第10話 美少女の華麗なる戦闘(らしい)

 久しぶりに見た晴天のもと、如月とスイカは視線に合わせて置いたカメラの前に、少し緊張感漂う顔でその瞬間を待っていた。


「行くよ……3……2……1……」


「おはスイカ〜! 朝からみんな見に来てくれてありがとう! 今日から本格的にダンジョン攻略していくんだけど、作戦を考えてきました!」

「まずは配信枠について僕から話させてもらいます、如月です。本当ならそれぞれの枠で配信したいところですが、僕のドローンは太陽光で充電するので日中の活動が出来ません」


「スイカのは魔力式だから24時間配信出来るよっ!」


 直前にお互いで考え抜いた台詞を一言一句間違えず話していく。


 同接は5万人、これがスイカの平均視聴者人数らしい。


 しかしながら、今回もまた配信は荒れに荒れている。


 特にコメントの速度は前回、スイカが如月にアームロックをかけたとき以上だ。


 当然、スイカもそんなことに気が付いているはずだが、彼女は毅然きぜんとした態度で台本にない言葉は発さない。


《人殺しがスイカの配信に映るな》


 中には意味が分からないものまであるのも、ネットらしいというか。



「2、3日かけて時計回りに中心部を目指していくのでよろしく!」

「『エリア11』。そこが目的地。今いる場所は『エリア6』」


 台本を読み終わり、如月は自分の球体ドローンを持ち上げ、スイカが手持ちカメラを掴んで行き先を画面に映す。



 向かうは――銀翼山ぎんよくさん。このダンジョン唯一の都市山地であり、『エリア7』から『エリア9』にあたる場所に位置している。


「……スイカさん。それよりも映すものがありますよ」

「あ! そうだね、まずはこっちだね」



 そしてスイカはカメラを如月が見つめる方へ向けた。


 そこには、無言で立ち尽くす異形の怪物。



 それの全長は人間の数倍も大きく、二人は自然と見上げる形となった。


 ボディービルダーのような引き締まった体に、猛牛にしか見えない頭部。さらに、太い右腕には斧が握られている。


 この魔物の正体はミノタウロス。如月が戦った中でも上位の強さを誇る魔物だ。



「こいつとは戦いたくなかったな」


 如月は若干戦う体勢に入ろうとするも、スイカがそれを制止する。



「キズラキ君、離れて。スイカがこの子を相手してみたいの」


 そう言いながら彼女は口元を隠すために自らの手を口に当てた。


 配信では魔物しか映っていない裏側だから視聴者には伝わらない。

 彼女が纏っている気配がガラリと変わったのだ。


 殺意に満ちた彼女とミノタウロスを背に、如月はドローンを抱えて銀翼山に駆け出して行く。


 どうやら如月を追いかけようとはしないらしい。


 二人だけの空間となり、相変わらず口元を伏せながら目だけが笑っているスイカ。



 そういえば、彼女が戦っているところは一度も見たことがない。



 なるほど、だからか。



 如月は思い出した。ドラゴンの攻撃から助けられたときの彼女の洗練された肉体を。


「あなたも良い趣味してるね、斧だなんて」


 達人の間合いをお互いに熟知しているのか、その場から一歩も動かずにスイカだけが一方的に喋り続ける。


「スイカも武器で一番斧が好きなんだ。カッコよくて力強くて……」


 そのとき、ふとみんなの反応が気になったがここからじゃ彼女のチャット欄は物理的に見えない。



(これも配信に慣れた弊害かあ……)


 昨日のコメントの量に慣れてしまったせいか、短い間でもコメントが見れないだけで少し違和感を感じるようになってしまった。



 しかし、それもこの勝負の決着が着けば見られる。


 敵は如月でも苦戦し、奇襲攻撃じゃないと有利を取れないような強敵だ。

 もしもの場合は、如月も加勢することになるかもしれない。



 だがしかし、それは杞憂に過ぎないのだと一瞬で理解させられる。


 ようやく口から手を離し、真剣な眼差しになったスイカは、空いた手を横に伸ばして何もない空間から直接武器を取り出した。



 彼女は何製で出来ているか分からない真紅の巨大な斧を持ち構え、荒い呼吸をした魔物と対峙する。



「スイカはね、こうして配信で戦ってるときが一番楽しいんだ。だって……」

「グヴォオオオオオオオオオオオオ」


 けたたましい咆哮によって声が遮られてしまうものの、たった数秒で彼女の声が戻ってきた。



「これだけが『生きてる』って実感出来ることだから……!」



 そして、ミノタウロスの咆哮はやがて断末魔に変わる。


 たしかに奴はスイカの動きを捉えていた。


 だが、斧で防ごうとする反応が仇となる。



 防御行動を釣り出して、わずかに生まれた頭部に向かって彼女は垂直に飛び上がり、片手で斧を揺らした。


 真紅の斧が首元に突き刺さったまま大量の血飛沫を頸動脈から噴き上げて、魔物は絶命する。



 そうして魔物が絶命しているのを目視で確認を済ませると、スイカはこちらをじっと目を合わせようとしてくる。



 そう、気付いてしまったのだ。


 スイカは今この瞬間だけは視聴者のためじゃなく、如月のために話しているのだと。





 配信にはスイカの実力が示され、如月の目には彼女の勇姿が映された。


 彼女が武器を回収し、如月の元へ戻ることで二人がまたカメラの枠内に揃う。


 あんな凄まじい討伐を見せられた如月は、意気揚々とチャット欄を覗き――軽く後悔してしまうのだった。



《マジでそいつから離れろ》

《殺されちゃうよ!! スイカちゃん!!》

《逆に殺してやれ》



 百歩譲って、昨日の振る舞いがしゃくさわって粘着されているのなら少しは理解出来る。


 しかし、度々たびたび紛れているといったワードがどうも引っかかるのだ。


 昨日までは言われていなかったはずだ、少し考えろ。


 と、思いつつもやっぱりコメントを見ることが辞められない。


《こいつ人間を拷問してる鬼畜だぞ》

《配信なんかに出ちゃいけない人間だよ》


(……もしかして、あの日のことか?)


 たった一つだけ心当たりがあった。


 いつか消すはずだったあの記録。


 何故か人を殺した、なんて尾ひれはひれがついているようだが、実際は違う。



(僕は魔物を殺した。それも、時間をかけてゆっくりといたぶった)


 如月は心の中で懺悔する。


 あの日150日目は最悪の日だった。如月が今もいる視聴者のことを疑ってしまった日。



 今すぐ事情を吐き出して楽になりたい。

 そう思いながらも、スイカとの約束を思い出し踏みとどまる。



 この枠では絶対に何があっても攻略配信をやり通す――そう決めたのだ。



 そうやって二人はこの話題には触れないまま配信を続け、『エリア7』に到着する。


 しかし、その時点で例の日についてのコメントが過半数を占めていた。

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