side.メリア 告白
――あぁ、私はなんて浅ましいんだろう。
手を握って、私が生きていることを喜ぶヴィルではない貴方に、断りようのない我が儘を受け入れさせた。
この結末を望んで、自分から刺されたというのに。
そうすれば、彼が私とずっと一緒にいてくれると思ったから。
最初から。
そう、最初から。
全てわかっていた。
私と彼が初めて出会った日。
黒から紅に変わった瞳を見たときからずっと。
彼がヴィル・クラウドではないのはわかっていた。
それもそうだ。
だって、全然違うから。
私を無理やり家族から引き離して、連れ去ったクルク男爵。彼が私を犯そうとするのを、この時は名前すら知らなかったヴィルはずっと見ていた。
『私が抱いたら、お前にも回してやる』
その言葉でなにを想像したのか、口元を緩めて、下卑た表情を浮かべたヴィルを見て私は恐怖で震えた。黒い瞳はドロリと泥のように歪んで、欲望に満ち満ちていた。
助けてくれるはずもなくって。
クルク男爵が服を脱いで、覆いかぶさってくるのが恐ろしかった。これからされることなんて、その分厚い手で掴まれた時からわかっていたのに。
でも、鎖で繋がれた私は逃げることなんてできなくって。
いやいやって。
やめてって。
子供のように泣いて、駄々をこねるように声を上げることしかできない。
助けなんてこないってわかっていても、悍ましいモノから逃げようと必死だった。
誰も助けてくれないのに。
そう思っていた。けれど、彼は来てくれた。
目に入ったのは偶然だった。
やめてと首を振って視界に入った。あんなに取り乱していたのに、どうして気付けたんだろうって未だに思う。
けれど、私は見て、気付いた。
黒かった瞳を紅く染めて、呆然と立ち尽くす彼に。
困惑が見て取れた。
まるで、あの瞬間に目が覚めたかのように。
人というのは例え同じ顔であっても、こうも違うものなんだと今は思う。好色だった顔は感情が抜け落ちたように力なく口をぽかりと開けていて、見るからに状況の整理ができていないことが窺えた。
けど、この時の私はそこまで正確に観察することなんてできないでいた。記憶を思い返す今だからこそ気付く差異。彼とヴィルとの違い。
ただそれでも。
ヴィルとは違う人なのだと、それだけは直感的に察することができて。
私は手を伸ばした。
助けてって。
誰とも知れない彼に救いを求めた。
そうして、紅い瞳の彼は消えない傷を負った。
私のせいで、優しい彼は泣いてしまった。
罪悪感があった。
なにも知らない彼に、考える暇すらなく助けを求めてしまったことに。
きっとあれは反射的な行動で。
熱い物に触れた時、咄嗟に手を離すようなもの。
彼は私が助けを求めたせいで、その手を血で染めてしまった。
なのに。
なのになのに、私は……あぁ。
私が悪いのだと、罪の意識を抱きながらも、彼に救われたことを嬉しく思っていた。安堵していた。
その気持ちは、家族がいなくなってしまったのを知ってからより強まっていく。
いいや。そうじゃない。
私の心は刃物で削られていったように傷だらけで、欠けていって。
ボロボロに歪んで残ったのが、彼への想い。
強くなったんじゃない。残ったのが、それだけだったんだ。
彼がシルアに殺されそうになっていたのを、助けた後。
その顔を見て直ぐにわかった。
死にたいんだと。
だって、鏡で見た私と同じ顔、同じ目をしていたから。
駄目だと思った。
このままじゃ、彼がいなくなってしまう。
私の心そのものになった彼が死ぬなんて、とても許容できるものではなかった。
だから、刺された。
傷を作りたかった。
そうすれば、優しい彼は私とずっと一緒にいてくれると思ったから。
失敗すれば死んでしまうけれど、どうでもいい。
彼のいない世界なんていらない。
私と貴方を繋ぐ、消えない傷が残るというのであれば、死だって恐ろしくはなかった。
まだ塞がりきっていない、閉じただけの胸の傷をそっと撫でる。
彼は泣いて謝るけれど、私はその罪悪感こそを嬉しく思う。むしろ、残ってくれないと困ってしまう。
だって、彼が私の傍にいる、確固たる理由となるから。
私にも罪の意識はある。
どうしようもない浅ましさ。それは、私を犯そうとしたクルク男爵やヴィルとなんら変わらないのかもしれない。
その償いのためなら、私はなんだってしてもいい。されてもいい。
抱いてくれてもいい。
獣のように性欲を剥き出しにして、私のことなんて道具のように扱っても構わなかった。その欲望を、私は受け止めたい。
暴力を振るってくれてもいい。
お前のせいだと殴りつけて、新しい傷を作る。その傷を私は愛したい。
贖罪と願望が混ざる。
でも、どれも偽らざる気持ち。
償うし、なんでもする。だから、これからも一緒にいてほしい。
――死ぬまで、一緒に――
……あぁ、そうだ。
私の紅い瞳の貴方様を手に掛けようとしたシルアを、どうやって殺すか考えないと――
◆乙女ゲームのモブ悪役に転生した直後、バッドエンドで犯されそうになっているヒロインを反射的に助けたら、片時も離してくれなくなった。_fin◆
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