第5話 ワイバーン? 関係ないね
如月は昨日訪れた駅を通り過ぎていく。
この駅は災難に位置し時計回りで言うところの6時の方角であり、周回をわずかに戻る形で視聴者に依頼された一軒家に向かう。
その道中でもコメント返しは欠かせない。
「一番やばかった時? 多分地下鉄で二回目のゾンビ討伐の途中に配信が途切れた時かな? 電池切れになったドローンを抱えながら戦うのは流石にくたびれた」
《何で生きてるんだ……?》
《そのエピソードで無傷なのイカれてる》
もうすぐ日付が変わってもおかしくない時間帯だというのに視聴者数のうなぎのぼりを続ける。
やがて視聴者数――
「今来た人に説明すると、迷宮内にある視聴者さんのお子さんの家を見に来てます。多分……誰もいないと思いますけど」
経験のないチャット欄の盛り上がり具合をほとんど目で追えていないが、辛うじて彼らが歓喜していることだけが救いだ。
《すげえ……》
《興奮してきた》
《いつモンスターが出てくるか分からないのに何でこんな落ち着いてるんだw》
《何だろう、経験を感じる》
経験といえば。
そう如月の脳裏に過ぎったのは金髪の彼女のことだ。
スイカと名乗った彼女は如月と同じ配信者であり、この迷宮に足を踏み入れた唯一の存在。
そんな彼女が今頃何をしているのかを深く気になるのは当然のことだろう。
「そういえばスイカさんは今何してるの?」
何気ない一言が如月から放たれるとともにコメントの雰囲気が一変する。
《こっちが知りたい》
《お前以外分かるわけないだろ》
《君と最後に会った時から何も更新されてないが》
《何かあっても鳩だけはすんなよなお前ら》
(聞かない方が良かったかな……)
またしばらく口を噤み、流れが落ち着くのを待っているうちに目的の住宅まで辿り着いた。
「今も見てるか分かんないけどとりあえず来ましたよ。中は……勝手に入らせてもらいます」
土足で室内に上がり内見をするように一部屋ずつ丁寧にカメラを向けていく。
如月の予想通り中には誰一人もいない。細かい物を物色しながらある一室に足を運ぶ。
中にいたのは……小さな一匹の魔物だけだった。
「グギュウウ……」
《出た……》
《ちっさ》
《ゴブリンってやっぱり気持ち悪いな》
《こんなバケモンになっちゃった……》
《いくら何でも不謹慎すぎるから辞めろ》
こちらを見てか細いうなり声を上げるゴブリンに、絶妙な悲鳴を上げるコメントの人々。
それもそうか、と視聴者の反応に納得した如月はカメラをわざと逸した状態で剣を彼に振り下ろした。
(この子はきっと僕が殺したゴブリンの生き残り)
「みんなの思い出を汚しちゃってごめんなさい。でも、僕が生き残るためには仕方ないことなんです」
配信を意識しながら如月は半分同情を誘うような言葉を使って、視聴者の反応を窺う。
もしかしたら、また親族の方がコメントを残してくれるかもしれないと期待して待っているともう一度長文で送られてきた。
《ありがとうございます。もしかすると息子達にまた会えるかもしれないと期待しておりましたが、現実はそこまで甘くはありませんね。あなたが生きて迷宮から脱出して普通の日常が送れるようこれからも応援します。》
「……ありがとう、ございます。僕の配信をこんな夜中から見てくださって」
《見てるだけの俺達も悲しくなってきた》
《;;》
《優しいな》
しんみりとした雰囲気が漂う中、空気を変えようと考え外に出ては空を見上げた。
「実はここからでも月が見えるんだよね」
そう言って空に浮かぶ月を指差す。もうすぐ満月を迎えそうだ。
《なんか向かってきてね?》
そして、綺麗な夜空に余分なものが映っているのを画面越しに確認し、コメントだけ凝視していた如月は彼らの反応で異変に気付く。
「血の匂いを嗅ぎ付けてきたか」
《ドラゴン!?》
(ワイバーンか……全然勝てるけど群れは面倒だなあ)
ドラゴンとよく似ているが全くの別個体であり、手と翼が一体化し鳥に近い形をしているのがワイバーンだ。
そんなワイバーンの群れに空を埋め尽くされ、わずかな緊張が全身に走る。
咄嗟に家と真反対の方向へ駆け出し、魔物を引き連れて広場に向かった。
《開けたところに行くなアホ》
《死ぬぞ!!!!》
《馬鹿すぎ》
視聴者の焦りを含んだ様々な罵倒を気にも留めずひたすらに走り続ける。
たしかに傍から見ると異常な行動かもしれない。
ただし経験が浅い視聴者とは違い、1年もここにいる如月だけが落ち着いてタイミングを見計らっていた。
魔物達が一斉に如月の背後を取り、魔力を込めた一撃を吐き出そうとしている。
それも彼の予測通り。
「グヴォオオオオオオ!」
交差して襲いかかろうとするワイバーンが重なった瞬間を捉えると同時に懐から包丁を取り出し一直線に投げ飛ばす。
「くすねておいて良かったよ……」
いとも簡単に重なった奴らの胴体を貫き、断面から血飛沫を上げ推進力を失って落ちていく。
視聴者には悪いが、勝手に盗んでおいた包丁がこんなに役立つとは思わなかった。
ありがとう、名前も知らない豆腐の家の人。
だが全ては重ならず、残った三匹は仲間の死を迎えてもなお魔法攻撃を中断する気配はない。
したがって如月は丁寧に彼らを断罪することになる。
「
如月が握っている剣で空を切った途端音がほんのわずかに途切れた。
そして、三匹の頭部はスパッと音も立てずに切られ活動を停止する。
空気を切って斬撃を飛ばす……名前のまんまだが威力は絶大だ。
実ははネーミングを始めこの技を自力で編み出したことを少し自慢に思っている。
だから、みんなの反応を知ろうとコッソリコメントを読み絶句した。
《だせえwww》
《つえええええええ! けどセンスねえええええええええ!》
《今の何? 魔力があるから身体貫いたのは分かるけど何の必殺技なの?》
《子供っぽいところあって安心した》
《カッコよかったよ!@姉》
視聴者の全員がこの技を嘲笑っていた。ただし、姉を除いて。
しかしながらそれ以上に予想外だったのは、コメントによくいる姉に対する反応だった。
《本物きた》
《マジの姉ちゃん?》
《この人目当てに配信来てたわ》
《かわいい》
《結婚してください》
《告白勢ワロタ》
「あの僕は? 結構ピンチだったけど」
不機嫌な表情を見せるも視聴者の注目は姉に取られてしまった。
直前までの緊張感はもうどこにもない。
緊張感を悪い意味で無くした配信は結束力を失っていた。ある瞬間を迎えた途端、コメントの流れが激変する。
《あ》
《あ》
《あ》
《来た》
《あ》
「ん?」
先程までの良くも悪くも統一感のないコメント欄が瞬きする暇もなく軍隊のように統制された。
しかし、何故こうなったかはすぐに否が応でも知ることになるのだ。
同刻――スイカが放送を開始し一分も経たずに同接は10万人を記録していた。
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