面を無言で眺め続けていた。
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