第21話 これから如月の笑顔が増えます

「いやー朝日が綺麗だな……」


 朝焼けの空に姿を残した月と太陽を眺めて、独り言を呟く。


 あの後、二人は山内を歩き続け夜明け前に何とか『エリア9』に辿り着いた。


 このペースで行けば本日中には『エリア10』に到達出来るかもしれない。

 そうすれば3日後には『エリア11』から中心部に向かえるようになる。


 だからこそ、誰にでも分かりやすくテンションを上げているのだが、背後にいる彼女や視聴者達はどうも気分が上がっていない様子だ。



「朝! だね……」


《おはよう》

《良い景色だ》

《徹夜で学校行くわー》


 イマイチな反応続きに痺れを切らした如月は、両手を広げて作り笑いをみんなに見せた。


「今日の配信は神回だったんじゃない!? 僕の三人目がいるって考察当たってたみたいだし? 切り抜きもすごく伸びちゃうんじゃない? 登録者だって……え、10万人達成してる!?」


 自分でも驚きながらリアクションを取ってみたが、スイカはハハ、と軽く笑っただけで何も返してくれない。


 まだ、本物を見抜けなかったこととコメントが荒れてしまったのを悔やんでいるのだろうか。


 少し、思考を整理してみるか。


 まず如月が考察していた内容について。これは如月・スイカの他に三人目がいるとされる説だ。


 結論からして、三人目の正体はスイカがダンジョンに来るずっと前から如月のフリをしていた魔物だったのだろう。


 ここ最近魔物の数が減少していたのも、やたらと変な気配を感じたのも恐らくこいつのせいだ。



 そして、そいつは今ものうのうと生きている。まだ正確な種族は分からないが、奴は必ずもう一度姿を現してくるはずだ。



 次にスイカが如月を間違えてしまったことについてだが、まあ自分よりも本物のように見えていたのだろう。

 別に彼女を責めるつもりはない。


 だからこそ彼女には早くいつもの調子に戻って欲しいが……。



「とりあえずチャンネル登録者10万人はおめでたい! 今日の夜、また配信するからよろしく! あっ学校仕事行ってらっしゃい〜」


《ファンサ良くなってて草》

《いつもと様子違いすぎwww》

《深夜テンション通り越したな》

《どこにも行かずに配信見ます》

《新人に気遣われてら》


 二人合わせて6万人の視聴者がスイカの心配をしているのに対して、スイカ本人は下手な作り笑いで誤魔化すばかり。


 このまま配信を続けても意味がないと勝手に判断し、自分の配信を終了させ彼女にもそれを促した。



「そうだね! 配信は一時中断ってことで、ご飯食べようかな」

「おつスイカ〜」


《今日の如月ファンサ止まらん》

《おつスイカー!》


 配信も終わりしばらくの間お互いに無言の時間が続く。


 すると、申し訳なさそうに彼女から口を開いた。


「……ごめんね? その……間違えちゃった! 偽物の方が……正直、いつもより別人だったけど……キズラキ君の本当の姿なのかな、って思っちゃってた」

「ま、まあそれはスイカさん悪くないです。騙そうとしてきた魔物が唯一の悪ですよ」


 慰めることが目的だったわけではないのに、気が付いたら彼女の頭を何故か撫でることになっていた。


 こんなの、配信で公開したら間違いなく2週間は燃やされるだろうな……。



 その後、少し様子が落ち着いた彼女を連れて銀翼山の下山を始める。

 その光景をいつか動画で公開するかもと考え、如月はカメラを回し続けた。



 特にモンスターが邪魔をすることもなく、ゆっくりと休憩できそうな場所を求めながら配信サイトやSNSに目を通す。


 どうやら如月が眠っていた合間に個人の切り抜きチャンネルまで生まれ、そちらの動画も50万再生されており、まだまだブームは続いていた。それで少しは安心出来る。


「……スイカさん!」

水華みずはでいいよ」

「水華さん! 僕の記憶通りならここを下った先に家があったはずです! そこで朝飯にしましょう」


(ようやく休める……)


 疲れた体をやっと癒せると思っただけで心がウキウキとしてくる。


 坂道を急いで下り、無人の家めがけて駆け出した。



「水華さーんありましたよ! ほらあそこです……あれ」


「ギィイイエエエ」


 嫌な鳴き声が聞こえる。これは……ゴブリン。


 が、姿を現したのはたった一匹だけ。造作もなく殺せるが……と、躊躇している間に後ろから弾丸のように何かが魔物に飛びかかった。


「グェ……」


「うん、そうだよね! 反省会はご飯食べてからにするね……! いやぁやっちゃったなあ……」

「大丈夫ですって全然誰も気にしませんからあれくらいは」


(とか言いながらゴブリン瞬殺しちゃうんだ……怒らせないようにしよ……)


 足元に転がった魔物の首をつま先で小突いてブツブツと呟きながら、一人で家に入っていく水華。


 如月はその寂しげな背中を見つめて後を追いかける。



 特に語ることもなく、二人は食事をしながらアーカイブに付けられたコメントを眺めて活動を終えた。


《如月絃という人間に会えて良かった》

《応援してるぞ、いつかオフ会開いてくれ》

《次の目標は登録者数20万人か? お前なら行けるぜ》


「……キズラキ君、先に寝てていいよ。私は、君が起きてから眠るよ」

「ありがとうございます! 水華さんも眠くなったら僕のこと叩き起こしていいですからね!」

「ふっ、そうするね!」



 決意と執念を胸に、如月はベッドに伏せ夜を望んだ。


 次の配信は10


 きっとその頃には少し幸福な気分で配信していることだろう……と妄想しながら目を瞑った。

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