第6話 君はキズラキ、私はスイカ

「えーと、みんなどうした? 何か変なの映った?」


 不安になった如月は視聴者に向かって質問する。が、期待していた返答は帰ってこない。


 何故ならすでに彼らの大本命が配信を始めていたから。



《お前が映りこんだ側な》

《答えろよ質問はすでに……『拷問』に変わっているんだぜ》

《マツリダ♪マツリダ♪》


 混沌カオスが極まった魑魅魍魎ちみもうりょう喧々諤々けんけんがくがくとした視聴者に表情を引きつらせる如月。


 過去に経験がない如月でも何が起きているのか一瞬で答えに辿り着いた。



 ――ちょうど今スイカが配信を始めた……と。


 しかし如月は肝心なところが分からない。それはスイカの名前を出して触れていいかだ。


 もし許されるのなら即刻彼女の居場所を突き止め、もう一度会って話がしたいのだが、そのために配信で赤の他人の名前を出すのは、流石の如月でも気が引ける。


 ましてや相手は自分のことを認知していない可能性の方が高い。


 そんな状態で一方的に絡もうとするのは、いくら他に誰もいない迷宮でも迷惑なんじゃないだろうか。



《鳩はやすぎwww》



 ……などと考えているうちに彼らの勝手なコミュニケーションは始まっていたようだ。


 如月はあることを失念していた。彼らはぽっと出ごときなんて気にするわけがないのだと。


 SNSが自動更新されるような速度でコメント欄が彼女の話題で埋め尽くされていく。



《お前のこと一切触れようとしてないぞ》

《鳩ばっかなのに無視されてて草》

《流石のスルースキルだわ》

《新人見習え〜》



 この様子のチャット欄じゃマトモな情報を拾えない。


 如月は急いでスイカの配信を視聴し、彼女の発言を聞き逃さないよう耳を澄ます。



 彼女の配信は手持ちカメラで行っているようで画面との距離がかなり近い。


 昨日となんら変わらないスイカの顔だが、ほんの少しテンションが低く見える。


(でもまあ……めちゃくちゃコメントが荒れてるしなあ……)


 チャット欄のほとんどが如月についての質問で埋まり、ダンジョンの攻略など二の次状態になってしまっていた。


 この事態に収拾をつけるためには行動を起こすしかない。


 まずはスイカの配信から彼女の現在位置を探してみるか。


『いや〜寒いね。外よりも暖かいのかなって思ってたけどめちゃくちゃ冷えるよ〜!』


 肩を震わせて寒がるリアクションをしているスイカの背景に注目する。


 彼女は昨日の駅付近からそこまで離れていないようだ。

 すぐ後ろには昨日、魔物が暴れて半壊した高層ビルが映っていた。



 如月はすぐさま足を動かして彼女のいる場所に向かって走り出す。


 勿論当人以外は何をしようとしているのか分からず、困惑した様子の視聴者達がコメントを残していく。



《どうした?》

《配信中だよ》

《もしかして》

《え、嘘だよね?w》


(7時の方角にいるな。以前はオークの巣があったところだけど今はいない感じなのか?)


 かつてはオークの巣が存在していたエリアになるが、そこは3周目の段階で全滅させているから心配ないだろう。


 黙って向かうだけなら、まだ向こうの視聴者やダンジョンに足を踏み入れて間もないスイカ本人が分かるはずがない。



 ただ、勘のいい一部の視聴者は気が付いたようで、徐々に如月をスイカに会わせないように静止するコメントも増えはじめお互いの配信が乱れだしていく。


 しかし、その状況から意外にも口火を切ったのはスイカからだった。



『も〜さっきから《如月について話して》とか《昨日の人は誰》って聞かれても答えられないよ! スイカだってどんな人か分からないし、そもそもって誰なの!』



 それは、経験の浅い如月でも理解することが出来た。


 ――スイカは本心でその発言をしていることに。


 言ってしまったな、と言いたそうなコメントや如月を慰めるような内容のコメントが彼女の配信を埋め尽くし、自分の配信もきっとお祭り騒ぎになっていることだろう。



 それでも足は止めない。ここで止まったら自分らしくいられなくなる。


〈聴覚〉を強化し、かすかに聞こえる少女の声をめがけて進んで行く。


 そうすることで5分もかからずスイカのところに辿り着いた。


「みんな大丈夫だよ〜イライラしたら肌荒れちゃうよ〜……ってあれ?」



 ちょうどスイカが振り返った瞬間に目が合う。彼女は首を傾げたままこちらから目線を逸らそうとしない。


 遠目で見てもやはりスタイルが良く、人気があるのも納得のビジュアルだ。


 だが、いかなる相手であろうと臆してはならない。


 如月は意を決して謝罪の言葉とともに頭を下げた。


「魔物と戦っているところを邪魔してすみませんでした。勝手に配信で主張して、しかもあなたに無許可で配信を続けて……それに――」

「――あーーっ!! 君、昨日の子だ!? 会いたかったよぉ〜!」


 え? と戸惑う余裕もなく、あっという間に距離を詰められ頭を彼女の柔らかい腕でガッチリと固定されてしまった。


 そのまま如月の頭を優しく撫でながら、スイカは手持ちのカメラに二人の姿を映し、笑顔を見せる。



「やっほ〜みんなが求めてた彼が来てくれました〜! えー……君です!」

「へっ……? キズ……ラキ……?」


(……そういうこと?)


 先程のスイカが言ったことはある程度把握した。


 つまり、彼女は本当にのことは知らなかったってこと。



《そんなオチある?wwwww》

《草》

《なんやもっとピリピリすると思ったんに》

《草》

《wwwwww》

《何が起きてんの!?》

《えっど》

《ずるすぎるぞ》


 ふと自分のドローンに視線を向けると、チャット欄は二人のコントを見ているかのようなコメントまみれになり、過去一の速さでコメントが流れ続けていた。

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