第2話 人気美少女配信者スイカ

 少女の宣誓に戸惑いながらも、如月は空の様子をさり気なく観察していた。


 彼女がここに現れた理由が考察した通りならば、空にあるものが見つかるはず。



 が、それは見つからなかった。そうなると、少女がここに来た理由はかなり絞られてくる。


(いや……もしかしたら僕と同じ生存者かも)


「【能力】を使うか……」


 そう言うと如月はドラゴンを前に目を瞑り、耳に全神経を向けた。


「ちょ何やってるの!? 逃げないとやられちゃうよ!?」


 女性の声には従わず、こちらに振りかざされる爪を強化した〈聴覚〉で捉え攻撃を回避する。



 如月の【能力】――【五感強化】とは、人間に備わっている〈視覚〉〈聴覚〉〈嗅覚〉〈触覚〉〈味覚〉を限界を超える力まで引き出せるようになる能力だ。


 一言で言えば、人間を超える能力。


 ダンジョンが生み出されるようになってから人類には、まるで元からあったかのようにこういった特殊な能力を手に入れたらしい。


 しかし、誰しもが【能力】を持っているとは限らない。


 生まれ持っての才能であり、持たざる者は何もない。



 ただし、例外は存在する。如月のようにダンジョンで突然目覚める場合も珍しくはない。



(動きが鈍いな……弱ってる?)


 攻撃を避けながら如月は冷静に考える。


 目の前のドラゴンは以前に戦ったときと比べて明らかに弱っていた。


 理由こそ不明だが、こちらとしては好都合。



 さらに身体能力を上げるために〈触覚〉を強化し、少女を掴んでいる前足に飛びかかる。


 そして、バットに力を込めて前足を思い切りぶっ叩き、その衝撃で握力を無くし握られていた少女が落下する。



「わあああっ!」

「届く……!」


 彼女の落下地点を一瞬で視認し、再度目を閉じて【能力】を発動しなおす。


 無抵抗に落ちる少女の着地よりも早く如月は地面に滑り込み彼女を全身で受け止めた。


 ただ、如月は1つ大切なことを忘れていた。

 それは思春期の少年にとって、同じく思春期の女子の身体はあまりにも刺激が強いということ。



「助けられちゃった! 君は大丈夫?」

「直視……出来ないです……」



 顔を真っ赤に染め異様に恥ずかしがる如月の前で平然とした態度を取る少女。


 続けて少女は、


「避けないと! 危ない!」


 と言って如月を持ち上げて走りだした。


 自分達が立っていたはずのアスファルトは、ひび割れていた。


 自由になったドラゴンは全体を利用した攻撃に火炎魔法を吐いたりしたりと二人を狙うが一撃も当たらない。


「ちょっと! 目を開けないと駄目だよ!」

「え、ええっ?」



 何が起きた理解出来ないので聴力に頼っている如月をよそに、彼女は建物を利用して逃げ回る足を止めようとしない。


 それでも足りない情報を知ろうと瞼を開けるとすぐに衝撃の現実を目の当たりにする。



「す、すごい……飛んでる」

「こんなの普通だよ? あ、でもあの竜が追いかけてくるのしつこいなあ〜どうにか出来ないかな?」


 倒せる、と即座に言い切りたかったが少女の顔を間近で見た如月は思考を停止させた。




 金髪ツインテールにモデルのようなぱっちりとした目、抱きかかえられていても分かるスタイルの良さ、それでいて腕の感触だけで分かるガッチリ具合と、彼女が普段から鍛えていることが窺える。




「君のバット……折れちゃってる」

「頑張ったらいけます」

「……アハハッ、危ないよ。だったら私の【武器】を使いなよ」



 指摘された通り、如月のバットは叩いた衝撃で破損していた。


 少女は軽く微笑むと如月を片手だけで支えてから剣を取り出した。


 そして、彼女はバットを叩き落とし代わりの剣を握らせる。

 勿論、有無を言わせないつもりのようだ。


 形状は普通の剣にしか見えないが、少なくともバットよりは強度はあるはず。



 如月は少女から降りて竜と再び対峙する。

 背丈だけでも軽く10倍はあるかもしれない。


 それでも、彼は絶対的に揺るがない自信を持っている。



「僕なら『視えます』」


 目を見開いてドラゴンの全身を視界に入れ、次の攻撃を予測する。


 次は……火を吐くつもりだろう。


 如月は相手の行動よりも早く動いて先手を取った。



 空から振り下ろされる剣にドラゴンが対処出来る術は存在せず、視線が合った瞬間には首がずり落ちていくだけだった。



 頭脳を切り落とされ伝令が無くなった魔物の胴体は無抵抗で地面に倒れ、周囲に大きな地響きを立てる。



 駅や近くのビル、飲食店が何軒か倒壊してしまったせいで景観が大きく損なわれてしまったが、自分達が五体満足でいることの方が大切だ。


 如月は金髪ツインテールの少女の方に振り返りもう一度見つめ直す。


「助かりました。あの――」

「私はからはスイちゃんって呼ばれてるんだ」

「スイカさん……僕はきさらぎ――」

「ごめんね、急いでいるんだ! じゃあまたどこかで会いましょう!」



 相手の話を聞こうともせずスイカと名乗る女性は名前を一方的に伝えて走り去っていく。


 追いかけようとは思ったが、驚異的な速さの足に追いつけないと悟りすぐさま諦めた。


 今まで見た魔物よりも素早い動きで彼女は姿を消したためどこに行ったかはもう分からない。


 1年ぶりに会えた人間と、こんな呆気なく別れることになるとは想像もつかなかった。



 仕方がないので彼女の行動について考察でもしてみようか。


 恐らく剣を創り出したのは彼女の【能力】なのだろう。


 そしてその剣も手元に残されたままで確定する、夢ではないという事実。



「まだ……何も言えてないんだけど……」


 軽く放心状態の口から言葉が思わず漏れる。


 そこでようやく自分が配信していたことを思い出し、ドローンに手を伸ばしてコメント欄を確認してみると姉からのコメントで画面が埋まっていた。



《頑張って! 絶対絃なら倒せる!@姉》

《二人とも避けて!@姉》

《すごいカッコよかった!@姉》

《人を助けるなんてすごいよ!!@姉》

《まだ興奮しちゃってる!@姉》



 温かいコメントを眺めながら今日の一日を振り返り、明日のことを考え始める。


 スイカはどこかに行ってしまったが、どうせまたダンジョンの中で出会うだろう。


 それに、普段より多めに【能力】を使ってしまったから身体にかなり疲労が溜まっている。



 2人の視聴者に配信終了を告げ、まだ日中にも関わらず無人の住居に入りこみ、腐っていない食料を探してみるもやはり見つからない。


 窓際にドローンを置き太陽光充電しながら夜を迎えるため眠りにつく。



 ――このときの如月はすぐ眠ってしまったから知らなかった。

 スイカと名乗った少女の正体も、そしてダンジョンに起こっている異変について。


 あとついでに……自分が軽く炎上していたことも。

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