第7話 初めてのデート配信を目指して

「ほうほう! それでスイカが怒ってると勘違いしたんだ? そんなので怒らないよ全然」

「は、はい……」


 ヘッドロックの体勢のまま、事情や自分が思っていたことを吐露されてもスイカは笑顔を崩さず、むしろ笑ってくれた。


 ただ、笑っているのは彼女だけであって、お互いの配信は若干ピリついた雰囲気を醸し出している。


《なんか……普通にイチャイチャしてね?》

《スイカ視点見たけどガチ恋勢脳破壊されるだろこれw》


(まずい……まずいまずいまずい!! 今すぐ離れないと……でも……力が強えぇ……)


 必死に自らの腕に力を込めてみるも彼女の腕はびくともしない。


 如月が抵抗し続けていることにも気付かずに、スイカはさらに会話を続ける。


「スイカはね、? キズラキ君がいたことにはビックリしたけど、仲間がいるのは良いことだから安心してるよ?」

「そ、そうですよね。あの……そろそろ綺麗なこの腕を退かしてくれませんか?」


 そう伝えるとスイカは、あっ、と少し驚いて頭から手を離して照れくさそうに笑った。



《やっとかw》

《スイちゃんってこんな笑うんだ》

《そりゃ笑うでしょ》


 如月の方のチャット欄は当初よりも落ち着きを見せている。しかし、その一方でスイカのチャット欄はそうでもない。



「も〜なんで今日はこんなにみんなは怒ってるの! キズラキ君もなんか言ってよ」

「如月です。……ってか、なんか……スイカさんのコメントって……」


 喉元まで出かけた言葉を寸前でこらえるも、一瞬で彼らに悟られてしまう。


《は?》

《新人のくせして言うねぇ?》

《汚物を見る目で俺らを見るのやめろ!》


 ――それらが彼女のコメントの大半を占めていた。


 視聴者は配信者に似ると言われてはいるがスイカのこれは異常に見える。

 少なくとも、このような美少女にあるまじき荒れ具合。



 だが、それでもスイカは笑顔を絶やさない。


 如月のドローンカメラとは違う手持ちサイズの小さなカメラに向かって、彼女は分かりやすく表情を


 画面の光に照らされているスイカは、間違いなく配信者そのものだった。


 その後、如月はコメントとの一連の会話が終わるのを待ち続けた。


 そしてひと通り済んだ頃にスイカはツインテールを靡かせ、如月に向かって語りかけてくる。


「本題に入ろうか。キズラキ君は今からこのダンジョンの案内人だよ。単刀直入に聞かせてもらうね? どこにボスがいるの?」

「それは……残念だけど僕は知らない。というか探し尽くしたんだよ。昔は今の何十倍も魔物が棲みついていた。けど、みんな僕が殺したから。あと……僕は如月です」



 言葉にするたび、気力が抜け落ちる感覚に全身が支配されていく。


 覆りようがない事実に声が弱々しくなっていくのに気が付いたのか、スイカは自信に満ちた様子でこう告げた。



「私がいても?」


 その意味はすぐには理解出来なかった。しかし、彼女の瞳に見入っているうちにそれを理解してしまう。



「……一か所だけ、立ち入ったことがない空間はある。だけどスイカさんがどれだけ強くても……恐らく危険だから、オススメはしたくない」

「でもボスを倒さないとここから出られないんだよ?」

「それはそうですけど」


《歯切れ悪いな》

《何か隠してる?》

《テンポ悪くなってきた》



 次々と向けられる視聴者からの疑いの目を感じながらも、如月は中々話題を渋るのを止められない。


 それを見かねたスイカはある提案をしてきた。


「キズラキ君が怖がるのも何となく分かってきたよ。でも君の苦労は……スイカにも分からない。だから約束を交わそうよ。それを糧に頑張ろう!」


(頑張ろうって……怖くないの? 死ぬかもしれないのに)



「んー……じゃあ、このダンジョンをクリアしたらデート配信でもする?」


「……へ?」


《ええっ!?》

《!?》

《はぁ!?》

《やば》



 予想外の発言に、如月に対して敵対心を抱いていたであろう視聴者と、思わず共鳴してしまう。


 当然、彼女が発した言葉はただの一般配信者に投げてはいけないものであって、それを本人が理解しているようには見えない。


 だが、それは思春期の少年にとってあまりにも強烈な一言であり、既に返答の内容は決まっていた。


「…………必ずここから出ましょう、二人で」


(しばらくコメント見られないかも……)



 自分でも驚くような速度で出た言葉に戸惑いつつ、スイカの反応を窺ってみる。


 どんな顔をしているのか……そう思っていたが彼女の表情は変わらなかった。



「決まりね。じゃあ案内よろしく……と言いたいところだけど、この暗さじゃどうにもならないから夜が明けてからだね」

「いいんですか……? その、デートは」

「うん。あっ配信もそろそろ終わろっか? ほら、作戦を立てないとね」


 そう言うと、彼女は如月を追跡し続けていたドローンのレンズに向かって無言で視線を送る。


「それじゃ配信は一旦終わります。チャンネル登録と高評価、良ければアーカイブにコメントでも残してください。登録とか色々面倒かもしれないですけど……ぜひ、お願いします」



 如月もその意味を理解し、無表情のまま配信の終わりを告げた。


「それじゃみんなさようなら。明日から本格的な攻略になると思うからよろしく」


《じゃあなキズラキ》

《普通に羨ましいのでもう見ません》



「ん〜なんか冷たいね? リスナーさんには優しくしないと! おつスイカ〜!」


《おつスイカ〜》

《明日な》

《初めて聞いたわ》

《勝手に終わらないでよ;;》


 スイカはわりと賛否両論なゴリ押しで配信終了させたようだが、彼女に言う勇気はない。


「……さて、キズラキ君も終わらせたね?」

「終わらせましたよ」

「じゃあ、始めよっか」


 彼女はジリジリと距離を詰め、如月の顎を軽く撫でて笑みを浮かべる。


 スイカのダンジョン攻略2日目は作戦会議から始まった。

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