第19話 彼らは活動を開始する

「スイカさん怪我はありませんか? 僕はほぼ無傷でしたよ!」


 多少疲れているのか、棒立ちで動かないスイカの代わりに怪我がないか全身をくまなく見渡してみる。


 案の定どこにも怪我はなさそうだが、またまた様子がおかしい。


 いや、彼女は様子がおかしくなるのはよくあることだから今回もそうに違いない、と高をくくることは危険だ。


 ひとまず歩きながら会話して様子でも見てみるか。



「もう家まで帰れませんね。折角だししりとりでもします?」

「しりとり? 私からでもいい?」


 この時点で妙な感じが彼女から漂っていることに気付いた。


 根本的に意識が変えられたような感覚が自分自身に起きていることにも気付き、急いでドローンに視線を向ける。


《頼むコメント見てくれ》

《そいつ偽物だぞ!!!!》

《二人とも違う奴と会話しててワロタ》



 どうしてだか如月は配信していたことを忘れてしまっていた。


 コメントから察するに、目の前の彼女は別人なのかもしれない。


 暗闇の中、必死に目を凝らしてスイカの全身をもう一度見つめ直してみる。



 金髪のツインテールにモデルみたいなはっきりとした顔立ち、学校の制服のようなデザインで動きやすそうな格好や右手に真紅の斧と人差し指に指輪。


 外見だけならいつもと変わらないが、さっきから特におかしいのは言動だ。


 やたらと目を合わせようとしなければ歩幅も狭く、何より配信に意識が全く向いていない。


 その証拠に、彼女の一人称がいつもと違うのだ。



 配信中の彼女なら、『私』ではなく『スイカ』と言うはず。

 ただ、万が一彼女が死神モードの可能性も一応残されている。



「スイカさんって……そんなに綺麗でしたっけ」


 如月は慎重に、目の前の女性に悟られないよう尋ねてみた。


「どういうこと? 綺麗って何が?」


 すっとぼけたような声で聞き返してくるスイカに、さらなる追撃を与える。



「髪とかそんなにサラサラしてなかった気がするけど。顔も化粧付けてるみたいにスベスベだし、その服もさ、新品にしか見えないけど何かあった?」

「え、何もしてないよ」


 わずか数回の会話で彼女の正体が分かった。


 如月は彼女の手を掴み、目を見ながら口を開く。


「君の手は冷たいね……人間とは思えないよ。本物はそんな曖昧な態度を取らない。それも配信上では絶対に」

「そ、そう……? いつもと同じじゃない?」


 そして〈触覚〉と〈触覚〉を強化し、彼女の手の感覚と心音を聞き取った。


 過度に冷え切って血の気を感じない手の平と異様に速い心臓の拍動音に気付いた如月は、そっと突き放し剣先を向ける。



「何してるの?」

「だから……『何してるの』っておかしいんだって。僕なら騙せると思ってんの? のくせして」

「まも……の……私は魔物なんかじゃ――」


 彼女が言い切る前に、如月は剣を振り下ろした。


 右肩を引き裂かれ、たとえ人間みたいに絶叫しようとも攻撃の手は止めない。



「おかし……いよっ私が……スイカなのに……」

「また僕が知らない魔物らしいな。種族名を名乗れよ、人語を話せる魔物なんてほとんどいないぞ?」

「おにい……」



 しかし、彼女は如月の問いに答える間もなく、絶命した。

 肩から流れる血液が辺り一帯へと広がり、その悲惨な光景は配信に映される。


(どんなモンスターだったのかな……)


 少し浮ついた気持ちでその姿が元に戻るのを待ち続けるが、一向に変わる気配がない。


 長い沈黙が続き、流石に焦りが出てきた如月はもう一度画面に視線を戻し、本物のスイカの配信を見に行く。


 どうやら向こうでも同じように偽物と話しているようだった。


 加えて彼女も配信していることを忘れているようで、手持ちのカメラなどを気にせず話し続けている。

 恐らくだがこれも魔物の能力の1つなのかもしれない。



 スイカの相手は……間違いなく如月と同じ声をしている。


《お前しかいない、助けてくれキズラキ》

《ヒーローになってくれ》


 いつの間にか視聴者数が逆転しており、如月の方に7万人も人が集まっているのを確認し、駆け足でスイカの所へ一直線で駆け出した。


 先程のには目も向けず、必死に配信に齧り付く。



「連投するなら僕じゃなくてスイカさんの方にしてくれ! あとどこにいるかは【能力】と予測でいけるから! 真夜中だろうが関係なく……!」


《分かった》

《荒らしてくるわ》

《てめえマジで急げ》

《見てた感じマジで見分け付かんぞ》

《お前より本物の如月だった》


「どういうことだよ……!」


 まさか、偽物にスイカが騙されるわけがないだろう……。


 そう思いたいのはやまやまだが、視聴者ですらこう言っているのだから気付けない可能性は全然あり得る。


 ましてや、よっぽどのボロを出さない限りはすぐに気付けないはずだ。

 如月自身、偽物だと気付けたのは運が良かったと理解していた。



『キズラキ君、その手はどうしたの? 怪我してない?』

『ああ、これですか? サイクロプスから逃げようとしたときに擦りむいちゃって』


 画面越しに偽如月の手のひらが映される。


 手を見るついでに顔も見てみたが……本物の如月とうり二つだ。



 それ以上に思ったのは、自分がいつもこんなに性格悪そうな表情をしてるのかという驚き。


 だが、如月はそこまで焦っていない。何故なら彼女が簡単に騙されるような人間じゃないと分かっているからだ。



 ――しかし、その考えは油断のそのものだと偽如月に気付かされることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る