第11話 如月vs効いてて草

「山道って感じだね〜」


 傾斜のある道を登り、北を目指していく二人。


 如月達は現在『エリア7』銀翼山ぎんよくさんの登頂中である。


 山中から町を見下ろすと、さっきまでスイカがミノタウロスと激闘を繰り広げた住宅街の一角に、ハイエナのような魔物がミノタウロスの死骸を食い散らかしているのが見えた。



「これが弱肉強食の世界か……」

「あはは! 何言ってるの?」



『エリア7』のモンスターは単独行動する変わった魔物か、縄張り争いで負けた雑魚ばかりで大した脅威はない。


 アイツらのように強くなければ、ダンジョンでは生き残るのは不可能だと如月自身も理解している。


 それはともかく、この状況でやはり気になるのはコメントの雰囲気の方だ。


《喋んなよ人殺し》

《殺人サイコパスがコラボ相手ってマジ?》

《昨日の扱いと全然違くて草》

《スイちゃんのソロ攻略が見たかったなあ》


 大半が如月を責めるコメントで埋まり、ダンジョンの感想がないのは今までもよくあった。


 しかし、今までのそれとは明確に違い、如月に対するヘイトが溜まりすぎている。



(無視だ……無視するんだ……無視しろ……)


 必死に呪文のように脳内で唱えながら無理やり意識を現実に引き戻した。


 まずはスイカに注目しようと思う。


 彼女は如月と違って、この銀翼山を登り始めてから一度も息を荒げず、嬉々とした表情で前を進み続けていた。


 それにしても、彼女はカメラの前で笑顔を崩さない。


 なんなら、配信中は画面に映っていないときもかなり徹底しているように見える。


 というか、彼女の存在感が強すぎて、近くの魔物が物陰で怯えて出現しなくなった。


 今でも視線を動かせば必ず一匹は魔物がいるのだが……ものの見事に彼らはそれ以上近付いてこない。



(まあ僕一人でも近付いてこないだろうけど……)



 木々の隙間からこぼれる木漏れ日が如月のドローンを照らす。


 実は昨日の時点で充電は終わっていたため、配信することは可能ではある。

 だが、色々な事情を踏まえて日が落ちるまではしない方がいいと判断し、使用を控えていた。



《さっさと死んじまえよ》


(……なんかイライラしてきたな)



 如月と出会ってから彼女の配信が荒れなかった日はない。それは本人だって分かっているはず。



《まあスイカのセンスが狂ってるのは元からだよ笑》

《オワコンコラボ》


 だけども、こういった彼女を侮辱するようなコメントには無性に怒りが抑えられなくなる。



 それもう何回目だよって感じだけど、こういった雰囲気の配信があってはならないのだ。


「スイカさん。やっぱり今から配信始めちゃってもいいですか?」

「え? どうかしたの? そろそろ夕方になりそうではあるけどさ」



 ほだすように優しく尋ねてくるスイカには申し訳ない気持ちになるが、自分にはこれ以外の手段が思い浮かばなかった。


 如月は彼女のチャット欄を指差し、コメントを読み上げる。


「『スイカは馬鹿だからこんな奴と絡んでんだよ』……? それは流石に許せないぞ。スイカさんを馬鹿にするなよ……」

「キ、キズラキ君? ご飯食べる……?」


《あ》

《効いてて草》

《そうだ早く消えろ》


「……じゃあいいよ。これから僕の配信に来て。そこで詳しく細かく説明するから!」

「キズラキ君……」


「スイカさんごめんなさい。こっからは別行動でお願いします。お互いの配信を見ながら配信したら事故は起きませんから」



 そう言って如月は真っ赤な顔を隠すようにスイカから離れ、さらに深く銀翼山に入り込んでいった。



 木々が茂る山林の奥深く、周囲に魔物がいないことを確認し、すぐさまドローンの電源を付けて配信を始める。


 そうすると即同接が1万人を突破、スイカの配信から流れてきた者が大多数を占めていた。


「あーあー、聞こえる? こんにちは。とりあえず今変な噂が広まってるみたいだから全部説明します」


《おう今すぐ言えよ人殺し》

《キズラキ→人殺しwww》

《みんな何言ってるの@姉》


 まずは人殺しの部分を否定しないと。


「みんなの言う『人殺し』って奴は完全にデマです。たしかに僕は多くのモンスターを殺しましたけど、人間は殺してません」


《殺してない? 拷問かけてる奴も喋ってたしコメントに意味深なこと言ってたじゃん》

《ちょうど古参の奴もいるし話してくれや》

《『僕以外に人間はいない』の説明よろしくお願いします》


 説明を求めるコメントと一緒に話題の元であろう動画リンクが貼られていた。


 それを実際に目と音声で確認してみると、たしかに如月は一匹のモンスターにトドメをさしながらそう発言している。


 僕以外に人間はいない、たしかにその言葉を言った記憶も残っていた。


 だが、それの説明も今なら簡単に出来る。



「そのままの意味だ。僕以外に人間はいなかった。人の言葉を話す魔物に騙されかけただけだ。比喩とか皮肉でもなんでもなく、ね」


《当時見てたけど、本当に如月君の言うとおりでしたよ@姉》


「ほ、ほら! 僕はそれに……いや、やっぱりそっちはいいか」



 余計なことを言いかけた口を塞ぎ、視聴者の反応を待った。


 如月が口走りかけたのは、もう一つの真実。

 それは――視聴者の存在を疑ったことだ。


 この真実は、当時からの視聴者である二人すら知らない。


《怪しい》

《そもそもどっちの説でも証明出来ないんだから意味ないでしょこれ》

《そもそもの説が意味分からん》


 いつになく真剣な顔を見せたためか、攻撃的なコメントの数が一時的に減少し、事情を知らないコメントが目立ち始める。


(僕もよく分かってないが)


 ただし、その雰囲気に負けてたまるかと言いたげな悪質すぎる連投に、如月の目はドンドン惹かれていった。


《じゃあこれから人殺しってことで!》

《じゃあこれから人殺しってことで!》

《じゃあこれから人殺しってことで!》

《じゃあこれから人殺しってことで!》


 その瞬間、如月の脳の血管がぷつんと音を立て、初めて視聴者に対して怒りが有頂天に達する。



「……話をちゃんと聞けよおおおおッ!!」



 少年の叫び声が轟き、周囲の木々とともに一部の視聴者の心を震え上がらせた。

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