第20話 魔物と人間の見分けがつきません

 目にかからない程度の長さで整った黒い前髪、絶妙な不潔感を漂わせながらも今朝貰ったばかりのパワースーツを着飾るアンバランスな偽如月が映像に映し出された。



 どう見ても如月そのものだ。が、本人としては向こうの方が若干汚く見える。



『ボロボロになるまで戦ったんだねー! スイカは気にしないよ』



 だが、それを看破しているはずのスイカは否定せず、むしろ肯定してしまっていた。


『ああ、ボクもここまで汚くなるなんて思わなかったです。本当に汚い……』


 それにしても、偽物のくせに自虐してるのを見るのは気分が良いものじゃないな。


 コメントもその意見に総意らしく、あくまでも画面に映る彼に対して罵詈雑言を浴びせていた。



《距離が近えんだよカス》

《ダンジョンどころじゃねえ》

《誰だよwこいつwww》


「……みんな安心してほしい。あと3分もすれば僕は彼女のところに辿り着く。スイカさんに這いよる魔物は僕が必ず殺してあげるから」


 視聴者を通じて自分にも言い聞かせるように発言し、先を急ぐ。


 時刻は深夜3時、本来の予定なら昼までには『エリア9』を抜けるはずだったが、このペースでは大幅なロスは免れないだろう。


 巻き返しを図るためにも早急にスイカを救わなければならない。




 そして3分後、如月はようやく彼女と偽物の前に対峙する。


「あれ……キズラキ君が2人!?」

「ボクの……偽物だ」


 彼らは揃って如月を見て困惑した様子を見せた。


 偽物の隣で驚いたままこちらを見つめてくるスイカに向かって、大声をあげる。



「スイカさん、それは偽物だ! 魔物が化けているんだ! 僕のところにも君の偽物が襲ってきた……あと、スイカさん配信中です」

「配信……あっ!」



 如月に言われてやっと思い出した彼女は、カメラを丁寧に持ち直し、こちらにレンズを向けながら二人の如月の顔を見比べて口を開いた。



「……ごめんね、スイカが本物だと思う方を信じるから……!」

「ですよね。こいつはが倒しますから、武器を貸してほしいです」

「分かってるよ、この剣を使って!」



 そう言ってスイカは剣をに渡した。


 彼女は、自分じゃなくて偽物の方を選んだのだ。


 これには視聴者達も動揺を隠しきれていないようで、コメントが爆速で流れていく。



 中にはスイカに失望する者もいれば、勝手に如月を憐れむ者まで現れる始末。



 そして如月がドローンを使って配信していることに気が付いた偽物は、躊躇いなく本物を潰しにきた。


 お互いの剣が重なり合い、鈍い音が林中に響き渡る。

 一体何の目的があってこんなことをするのか如月には検討も付かない。


 ただ1つ、スイカが味方しているのは向こうの方だということ。


「なんで……お前が信用されてんだよ……!」

「当たり前だろ……ボクが如月絃なんだから」



 余裕の笑みを浮かべる偽物にムカついた如月本物は、空いている腕をガッチリと掴み足技で地面に押し倒した。


 その瞬間、お互いの剣が弾き飛び、月明かりに照らされて光が反射していく。


 揉みくちゃになりながらも必死に転がり続け、それでもその様子をみんなに見せつけた。



 偽物を突き飛ばして立ち上がり、距離を取って偽物に隠し持っていた銃を向ける。


「これで……分かるはずだ。僕ならスイカさんから貰った銃を無くすわけがない。それに……僕のドローンは主を間違えない」

「くっ……」



 勿論、如月のドローンカメラは本物を配信画面に映していた。


 出し抜かれたと言いたげに歯を食いしばっている彼を見て、ようやくスイカは真偽に気が付いたようだ。


《よくやった如月!》

《流石の性能だ》

《これは天才キズラキ》

《スイカ超えたな》



 すると、さっきまでの余裕から一変して彼は満足げに高笑いし、こう叫ぶ。



「そうだよな、誰よりも一緒にいたもんなァ……」



《……え?》

《怖い怖い》

《声が一瞬で変わった……?》



 姿は変わらない。が、声や身に纏う雰囲気が人間のそれではなくなっていた。


 徐々にスイカも状況が呑み込んだようで、絶望的な表情のまま無言で立ち尽くしている。



「そこの馬鹿女を手駒にするところまでは上手く行ってたが、詰めが甘すぎたなァ。もう日も明けてしまうし……撤退するしかねぇか」


 ヘラヘラとしている偽物に苛立った如月は、容赦なく銃弾を肩に撃ち込み、引き締めた声で言い放った。



「お前の仲間は既に殺したぞ。スイカさんの真似してたみたいだけど、君よりも何倍も分かりやすい大根芝居だった」


 しかし、彼はそれを聞いてまた笑って返答する。


「あいつは人間で言うところの妹ってやつだ。どうだった? まァすぐバレたから言うこともねぇよな、時間稼ぎとしても不合格……」

「ッ――」


 地面を強く蹴り上げ俊敏な動きで一気に距離を詰めたスイカが、大きく斧を振り回して顔面を狙った。


 今までに彼女の攻撃を避けられた魔物はこのダンジョンに存在しない。


 しかし、如月の偽物はその刃先を目で追い頬を掠めたにも関わらず、体勢を崩して回避する。


「えッ――」

「邪魔すんじゃねえ」


 そう言うと偽物はあのスイカの体を吹き飛ばし、その一瞬で姿をくらませた。

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